米グラマン社の実験機X29は異形の航空機だ。その驚くべき前進翼は数ある大胆な革新点のひとつに過ぎない。
X29が生み出されたのは冷戦の絶頂期。米航空宇宙局(NASA)や米空軍、国防高等研究計画局(DARPA)、グラマン社といった巨大組織が開発に参画した。究極の戦闘機をつくる取り組みの一環として1984年に初飛行が実現した。
だが、実験性の高いデザインを採用した結果、X29は史上最も空力的に不安定な航空機となった。
「デジタル式のフライトコンピューターなしでは飛行できなかった。毎秒40回も飛行経路を修正していた」。NASAアームストロング飛行研究センターの歴史研究責任者、クリスチャン・ゲルザー氏はそう振り返る。
X29は翼幅約8.2メートル、全長約14.6メートル。飛行速度はマッハ1.8に達した
極端なまでの機動性
前進翼機は珍しいが、X29が初めて採用したわけではない。こうした設計の先駆けとなったのはドイツの爆撃機「ユンカースJu287」で、1944年に初飛行した。設計担当者のハンス・ウォッケ氏は、そこで学んだことを小型ビジネスジェット「HBF320ハンザ」に応用。同機は1964年に初飛行し、数十機が製造され、前進翼を備えた唯一の商用機となっている。
ただしハンザジェットで前進翼を取り入れた目的は、小さな胴体部を最大限に活用し、狭い機内で乗客のスペースを広げることだった。
HBF320ハンザジェット/Alamy
また、ハンザジェットの前進角がわずか数度だったのに比べ、X29では33度もある。急角度を付けることで、安定性を犠牲にして機動性を手に入れた形だ。より素早い機動を行うためには、航空機は本質的に不安定でなければならない。
だが、後退翼の搭載には他にも直接的な効果があった。機体制御に不可欠な補助翼「エルロン」は翼端近くに搭載されており、通常の航空機が失速すると、たいていエルロンが最初に停止する。主翼上の空気の流れ方が原因で失速は翼端から始まることが多いためだ。つまり、ただでさえ危険な状況で制御を失うことになる。
しかし前進翼では空気の流れが逆となり、このため胴体に近い位置で失速が始まる傾向にあり、エルロンの機能が長続きして、パイロットに必要な制御が可能となる。
ゲルザー氏によると、一部の戦闘機は失速後も巨大なエンジン推力を通じて飛行を継続できる。問題は機体を制御できるかどうかだが、これはX29の登場まで不可能だった。「X29は前進翼を備えつつポストストール(失速後)の環境を追い求めた唯一の航空機」だという。
ステルス機の登場
特異な主翼形状はX29の技術者にとって別の問題も生み出した。重量だ。逆向きの主翼には極度のねじれが加わるため、強化が必要となる。しかし主翼を金属製にした場合、重量超過の可能性があった。そこで先進的な複合素材の使用で重さを抑えたが、これは今では軍民問わず標準的な仕様となっている。
X29は近未来的なデジタル式のフライバイワイヤも備えており、従来の手動制御に代えて電子インターフェースを使用していた。これも今となっては航空業界の常識だ。
2機のX29の製造を手掛けたのはグラマン社。F14やアポロ計画の月着陸船にかかわった防衛企業だ。F5AやF16など既存の戦闘機の部品を活用するコスト削減策が奏功し、8700万ドル(現在の価値で約2億4500万ドル=約260億円)規模の契約を勝ち取った。
こうして生まれたX29は1984年から92年にかけて422回の研究任務で空を飛んだ。しかし、最も革新的な特徴は歴史に埋もれたままだ。
「利益が不利益を上回らなかった。だが同時に、ステルスが登場してジェット戦闘機に必須の機能になったという事情もある」(ゲルザー氏)
ステルスはレーダーに映らない飛行を可能にする。これによる優位性は非常に大きく、現代の多くの戦闘機は空中戦に最適化すらされていない。空中戦はめったになくなった。
2機のX29のうち1機は現在、アームストロング飛行研究センターにある/NASA/Ken Ulbrich
前進翼を時代遅れにしたもう一つの要因は推力偏向能力だ。これはエンジンを物理的に動かして推力の向きを制御する能力のことで、失速時でも機動性を確保できる。ゲルザー氏は「X29に可能だったことはほぼ全て、現代的な空力性能や推力偏向を備えたF22でこなせる」と指摘する。
それでも、X29は愛着を込めて記憶されている。「開発に参加した人からの評価は非常に高い。この奇妙な外観の飛行機に本当にほれ込んでいるんだ」
ロシアのクローン?
ただ、この種の機体はX29で最後ではなかった。X29の最終任務から5年後の1997年9月25日、ロシア空軍も自前の前進翼戦闘機Su47を飛行させた。
設計上の類似点や登場のタイミングから、X29に直接着想を得た可能性がうかがえる。
ただ、Su47はX29の倍近い大きさで、実験機というよりも完全な戦闘機に近い。それにもかかわらず一度も量産体制に入ることなく、1機のみの製造に終わった。
スホイのSu47ベールクト/Alamy
2015年には、ロシア企業が空軍への提供を念頭に小型前進翼戦闘機SR10の試験を開始した。
だが、果たして、NASAや米空軍の手による前進翼戦闘機を再び目にする日は来るだろうか。期待すべきではない、とグレザー氏は語る。
「中小企業による開発は目にするが、軍の大規模な製造設計業者の例はない。彼らがこのコンセプトに戻るには何か異例のことが必要だと思う」