大都市に住むデメリットの1つは、スペース不足だ。
満員電車に靴箱並みに狭いアパート、交通渋滞などを見ると、最も人口の多い都心では、スペースは希少なぜいたく品であることに気付く。
しかし、もしそれらの問題をすべて克服し、人々や車を都会の空の穏やかで安全な場所に移すことができたらどうだろう。
アメリカン大学ドバイ校(AUD)研究・革新・デザインセンター(CRID)のセンター長を務めるジョルジュ・カシャミー氏が立ち上げた「ライジング・オアシス」プロジェクトは、この非常に興味深い構想を前提としている。
カシャミー氏が10年以上前から開発している浮遊式建築物は、2019年11月に開催されたドバイ・デザイン・ウィークの人気アトラクションのひとつだ。「ライジング・オアシス」は、人々が日々のさまざまな制約から自分たちを解放できるプラットフォームが都市の中に存在するという、実現可能な未来を描いている。
ジョルジュ・カシャミー氏/Courtesy of Georges Kachaamy
実現に向け少しずつ
カシャミー氏は10年以上前、日本で学生だった頃、初めて浮遊式建築物を思い付いた。その後、カシャミー氏はより真剣に浮遊式建築物の実現を追求するようになり、ここ5年間、同氏が製作する模型のサイズは着実に大きくなっている。
カシャミー氏は「試作品を作り始めた時は、長さ10センチほどのミニチュアだった」とした上で、「現在製作している試作品は長さ2メートルほどで、次は間違いなくもっと大きな物になるだろう」と付け加えた。
カシャミー氏は、浮遊式建築物の模型にさまざまな技術を試してきた。
現在のシステムには磁気浮上が使われている(磁気浮上を使った摩擦抵抗のない高速鉄道は「マグレブ」と呼ばれることもある)。磁気浮上は、磁力の反発力を利用して物体を浮上させる技術だ。
カシャミー氏は、試作品に3Dプリンターで自作した超軽量プラスチック素材を使用し、磁力が持ち上げられる物体の大きさを最大化している。
カシャミー氏は「建築物の重さと技術の力が均衡する点を見つける必要がある」とし、「それにより、より高さのある、より素晴らしい試作品が作れる」と付け加えた。
効率性と回復力
浮上式建築物の潜在的利益は多種多様だ。
スペースの制約を克服することによって、より少ない土地で建設が可能になったり、保存や拡大が可能な緑地への圧力を減らせたりするなど、より効率的な計画立案が可能になる。
さらに、地震や洪水といった自然災害からの早期回復も期待できる。
未来を描く
カシャミー氏は、これまでにない大きさと高さの試作品を作り、最終的に実物大の模型を作るロードマップをすでに描いており、それを生きている間に実現させたい考えだ。
カシャミー氏の作業の大半は、浮上式建築を可能にする新しい技術や材料の研究に費やされている。
磁気浮上の専門家たちは、同技術を使って持ち上げられる高さは限られており(実際、カシャミー氏の試作品も磁器基盤からわずか数センチしか浮上しない)、さらにコストも依然として非常に高いと警告する。
しかし、浮上式建築への関心は高まっており、技術革新も進んでいる。
火災で損傷したパリのノートルダム大聖堂の再建案のコンテストでは、中国人建築家の蔡沢宇氏と李思蓓氏の2人が、「浮上式」の尖塔(せんとう)を採用した案で優勝した(もっともこの案は、忠実な復元というフランス議会の条件を満たさない可能性が高い)。
浮遊式建築物は持続可能な解決策に通じるという/Courtesy of Georges Kachaamy
またカシャミー氏は、浮上式建築の実現に向けたもう1つの明るい兆しとして、磁場の力で垂直だけでなく、横や対角線上にも動くマグレブエレベーターの開発を挙げている。そして、問題も1つ解決した。
「(マグレブエレベーターは)私の浮上式建築物に入る唯一の手段だ」とカシャミー氏は言う。
カシャミー氏が描くこうしたデザインは実現に至らないかもしれない。しかし、海への「入植」を実現した都市ドバイで、今度は人々を空に居住させるという1人の男のミッションが進行中だ。