「ここは動物園じゃない」――アムステルダムのセックスワーカーが抗議する理由
(CNN) 観光人気に当惑するアムステルダムでは現在、「お祭り騒ぎ」「ルール無用」といったイメージの刷新が行われている。酔っ払った英国人お断りのキャンペーンや、大麻取り締まりの動きも出ている。夜の街から例の赤いネオンの灯が消えてしまう可能性もありそうだ。
セックスワーカーを対象に今月1日から施行された新しい規制により、アムステルダムの風俗業者は地元当局が言うところの「風俗客による迷惑行為」対策として、閉店時間をこれまでの午前6時から、午前3時に短縮しなければならない。
営業時間の短縮は、セックスワーカーを市街地から離れた「エロティックセンター」へ移動させようとアムステルダム市議会が計画を進める中で実施された。アムステルダム市は運河クルーズの制限や、バケーションレンタルの規制を実施する他、格安航空券対策として航空税の導入に向けた陳情も行っている。
CNNの取材に応じた複数のセックスワーカーは、自分たちを標的にした法改正で偏見が助長されているとし、自分たちが不当に差別され、観光客の大量流入で市が直面する問題の身代わりにされていると考えている。
アムステルダム市のソフィアン・ムブラキ副市長の広報担当者は、一連の対策は住みやすい街を維持するためのもので、「野放しにするのではなく、今こそ規制しなくてはならない」とCNNに主張した。
収入減と安全上の懸念
セックスワーカーによるデモの最中、参加者と言葉を交わすアムステルダムのハルセマ市長(中央右)/Kenzo Tribouillard/AFP/Getty Images
フェリシア・アンナさん(プライバシー上の理由から仮名)はアムステルダム在住歴13年の元セックスワーカーで、現在はアムステルダムの飾り窓地区で働く人々の組合「レッドライト・ユナイテッド」の会長を務めている。
営業時間の短縮でセックスワーカーの収入が激減し、飾り窓の賃貸料や安全に帰宅するためのタクシー代などを賄えない人が大勢出てくるだろうとアンナさんは言う。
「セックスワーカーの大半は、バーが閉まり始める深夜0時から午前1時以降に仕事を始める」とアンナさんはCNNに語った。「それが今では2時間ぐらいしか働けず、稼ぎが足りない」
セックスワーカーのバイオレットさん(プライバシー上の問題から仮名)は、アムステルダムを拠点に風俗関連の情報提供と啓発活動を行う団体「プロスティテューション情報センター(PIC)」のコーディネーターだ。
バイオレットさんによれば、とくにトランスジェンダーの人々が営業時間の短縮の影響を受けることになるという。午前3~6時に来店する客はトランスジェンダーのセックスワーカーを求めることが多いそうだ。
またセックスワーカー全般の福祉についても、安全に帰宅することがままならなくなる可能性を語った。
「午前3時、それもどこも閉まっている時間帯に帰宅する場合、セックスワーカーはとくに脆弱(ぜいじゃく)な立場に置かれる」とバイオレットさん。それに対して午前6時には社会も活動し始め、交通機関の選択肢も増えるという。
「私たちの収入はたいてい現金ベースなので、明け方に大量の現金を抱えて移動することもある。外にあまり人が出ていなければ、私たちに危害を加えようとする人々にきっかけを与えることになる」(バイオレットさん)
飾り窓地区の囲い込み
アムステルダムの当局者らは、新たな規制の導入によって観光がもたらす負荷を軽減しようとしている/Hollandse Hoogte/Shutterstock
営業時間の短縮が新たに導入された背景には別の動きがある。市議会では飾り窓を閉鎖して、市外に設けるエロティックセンターにセックスワーカーを移動させる案を推し進めているのだ。
先月30日にはセックスワーカーが起こした抗議デモで、エロティックセンターの候補地を協議していた市議会が中断された。
レッドライト・ユナイテッドによれば、デモ参加者は266人のセックスワーカーが署名した嘆願書をアムステルダム市のフェムケ・ハルセマ市長に手渡し、時短営業やエロティックセンターへの移転ではなく、飾り窓地区での警官動員増加を求めた。
ハルセマ市長は以前から、一部観光客が風俗を唯一の観光目的とみなしているとし、エロティックセンターができれば飾り窓地区に対する圧力も緩和され、セックスワーカーが安全かつ平穏に働ける場を提供できると主張している。
セックスワーカーはこの意見に反対だ。レッドライト・ユナイテッドも、エロティックセンターは犯罪や「いかがわしい」行為を助長する環境を生みかねないと主張している。
「飾り窓営業のメリットは、人の目にさらされているため、より安心できるという点だ。エロティックセンターは建物の中に閉ざされるので、そうはならない」(アンナさん)
バイオレットさんも安全上の懸念を口にし、セックスワーカーを移動させれば社会的保護も幾分失われるだろうと主張する。
「飾り窓地区を移転すれば、迷惑行為が1カ所に集中して監視もできなくなる。世間の目も届かなくなる」(バイオレットさん)
「アムステルダムでセックスワーカーとして働くことの利点のひとつは、カメラを取り出して写真を撮ろうとする人がいると、セックスワーカーだけでなく地元コミュニティーが助け舟を出してくれることだ」とバイオレットさんは語り、「オランダ人は人に注意することを恐れない」と付け加えた。
「観光客はいなくならない」
飾り窓地区の閉鎖に反対して抗議デモを行うアムステルダムのセックスワーカーとその協力者たち/Kenzo Tribouillard/AFP/Getty Images
セックスワーカーに対する規制はアムステルダム市のイメージアップ対策のひとつにすぎない。前述の閉店時間ルールや酒の販売規制、歩きたばこ禁止など、飾り窓地区には他にも規制が導入される見通しだ。
市議会ではすでに複数のキャンペーンを実施している。そのうちのひとつが「Stay Away」キャンペーンで、まずは若い英国人男性を対象に、「独身最後のパーティー、アムステルダム」「安いホテル、アムステルダム」「パブ巡り、アムステルダム」というキーワードで検索すると、非社会的行動を警告する動画広告が流れるというものだ。
アムステルダムのソフィアン・ムブラキ副市長の広報担当者は、キャンペーンを英国からスタートした理由について、「こうしたグループの一部は一般的な迷惑行為を逸脱する行動を伴って、繁華街のナイトライフの大半を占めている」からだと述べた。
だが今回はあくまでもキャンペーン第1弾で、「1国に特定しているわけではない」とも強調し、「数カ月後には他の欧州連合(EU)諸国やオランダ国内でも展開する予定だ」と述べた。
フェリシア・アンナさんやバイオレットさんの個人的経験では、英国男性の素行は他の観光客と変わらないという。また観光客だけでなく、地元オランダ人も迷惑行為で問題を起こしていると付け加えた。
アンナさんの意見では、アムステルダムといえば「ルール無用」という考え方のほうがより大きな問題だという。こうした考え方を変えることにはアンナさんも賛成だ。
「キャンペーンを展開して来るなと呼びかけるのは結構だが、人はいなくならないだろう」とアンナさん。「立ち居振る舞いを教えることが必要だ。そうしない限り、変化は絶対に起こらない」
「ここは動物園ではない」とアンナさんは訴える。「飾り窓地区に来るなら、行儀よくしてほしい」
さらなる啓発を呼びかけるバイオレットさんも、キャンペーンが逆効果になりかねないと考えている。「狙いを絞ったこの手の広告は、まるでここが悪徳の街であるかのようだ」
「この場所を、自分が生まれた町や都市と同じように扱ってほしい」とバイオレットさんは訴えた。