OPINION

トランプ氏にとっての不吉な兆し

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米大統領選で共和党の指名争いを演じたトランプ氏(左)とヘイリー氏/Getty Images

米大統領選で共和党の指名争いを演じたトランプ氏(左)とヘイリー氏/Getty Images

(CNN) 米国のトランプ前大統領は、現代政治史において最も現職大統領に近い人物だ。実際には役職に就いていないにもかかわらず、現職の大統領に極めて近い存在と言える。

デービッド・マーク氏/Courtesy David Mark
デービッド・マーク氏/Courtesy David Mark

結局のところ米国民は、2016年にトランプ氏を大統領に選んだ。20年の大統領選に敗れてからも、同氏が世間の目から消えることはほとんどなかった。本人の知名度は、事実上100%だ。

そんな状況が寄与して、側近には大統領選に長年携わった経験を持つトップクラスのアドバイザーが集まる。主要な州の予備選で展開した政治活動も奏功し、今回共和党の候補指名を確実にした。その間、ほとんど汗一つかくことがなかった。しかし、こうした格段に有利な立場からは、本選の結果にまつわるいくつかの疑問も浮かび上がる。というのも、本人が共和党予備選の有権者を完全には取り込めていないからだ。

多くの州で予備選が行われた「スーパーチューズデー」で全勝に近い結果を叩き出し、実質的に共和党の候補指名を獲得したにもかかわらず、トランプ氏はニッキー・ヘイリー前サウスカロライナ州知事が投げかけた影から逃れることができなかった。6日に選挙戦から撤退したヘイリー氏だが、本人が共和党予備選に臨んだ州では一貫して30%程度の得票率を記録した。党の中では少数派だが、党への不満を抱えた人の数としては決して小さくはない。彼らが投票に向かう大統領選の本選は、現職のバイデン大統領との極端な接戦にもつれ込むことが予想されている。

現代政治史上、予備選の段階で厳しい挑戦を受けた大統領は本選で苦戦を強いられてきた。おのおの政治的に生き残り、党の指名を勝ち取るのだが、その過程で対立候補に弱点を暴かれる。続く本選で相手からその弱点を突かれ、敗北するという形だ。

今年もそれが起きる可能性がある。予備選をトランプ氏と争ったヘイリー氏はトランプ政権下で2年近く国連大使を務めた。その経歴とより伝統的な共和党の外交観にものを言わせ、現状に不満を抱く共和党有権者の支持をつかんだ。取材に答えるこれらの有権者は、しばしばトランプ氏の気性と大統領らしからぬ振る舞いに言及。ヘイリー氏に肩入れする理由を説明していた。

実際の投票で、ヘイリー氏が着実にかつての上司を上回る票を得ていたのは郊外居住者、知的職業階級、多くの場合無党派でアリゾナ、ジョージア、ミシガン、ネバダ、ニューハンプシャー、ペンシルベニア、ウィスコンシンといった激戦州での結果を左右する層だった。これらの有権者の少なくとも一部は、最終的には秋の本選でトランプ氏に投票する公算が大きいものの、数字が示唆するように数は小さいながらそれなりに意味のある少数派がトランプ氏の元を離れ、バイデン大統領に投票する可能性もある。あるいは大統領選自体への参加を見送るかもしれない。

歴史を振り返ると明らかだが、この種の票の移動にまつわる良からぬ兆しは、現職の大統領に対して語られるのが常だった。これ以上ないほどそこに近づいているのが、トランプ氏の現在の立場だ。最後に大統領が深刻な党内の反発に直面したのは1992年、パット・ブキャナンが共和党の候補指名をジョージ・H・W・ブッシュ(父)と争っていたときだった。ブキャナンは最終的に、現職のブッシュに相当の痛手を負わせた。

