OPINION

ウクライナのダムで起きた惨事、求められる説明責任

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
冠水した道路をボートで移動する人々

冠水した道路をボートで移動する人々

(CNN) 今月6日の真夜中、午前3時を回ろうかというところ、ウクライナ南部にあるノバカホウカ水力発電所近くの住民は、大きな爆発音を耳にした。激しく流れる水の轟音(ごうおん)がそれに続く。ドニプロ川の一部をせき止めるダムが決壊し、破損した貯水池から水が奔流となって吐き出されたのだ。

フリーダ・ギティス氏
フリーダ・ギティス氏

何百万ガロンもの水が勢いよく下流へ流れ込み、人々が暮らす集落や農業地帯を水浸しにした。生命と暮らしが脅かされた。ウクライナは必死の取り組みを開始し、死の危機に直面した人々の避難に動いた。専門家は、洪水がもたらす短期的並びに長期的な危険の検証を試みた。

一方、ウクライナとロシアの両政府は激しい応酬を繰り広げ、それぞれ相手側に責任があると指弾した。ダム周辺の環境は大惨事の様相を呈した。

この災厄を引き起こした者たちは、責任を取る必要がある。

ダムの決壊は、すぐ近くで生活する人々に壊滅的被害をもたらすだけでは済まない。ウクライナの国全体にとっての惨事であり、その影響は世界中に波及する恐れがある。ダムがせき止める巨大な貯水池は、長さ240キロ余り、高さ約30メートル。数百万人のウクライナ人に飲料水を供給するほか、ここから国内の広大な農地に水が引かれている。ウクライナ産の小麦は世界の供給量の10%を占める。ダム決壊のニュースを受け、世界全体の穀物価格は上昇した。

ダムの分厚い壁は、ドニプロ川の水をせき止めていた。恐らく偶然ではないだろうが、この川はロシアの占領地とウクライナが確保する領土とを隔てる形で流れている。

軍事的戦略としてダムを爆破する考えは、新しいものではない。今週起きた災厄は、ソ連の指導者、スターリンが1941年に下した決定の再現に感じられる。スターリンが破壊を決断した水力発電ダムは、ドニプロ川の別の箇所に設置されていた。

第2次世界大戦のさなか、スターリンの目的はナチスドイツの軍隊が当時ソ連の一部だったウクライナへ攻め込んでくるのを阻止することだった。ダムの主要部分の破壊により、ドイツの侵入を一時的に食い止めることには成功したものの、ウクライナの村々には水が流れ込み、数千人の民間人が死亡した。

ウクライナとロシアは共に、ダムが爆破によって決壊したと主張している。では爆破を実行したのはどちらか?

クレムリン(ロシア大統領府)のぺスコフ報道官は、これをウクライナ政府による「破壊工作」と呼んだ。しかしウクライナはロシアこそが犯人だと主張して譲らない。既に昨年10月の時点で、ウクライナのゼレンスキー大統領はロシアがダムに地雷を仕掛けていると指摘。世界がロシアに対して、ダムの爆破は「大量破壊兵器の使用」に等しいとの警告を発するべきだと促していた。

6日、ウクライナ大統領府のイエルマーク長官は、ロシアの責任であることを疑う余地が一体どこにあるのか「理解できない」と述べた。結局のところ施設を管理していたのはロシアであり、破壊によって最大の利益を得たのもロシアだ。今回の惨事によりウクライナの反転攻勢は戦術上複雑なものとなり、数少ない資源を振り向けることも余儀なくされた。

欧州連合(EU)も同様の結論に達したらしく、この事案を「ロシアによる残虐行為の新たな次元」と糾弾した。フォンデアライエン欧州委員長はツイッターに、「ロシアはウクライナで犯した戦争犯罪の代償を支払うことになるだろう」と書き込んだ。ダムを爆破するのは戦争犯罪だ。それはジュネーブ諸条約及び追加議定書に違反している。

別の可能性もある。ダムは構造的な欠陥により決壊したとの見方だ。衛星画像から、ダム上部の橋が先週の時点で破損していたことが明らかになった。しかし、たとえダムが自然に崩落したのだとしても、責任はロシアに帰する。施設を管理していたのはロシアであり、状態を維持する責任もロシアが負うからだ。国連のグテーレス事務総長が述べたように、この惨事は「ロシアによるウクライナ侵攻がもたらした新たな破壊的結果」に他ならない。

惨事の全容は、水が引いて初めて明らかになるだろう。ダムの南側には、破壊された村々が現れるはずだ。農地も堆積(たいせき)物と洪水で壊滅しているかもしれない。下流の80余りの集落や水位の上がってくる地域に暮らす人々にとっては、戦争による絶え間ない15カ月の苦難と増大する怒りに、新たな災厄が加わる形だ。ネットやテレビで拡散した画像には、取り乱した様子の高齢者や、体の弱った人々が写っている。ペットを抱え、ふらつく足取りで避難所に入る人もいる。一方で数千人に上る人々が、水に沈んだ街を脱出した。持ち出せるだけの所持品を手にして。

不安なのは、貯水池からの水がザポリージャ原発の原子炉の冷却に使用されていることだ。同原発もまた、ロシア軍が占拠している。原子炉6基のうち5基は既に停止した。現時点で原発の冷却池には十分な水があるものの、専門家は状況を注視している。

ダムが決壊した時、ウクライナは満を持しての反転攻勢を見込んだ作戦行動を進めていた。ダム自体は昨年3月からロシアの支配下にあったが、ドニプロ川に架かる橋の一つとして機能しており、ウクライナ軍の計画ではここを渡って領土奪還に向けた圧力をかける予定だったかもしれない。

今後はどのような展開が妥当だろうか? まずロシアが自分たちに落ち度がないと主張するなら、技術的な調査による原因究明に同意するべきだ。ロシアには国連安保理での拒否権があるが、国連総会や不運に見舞われがちな国連人権理事会でさえ特別会合を開催できる。総会、理事会の構成国は事案を非難し、調査を要請するべきだ。ロシアがそれを阻止するなら、自ら罪を認めるようなものだろう。

具体的な結果を求めるなら、北大西洋条約機構(NATO)に目を向ければいい。7月、NATOはリトアニアの首都ビリニュスで首脳会議を開く。開催地が持つ象徴的な意味合いは強力だ。リトアニアはバルト海諸国の一つで、ソ連政府が第2次大戦中に侵攻、併合した。そのため他のロシアの周辺国と同様、かねて現ロシア政府の拡張主義的意図について警鐘を鳴らしている。首脳会議において、西側諸国の指導者らはウクライナへの支援継続を正式に約束しなくてはならない。たとえ反転攻勢が行き詰まろうともそうするべきだ。

一部には、仮にウクライナ政府が著しい戦果を得られなければ西側の支援は減退するだろうと示唆する向きもある。だが我々は既にロシアの侵攻がもたらした被害の規模を目の当たりにした。ロシアはウクライナの子どもたちを拉致し、インフラを爆撃し、冬の寒さと暗さを戦争の武器として利用しようとした。

ノバカホウカのダムの壊れた壁と、その破壊的な水の流れは、ウクライナを支える国々の意志をより強固なものにするはずだ。

フリーダ・ギティス氏はCNNの元プロデューサー、元特派員。現在は世界情勢を扱うコラムニストとしてCNNのほか、米紙ワシントン・ポストやワールド・ポリティクス・レビューにも寄稿している。記事の内容は同氏個人の見解です。

「ウクライナ」のニュース

Video

Photo

注目ニュース

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]