(CNN) ウクライナにとって、5月は今までで最も過酷な1カ月となりつつある。
ロシア占領下から解放されて18カ月以上が経過した北部ハルキウ州の町ボルチャンスクは10日、激しい砲撃と空襲で朝を迎えた。ロシアはすでに手薄になっているウクライナの防衛網にさらに追い打ちをかけている。
ウクライナのボロディミル・ゼレンスキー大統領や政府高官は、ロシアによるボルチャンスクへの進軍の試みは阻止されたと述べたが、その後もロシア軍はボルチャンスクへ続く陸路を断とうとしている。
ロシア軍は10日、国境沿い60キロメートルにわたって大隊規模の攻撃を展開し、「グレーゾーン」と呼ばれる前線の複数の村を制圧したと主張している。今年ロシアは攻撃能力の大半を東部ドネツク州での進軍に注力しており、遅々としながらも大きく前進している。
ボルチャンスク地域では激しい空爆が続き、11日の時点でロシア軍はウクライナ国境沿いの村をいくつか掌握しているようだ。
今回の越境攻撃は、今年ウクライナ軍が見舞われた不運の一例に過ぎない。ウクライナの兵力はぎりぎりの状態だ。大砲の数はロシアよりもはるかに少なく、防空装備はどう見ても不十分で、何より兵士の数が不足している。さらに乾燥した天候がロシア軍機械化部隊の移動を助け、窮状に輪をかけた。
ウクライナ国防省情報総局のバディム・スキビツキー副局長は先ごろ、英誌エコノミストとの取材でこう語った。「我々の問題はいたって単純だ。武器がないのだ。我々にとって4月と5月が厳しい時期になることは、相手も最初から分かっていた」
ウクライナ情報当局によると、全面侵攻以来ロシアは甚大な損害を負っているにもかかわらず、現在ウクライナ国内や国境付近に50万人以上の兵士を配備していると見られる。またスキビツキー氏によれば、中央ロシアに「予備役師団を組織している」という。
北部国境の攻撃前には、「セーベル(ロシア語で『北』の意味)」と呼ばれる新たな集団が編成された。ワシントンに拠点を置くシンクタンク、戦争研究所のジョージ・バロス氏はシーベルについて、「作戦的に重要な集団」だとCNNに語った。
「ロシアの狙いは6万~10万人規模の部隊を編成してハルキウを攻撃することだった。我々の見積もりでは5万人手前だが」とバロス氏は言い、「それでも戦闘能力としては十分だ」
こうした新兵力の助けを借りて、機甲歩兵部隊は越境を試みた。入手できる情報が示唆しているのは、作戦には期待が寄せられていたが、大勢の死者を出したようだ。だが精鋭部隊が追加投入されれば(別の師団からの兵力増強もありうるとの報告がある)ロシアの野望が膨らむ可能性もある。
ウクライナ特殊部隊は先ごろ、CNNの取材で「これは序の口に過ぎない。ロシア軍はさらなる攻撃に備えて前進拠点を構えている」と語った。
ブログ「Frontelligence」で戦争関連の記事を投稿しているウクライナ軍の元将校によれば、「人員不足のために、ウクライナは戦場で使える十分な数の大砲を大規模な部隊にあてがって国境に配備するのを見送らねばならない状況だ」という。
元将校は今後状況が進み、「ロシア軍が国境地域のさらなる突破、あるいはすでに突破した地域の強化に向けて部隊を追加投入するだろう」と予想している。
複数の専門家は、ロシア軍が国境攻撃を西のスムイ州まで広げるのではと予測する。スムイ州は何カ月もロシア特殊部隊の奇襲を受けてきた。
セーベルを編成しても、ハルキウのような規模の街を攻撃して制圧することはできないだろうが、目的はそこではなさそうだ。バロン氏によると、むしろウクライナ軍をドネツク方面からハルキウ方面に移動させることが狙いだという。「600マイル(約965キロメートル)の前線でウクライナの兵力を手薄にし、ドネツク州を中心に新たな隙を作ること。それが2024年のロシアの主な作戦目標だ」とバロン氏は語る。
直近の越境攻撃で、同じハルキウ州のクピャンスク防衛からウクライナ軍の部隊が離れる可能性もある。現地では数カ月間ロシア軍の攻撃が途絶えており、ウクライナ国内の緩衝地域となっている。ロシア政府もベルゴロドをはじめとする都市への攻撃を減らしたい意向を示している。
スピードアップ
こうした状況はハルキウだけではない。ウクライナ軍も認めているように、3月から4月にかけて著しく増加した交戦回数は先週さらに急増し、9日だけでも150回以上にのぼる。
実際、ロシア軍は数にものを言わせて、数百キロメートル離れた複数の地域を攻撃してウクライナの防衛網を引き延ばしている。ウクライナ政府は予測される初夏の攻勢がいつ、どこで行われるのか、臆測に頼らなければならない。
