過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」が2014年6月にカリフ制国家の樹立を宣言して以来、ISISが実行したり、ISISに触発されたりしたテロ事件がイラクとシリアでのものを除き約75件、世界20カ国で発生している。イラクやシリアで多くの犠牲者が出ているが、この2カ国以外でも少なくとも1280人が死亡し、1770人以上が負傷している。こうした事件で国際的なテロリストが果たした役割を正確に見極めることは難しい。例えば、15年7月に米テネシー州チャタヌーガで米海兵隊員ら5人が殺害された事件では、米連邦捜査局(FBI)のコミー長官によれば、実行犯は「外国のテロ組織のプロパガンダによって動機を与えられた」としているが、どのテロ組織によるものか言明するのは難しいという。
とはいうものの、ISISの脅威が、イラクやシリアといった活動の中心地から世界中へと急速に拡大していることは明らかだ。ここでは、イラクとシリア以外で発生したテロ事件のなかで、ISISに触発されたものや、ISISまたはその関連組織が実行したものを、事件の背景にあるISISとのつながりとともに見ていく。
2015年1月9日:アメディ・クリバリ容疑者は人質を取ってパリのユダヤ教食料品店に立てこもったが、警察の救出作戦の際に死亡した。当局によれば、同容疑者は4人の人質を殺害した。前日には、パリの女性警官を銃撃したとされる。クリバリ容疑者は襲撃前に作成した動画の中でISISへ忠誠を誓っていた。同容疑者は、仏風刺週刊紙シャルリー・エブド本社を襲撃したサイド・クアシ容疑者とシェリフ・クアシ容疑者の友人だった。12人の死者が出たシャルリー・エブド襲撃では「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」が犯行声明を出している。
シンクタンク「戦争研究所(ISW)」によれば、ISIS支持者のなかで出回った動画には、クリバリ容疑者がISISの旗の前でISISの最高指導者バグダディ容疑者に忠誠を誓っている。捜査官は、クリバリ容疑者がパリ郊外で借りた住宅で、ISISの旗や銃器、起爆装置、現金を発見した。この事件はISISによって触発されたとみられている。
2015年11月13日:パリで連続テロが発生し、少なくとも130人が死亡し、350人以上が負傷した。アサルトライフルや爆薬で武装した襲撃者は市内6カ所を標的とした。標的となったのはフランスとドイツのサッカーの試合が行われていたスタジアムなどで、コンサートホールで最も多くの被害が出た。ISIS支持者がネットで公開した声明によれば、爆発物のベルトを身につけマシンガンで武装した戦闘員8人が厳密に選ばれたパリ市内のエリアを襲撃した。ISWによれば、パリ同時テロは、ISISがこれまでに西側で起こしたもののなかで最も洗練されたテロ事件だという。フランスでの被害は第2次大戦以降、最悪の水準だった。この事件はISISまたはその関連組織の1つによって実行されたとみられている。
2015年12月5日:29歳の男がロンドンの地下鉄で男性を襲撃した。男は「これはシリアのためだ、ムスリムの兄弟たちのためだ」などと叫んだとされる。現地報道によれば、男の携帯電話のなかにはISISと関連のある旗などの画像が記録されていた。警察は、テロ事件として捜査を行った。この事件はISISによって触発されたとみられている。
2016年3月19日:トルコ・イスタンブールの観光客が多く訪れる場所で自爆テロが発生し、4人が死亡、36人が負傷した。トルコ内相によれば、自爆テロ犯はISISとつながりがある。この事件はISISまたはその関連組織の1つによって実行されたとみられている。
2016年3月22日:ベルギー・ブリュッセルの空港で2度、市内の地下鉄で1度の爆発が発生し、数十人が死傷した。ISISの支持者やISIS傘下の通信社がネットで公開した声明によれば、この事件はISISの戦闘員が実行したという。
2015年5月3日:米テキサス州ダラス郊外で開かれたイスラム教の預言者ムハンマドに関する漫画のイベントで、男2人が発砲し、警備員を負傷させた。男2人はその後、警官に撃たれて死亡した。情報筋によれば、男の1人は事件前に自身とISISとのつながりを示唆するツイートを投稿していた。イベントの講演者だった右翼のオランダの政治家は、アルカイダの殺害リストに載っていた。発砲した男のうち少なくとも1人はソーシャルメディアを通じ、シリアのISISメンバーと連絡を取っていたとみられる。ISWによれば、ISISが犯行声明を出し、男2人を「戦士」と呼んだという。事件について、ISWが「ISISに触発されたもの」と指摘する一方、米当局者はISISが事件に「便乗して」犯行声明を出した可能性もあるとの見方を示した。この事件はISISによって触発されたとみられている。
2015年11月4日:米カリフォルニア大学マーセド校の学生が4人を刺し、その後、警察に射殺された。当局は当初、事件は不満を抱いた学生によるものとしていたが、FBIは容疑者が犯行前にISISや他のテロ組織のウェブサイトやプロパガンダを閲覧していたと結論づけた。FBIは襲撃をテロ組織によって触発されたものと結論づけたが、なぜマーセド校の人々を襲撃したかについて完全に究明することはできないだろうとした。死亡した負傷者はいなかった。
2015年12月2日:タシュフィーン・マリク容疑者とその夫であるサイード・ファルーク容疑者は米カリフォルニア州サンバーナディノの福祉施設で14人を銃で殺害し、21人を負傷させた。両容疑者は銃撃戦で死亡した。情報筋によれば、マリク容疑者はフェイスブック上でISISの最高指導者バグダディ容疑者に忠誠を誓っていた。FBIのコミー長官によれば、容疑者2人は、ISISが台頭する以前の2013年初期から過激派思想に傾倒していたという。情報筋によれば、ファルーク容疑者は他のテロ組織にも連絡と取ろうとしていたという。この事件はISISによって触発されたとみられている。
