自国通貨を「武器」にしたい中国、デジタル人民元はその突破口となるか
香港(CNN Business) 中国は、米ドルが世界の金融システムを完全に支配する現状を打破し、さらに国民の金の使い方に対するコントロールを強化したいと考えている。そして、この2つを同時に実現する手段として期待するのがデジタル人民元だ。
中国は数年に及ぶ準備を経て、2020年についにデジタル人民元の試験運用を開始した。
中国政府は、デジタル人民元は、買い物をより便利かつ安全に行えるようにする未来の通貨で、銀行口座など従来の金融サービスを利用できない人々にも役立つ可能性があるとうたっている。
実は、中国はすでにほぼキャッシュレス社会で、多くの取引がデジタル処理で行われているが、それらは個人所有のアプリやプラットフォーム上、すなわち国家の監視の外で行われている。
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しかし、デジタル人民元が導入されれば、中国政府は人々の所在や状況、さらに人々が何に金を使っているかについて、かつてないほど膨大な情報の入手が可能になる。
「要するに、デジタル人民元は中国の経済と社会に対する国の監視・支配を強める可能性がある」と語るのは、米サウスカロライナ大学エイキン校のフランク・シェ教授だ。
シェ教授は、「(デジタル人民元の導入により)権力の集中がさらに強まる。それこそが、中国が(デジタル人民元を)強く推進し、開発を急ぐ根本的な理由かもしれない」と付け加えた。
影響力を増す民間企業への危機感
中国人民銀行によると、デジタル通貨の開発を求める声が聞かれ始めたのは2014年だという。中国当局は、6年かけて開発プロジェクトの研究を行った後、2020年に深圳、蘇州、成都、雄安の4都市で試験プログラムを開始した。
暗号通貨と同様に、デジタル人民元にもブロックチェーン技術のいくつかの要素が組み込まれている。取引はすべてデジタル台帳に記録され、追跡が可能だ。
また中国では、民間のハイテク企業とそのデジタル決済サービスが同国の金融システムに与える影響力が増しており、中国政府はデジタル通貨でその影響力を抑制したい考えだ。
中国では、アント・グループの「アリペイ」と騰訊(テンセント)の「微信支付(ウィーチャットペイ)」が提供するオンライン決済サービスが過去10年間に急成長しており、国内のデジタル取引に対する民間企業の影響力が強くなりすぎることへの懸念が広がっている。
アリペイは2013年に「余額宝(ユアバオ)」という投資信託「マネー・マーケット・ファンド(MMF)」を発売したが、あまりに人気になりすぎたため、中国規制当局の介入を招き、規模の縮小を余儀なくされた。当局は、この巨大な投信が何らかの理由で破綻(はたん)した場合、中国経済に大混乱を引き起こすリスクを恐れた。
アント・グループなどの電子決済サービスが急速に成長している/Qilai Shen/Bloomberg/Getty Images
スイスの金融UBPのチーフ・アジア投資ストラテジスト、アンソニー・チャン氏も2020年に発表した調査報告書の中で、「中国政府は長年、中国の大手ハイテク企業によるデジタル通貨の独占と、それらの企業が中央銀行の監視・監督が及ばないところで金融システムに影響力を持つことに懸念を抱いている」と述べている。
最近も中国政府の懸念を浮き彫りにする出来事があった。中国政府は2020年11月、アント・グループが上海と香港で上場するわずか数日前に、同社の新規株式公開(IPO)に待ったをかけた。
シンガポールに拠点を置く暗号通貨ブローカー、Finxfloの最高経営責任者(CEO)兼共同創業者のジェームズ・ギリンガム氏は、この決定で「中国政府の明確な承認、あるいは政府との協力なしに、誰も1つの市場に対して過剰な権力・支配権を持つことは許されない」ことが裏付けられたと述べた。
監視国家の実現に必要な「最後の1ピース」
また中国は、海外への資金流出についても懸念を抱いているとギリンガム氏は指摘する。
ギリンガム氏は「中国当局は、突然の資金流出がもたらすさまざまな課題を認識している」とした上で、「デジタル人民元の導入により、当局はより高いレベルの資本規制の実施が可能になる」と付け加えた。
さまざまな経済的苦境や米国との貿易戦争への対応に追われた中国では、正式に認められていないルートを通じて記録的速さで資金が海外に流出した。
サウスカロライナ大学のシェ教授は、デジタル通貨は監視国家の実現に必要な「最後の1ピース」だと述べた。中国はすでに、顔認識技術や監視カメラなど、さまざまな技術を使って市民に関する膨大な情報を収集している。
中国人民銀行によると、デジタル人民元の特徴は「制御可能な匿名性」だという。つまり、ある取引の両当事者が互いを知らず、また世間にも知られていなくても、中央銀行には彼らの個人情報が把握されているということだ。
米金融大手ゴールドマン・サックスのチーフ・アジア・エコノミスト、アンドリュー・ティルトン氏も、デジタル通貨の重要な特徴は、その通貨がどのように使われたかを中央銀行が直接監視できる点だと述べている。
さらなる野心的な計画と今後の課題
デジタル通貨の開発は、米中の緊張が高まる中、中国が他の経済的リスクを軽減するのに役立つ可能性がある。
例えば、中国の銀行による「SWIFT(スイフト、国際銀行間通信協会)」の利用を米国政府が禁止したとしても、個人や企業はデジタル人民元を使って国境を越えた取引を行うことができる、とUBPのチャン氏は言う。
しかし、中国政府の最大の野望が完全に実現するにはかなりの時間を要するとアナリストらは警告する。
国際決済銀行によると、国際取引に占める人民元の割合はわずか4%強に過ぎず、米ドルの88%に遠く及ばない。
米国のシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)のシニアアドバイザー、スコット・ケネディ氏は、「中国が人民元を全世界の人々に使ってもらえる状況には程遠い」と述べた。
また、そもそも中国の消費者が本当にデジタル人民元に群がるのかも不透明だ。中国インターネット情報センター(CNNIC)の推計によると、中国では全モバイルインターネットユーザーの86%に当たる8億人以上が、すでにアリペイやウィーチャットペイなどのモバイル決済サービスを利用している。これらのサービスは、中央銀行が完全に保証するデジタル通貨と全く同じではないが、ほぼ同レベルの利便性を有する。
またシェ教授は、人々は特に大きな取引や海外に移動させたい資産に対してプライバシーのないデジタル人民元を使用するのをちゅうちょするかもしれないと指摘する。
シェ教授は「一般の人々は(デジタル人民元の使用に)慎重になるだろう」と述べ、「利便性は(民間の決済サービスと)変わらないのに、より多くのプライバシーを失うリスクがあるからだ」と付け加えた。