攻撃のスピードが加速し、ウクライナが抱える二つの重大な弱点がさらに深刻化している。人員不足と手薄な防空体制だ。ロシアは西側の追加支援が効果を発揮する前に地上での優位性を確立しようと、大急ぎで二つの弱みに付け込んでいる。十分な量の追加支援が到着するまで、少なくとも数週間はかかる。
「依然として人員が一番の課題だ。ウクライナは疲弊した既存の大隊の回復と、10あまりの機動旅団の新編成に取りかかっている」とバロン氏は語った。
ロシア軍のドローン(無人機)攻撃により損壊した建物=ウクライナ北東部スーミ州/Vyacheslav Madiyevskyy/Reuters
ロシアが30万人の追加動員を行ってから2年近くが経過したが、ウクライナでは先月ようやく兵員を拡大する動員改正法案が可決された。議会では可決までの数カ月間膠着(こうちゃく)状態に陥ったが、ゼレンスキー大統領も追加動員による代償と政治的影響に慎重な構えを取っていた。その間に前線のあちこちで人員不足がますます深刻化し、ロシア軍の司令官に付け込む隙をたっぷり与えてしまった。
専門家の意見では、ドネツク州チャシブヤールのウクライナ軍の兵力はロシア軍の10分の1の可能性がある。砲弾の数も慢性的に不足し、空からの防衛はゼロだ。あるウクライナ系軍事ブロガーは、チャシブヤール方面だけで最大15のロシア自動車化狙撃旅団(いずれも1000人規模)が軍事作戦を展開しているようだと投稿した。
チャシブヤール周辺、およびスラビャンスクやクラマトルスク、コンスタンチノフカといった重要工業地帯で優位性を失えば、さらに弱点が増えることになる。
スキビツキー氏はエコノミストとの取材で、チャシブヤールを失う可能性は濃厚だと語った。「もちろん今日、明日の話ではないが、すべては予備役と補充次第だ」
スタニスラフというウクライナ兵は地元TV局の取材に応じ、チャシブヤール北東部では1カ月間の「非常に激しい戦闘」の後、ロシア軍が「大量の予備役を集めているクレミンナからこちらに向かっている」と語った。
この兵士の話では、「昼夜を問わず、大人数だろうが少人数だろうが、大量のロシア歩兵が攻撃している」という。
ロシア軍の陣地へ向けて攻撃を行うウクライナ軍兵士=4月、ウクライナ・ハルキウ州/Anatolii Stepanov/AFP/Getty Images
訓練された兵士が不足していることに加え、「ロシアは領空を避難場所としてハルキウ州を攻撃している。米国が長距離防空装備を供与し、ウクライナ軍がロシア軍戦闘機をロシア領空内で迎撃できるようにする必要に迫られていることを物語っている」とボロス氏は語った。
米国は10日、防空装備やその他武器を含む4億ドル(約623億円)規模の支援策を発表したが、それをはるかに超える量が必要になるだろう。
ウクライナ側の損失は、前線の後方に退避可能な防衛拠点が準備されていなかったことも原因だ。ウクライナ軍部隊はクラスノホリウカで何カ月もアパートやれんが造りの工場を防衛拠点として活用していたが、こうした建物は次第に姿を消している。ロシアの砲弾でウクライナ兵は「自分たちの隠れ家の下敷きになった」と投稿したロシア系軍事ブロガーもいた。
ゼレンスキー大統領をはじめとする人々が「積極的防衛」を口にする機会も増えた。防衛要塞(ようさい)を強化し、そこを足がかりにロシア侵攻の流れを変えようという考えだ。ゼレンスキー氏本人もこうした要塞を視察したが、ドネツク地方などの重要地域では数があまりにも少なく、タイミングも遅すぎた。
ゼレンスキー氏は先週、追加支援が到着したあかつきには「東部で(ロシア軍を)止めることができる」と断言した。だが、「現地の状況が非常に厳しい」ことも認め、現時点までに届いた支援は「議会で可決された量には達していない」と主張した。
「我々はすべてが必要だ。それも一刻も早く」(ゼレンスキー氏)
遅れるたびに、ロシアがにじり寄って来る。ウクライナ軍はこれ以上失えない兵士を失うことになる。
ロシアは軍事支援の中断に備えていたとバロン氏は言う。「ここ最近のロシアの前進は、単なる日和見主義によるものではない。ロシアは前々から準備を進め、今それを利用している。米国の行動の遅さ、それによって今直面しているジレンマのため、ウクライナは厳しい決断を迫られるかもしれない」
そうした決断で、時間を稼ぐために領地を手放すことになるかもしれない。結果として、失った領地の大半が奪還できない可能性を受け入れることになるかもしれない。
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本稿はティム・リスター記者による分析記事です。