1992年2月11日、ニューハンプシャー州ベッドフォードでの集会で演説するパット・ブキャナン/Pat Sullivan/AP/File
1992年2月11日、ニューハンプシャー州ベッドフォードでの集会で演説するパット・ブキャナン/Pat Sullivan/AP/File

共和党政権の顧問を務め、後にコラムニストとなったブキャナンは、ポピュリスト的かつナショナリスト的な右派寄りの公約を掲げた。様々な面でそれはトランプ氏による2016年大統領選勝利の前触れとなった。ブキャナンはブッシュに予備選で勝利こそしなかったが、共和党内におけるイデオロギーの亀裂を露呈させた。そうした不和が生じた複数の州は、同年11月の大統領選本選で民主党候補のビル・クリントンの手に落ちることとなった。貿易や移民といった問題での現職に対する不満から、無所属で大統領選に立候補していたロス・ペローにも、一般投票で19%の票が入っている。ただペローは選挙人を一人も獲得できなかった。

それより前の1980年には、マサチューセッツ州選出のテッド・ケネディー上院議員が現職大統領のジミー・カーターに挑み、左派の立場から民主党の候補指名を目指した。序盤戦で立て続けに敗れたにもかかわらず、ケネディーは盛り返し、後半の複数の予備選で勝利。戦いを8月の民主党全国大会へと持ち込んだ。最終的に勝者となったのはカーターだったが、ケネディーの挑戦はこの時点でカーター陣営に深刻な痛手を与えていた。本選に臨んだカーターは、共和党のライバルで前カリフォルニア州知事のロナルド・レーガンに地滑り的な敗北を喫した。

1980年、民主党の大統領候補指名を目指して選挙活動を行うテッド・ケネディー上院議員/Wally McNamee/Corbis Historical/Getty Images/File
1980年、民主党の大統領候補指名を目指して選挙活動を行うテッド・ケネディー上院議員/Wally McNamee/Corbis Historical/Getty Images/File

カーターの弱みは、国内外での危機の多発にあった。加えてケネディーは、最悪の経済状況を巡ってカーターをこき下ろした。レーガンはこれを利用し、秋の本選でカーターを効果的に攻撃。候補者同士の討論会で有権者に向かって大げさにこう尋ねていたのが記憶に残る。「あなた方の暮らし向きは、果たして4年前より良くなっただろうか?」

同様の状況は76年にも見られた。レーガンがジェラルド・フォード大統領に挑み、共和党の候補指名を目指したときだ。ウォーターゲート事件で辞任したリチャード・ニクソン大統領から大統領職を引き継いだフォードは、数カ月間レーガンによる右派からの攻撃を受け流した。共和党全国大会で辛くも候補指名を獲得したフォードだったが、その秋の本選ではカーターに敗れた。

1976年、大統領選の選挙活動で聴衆に向けて演説するロナルド・レーガン/Owen Franken/Corbis Historical/Getty Images/File
1976年、大統領選の選挙活動で聴衆に向けて演説するロナルド・レーガン/Owen Franken/Corbis Historical/Getty Images/File

さらに68年には、リンドン・ジョンソン大統領がニューハンプシャー州での民主党予備選の結果に落胆し、再選をあきらめている。ジョンソンはミネソタ州選出のユージーン・マッカーシー上院議員を得票率49%対42%で下したが、自党のほとんど知られていない上院議員を相手に過半数の票を獲得できなかったことで同年3月31日、大統領選から撤退した。マッカーシーはベトナムでの戦争継続を巡り、ジョンソンを容赦なく攻撃していた。最終的に民主党の候補に指名されたヒューバート・ハンフリー副大統領は、11月の本選でニクソンに敗北。ニクソンはベトナム戦争や国内の社会不安を巡る民主党内の対立に乗じ、本選を制した。