2015年1月27日:リビア・トリポリの高級ホテルが襲撃を受け、少なくとも10人が死亡した。ISISのリビアの下部組織が犯行声明を出した。ISWによれば、この事件はISISのリビアにおける作戦行動の1パターンと説明できる。ISISは東部で勢力拠点を緩やかに拡大させる一方で、作戦の目的はリビア西部のイスラム系反体制組織との協力強化にあるという。この事件はISISまたはその関連組織の1つによって実行されたとみられている。
2015年2月15日:ISISは、リビアの海岸でキリスト教の一派であるコプト教徒のエジプト人21人の首をはねて殺害したとするビデオを公開した。この事件はISISまたはその関連組織の1つによって実行されたとみられている。
2015年3月18日:チュニジアの首都チュニスの博物館が襲撃を受け、23人が死亡した。死者のなかには多くの外国人観光客が含まれていた。また、36人が入院した。立てこもりは治安部隊が襲撃者2人を殺害して終わった。大統領はその後、3人目の容疑者が博物館襲撃に関与しており、逃亡したと明らかにした。ISISが犯行声明を出した。ISWによれば、自爆テロ犯による博物館の襲撃は、北アフリカでISISとアルカイダが合流すれば、域内にどのような脅威が出現する可能性があるかを示唆している。この事件はISISまたはその関連組織の1つによって実行されたとみられている。
2015年7月1日:ISISはエジプトの北シナイ県で軍の検問所5カ所を同時に襲撃した。報道によれば、エジプト軍兵士17人が死亡し、30人が負傷した。エジプト軍はテロリスト100人が殺害されたとしている。ISWは、ISISがシナイ半島でのエジプト治安部隊の力をそぐことで行動の自由度を高めようとする公算が大きいとの見方を示す。この事件はISISまたはその関連組織の1つによって実行されたとみられている。
2015年8月12日:各国情報筋などによれば、エジプトで誘拐されていたクロアチア人のトミスラフ・サロペクさんの遺体とみられる画像がインターネットで公開された。サロペクさんは斬首されたとみられている。ISISのシナイ半島の下部組織を名乗る集団が、エジプトが女性のムスリムの囚人を解放しなければ、サロペクさんを殺害すると脅していた。この事件はISISまたはその関連組織の1つによって実行されたとみられている。
2015年10月30日:トルコで活動するシリア人2人がトルコ南東部の街で、のどを切られた状態で死体で発見された。1人はISISのシリアでの残虐行為を記録する団体の創設メンバーだった。非営利組織「ジャーナリスト保護委員会」によれば、ISISの支持者が犯行声明の動画をネット上に公開したという。この事件はISISまたはその関連組織の1つによって実行されたとみられている。
2015年10月31日:ロシアの旅客機がエジプトのシナイ半島上空で爆弾により破壊され、224人が死亡した。ISWによれば、ISIS系組織が旅客機を爆破したとの犯行声明を出し、シリアでのロシア軍の空爆に対する報復だと述べた。この事件はISISまたはその関連組織の1つによって実行されたとみられている。
2015年11月12日:レバノンの首都ベイルートで自爆テロが起き、少なくとも43人が死亡し、239人が負傷した。情報筋によれば、生き残った自爆犯は捜査員にISISのメンバーだと語った。この自爆犯以外に3人がシリアからレバノンに入ったという。この事件はISISまたはその関連組織の1つによって実行されたとみられている。
2016年1月8日:ISISのリビアの下部組織がズリテンにある軍の訓練施設に自爆攻撃を行った。市長によれば、トラックによる爆弾テロで少なくとも50人が死亡した。ISISは80人以上が死亡したとしている。ISISのリビア分派による自爆テロではこれまでで最も被害が大きかった。同日、ISISはラス・ラーヌーフの検問所も襲撃し、6人を殺害した。
2016年1月12日:トルコのダウトオール首相によれば、イスタンブールでISISメンバーの男が自爆テロを行い外国人10人が死亡した。爆発は午前、旅行者の多いスルタンアフメット広場で起きた。トルコ副首相によれば、自爆犯は最近、シリアからトルコに入国していた。
2014年12月15日:オーストラリア・シドニーのカフェに男が17人の人質を取って立てこもった。16時間後、警察が突入した。人質2人と立てこもった男が死亡した。立てこもったのは、マン・ハロン・モニス容疑者でイラン生まれの難民だった。2001年にオーストラリアへの政治亡命が認められていた。ISWによれば、モニス容疑者は立てこもっている最中にISISの旗を持ってくるよう要求した。米国務省のテロ年次報告書は、モニス容疑者をISISのシンパとしている。この事件はISISによって触発されたとみられている。
2015年9月28日:イタリア人のチェーザレ・タベッラさんがバングラデシュの首都ダッカで自宅に戻る途中に殺害された事件で、ISISが犯行声明を出した。警察はこの事件に関連してバングラデシュ人4人を逮捕した。警察によれば、容疑者たちは外国人を殺害するために雇われたという。警察は、容疑者4人や雇い主が直接ISISと関わりがあるとはみていない。バングラデシュでは2015年、過激派による暴力行為が何件か発生したが、ISISが犯行声明を出したのはこれが初めて。この事件はISISによって触発されたとみられている。
2015年10月3日:日本人の星邦男さんがバングラデシュで殺害された。過激派の活動を監視しているSITEによれば、ISISがネット上の雑誌に犯行声明を出した。地元メディアによれば、警察は活動を禁止している過激派組織による犯行とみている。この事件はISISによって触発されたとみられている。