時代を2024年まで早送りすると、共和党には暗い影が差しているように思える。それなりの数の共和党有権者が多くの予備選で、11月にトランプ氏に投票するつもりはないと明言している。たとえば「スーパーチューズデー」に予備選のあった3州の出口調査によると、ヘイリー氏に投票した有権者は共和党指名の大統領候補としてトランプ氏を支持するのを拒んでいる。具体的にはノースカロライナ州で78%、カリフォルニア州で69%、バージニア州で68%がトランプ氏への支持表明を拒否した。

確かに予備選と党員集会でヘイリー氏を支持した有権者の中には、11月の本選でトランプ氏支持に戻ってくるつもりの人々もいる。むしろそうするのが多数派かもしれない。しかし少ないながらも無視できない規模の有権者がバイデン氏支持に回る、もしくは棄権する場合には、その程度の数であっても各州での票は数万票に達する。

これらの票は、前回の本選で極めて重要だった。出口調査によれば、バイデン氏は20年の大統領選で共和党の6%、無党派層の54%の票をそれぞれ獲得した。トランプ氏の無党派層での得票率は41%だった(16年、民主党が候補に指名したヒラリー・クリントン氏は無党派層での得票率が42%で、トランプ氏の46%を下回った。この層の票がバイデン氏にとってどれほど重要だったかが分かる)。

歴史上の類例はそれぞれ異なる。今年のバイデン氏とトランプ氏の再戦に関連しつつ、そこには限界もある。それでも原則は明確だ。現職の大統領が深刻な予備選での挑戦に直面するとき、彼らは政治的に著しく弱体化し、続く11月の本選で敗れる。そうした状況は、具体的な一連の問題を巡って現れる場合もある。マッカーシーがベトナムについてジョンソンを激しくこき下ろしたように。またあるときは、有権者全般に対して現職大統領は無能だとする感覚を生じさせる。ケネディーによる1980年のカーター批判がそうだった。

バイデン氏は今回の大統領選における真の現職であり、カーターのように1期のみの大統領で終わる可能性もある。その場合は低調な経済と国外の危機を巡って非難を浴びることになる。しかし予備選での経緯が示唆するように、より脆弱(ぜいじゃく)なのはトランプ氏の方だ。実際に予備選で投じられたバイデン氏に対する反対票は、取るに足らない数だった。ミネソタ州選出のディーン・フィリップス下院議員やスピリチュアルの第一人者、マリアン・ウィリアムソン氏といったライバルたちの得票率は、1桁台前半となっている。トランプ氏はほとんどの予備選を制したが、依然として相当な数の反対票を投じられている。これは現職の大統領が、続く11月の本選で敗れるパターンだ。

確かにバイデン氏も5日には、選挙戦での弱点の兆候をいくつか露呈した。イスラエルがパレスチナ自治区ガザ地区でイスラム組織ハマスに対し繰り広げる防衛戦の影響は、依然として続いている。2月27日のミシガン州での民主党予備選では、数千人のアラブ系米国人や若年層の有権者が 「支持者なし」を意味する票を投じ、イスラエルを支えるバイデン氏に抗議した。彼らの割合は、有権者全体の13%に達した。そうした抗議は3月5日のミネソタ州でも続き、4万5000人を超える予備選の有権者が「支持者なし」の票を投じた。有権者全体に対する割合は19%だった。

とはいえ、現職の大統領は6日、党の指名獲得を確固たるものにしている。この日、民主党予備選での挑戦者として最も注目を集めていた前出のフィリップス氏が、大統領選から撤退した。同氏の低調な結果は、共和党の方が不満を抱く同党有権者並びに同党寄りの有権者の割合が大きい状況を示唆する。大統領選の予備選に挑んだ人々による近年の歴史は、彼らにとって幸先の良い話ではない。

(一部敬称略)

デービッド・マーク氏は政治ジャーナリストで作家、講演者。 著書に「Going Dirty: The Art of Negative Campaigning」、 共著署に「Dog Whistles, Walk-Backs, and Washington Handshakes」がある。記事の内容は同氏個人の見解です。

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