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19世紀のネットフリックス? 英ビクトリア朝の幻灯機の世界

ステレオスコープに使われた1890年ごろのテムズ川南岸の写真/London Stereoscopic Company/Hulton Archive/Getty Images

ステレオスコープに使われた1890年ごろのテムズ川南岸の写真/London Stereoscopic Company/Hulton Archive/Getty Images

最初の映画が制作される前の英国にあって、ビクトリア朝の人々は動画配信サービス「ネットフリックス」を先取りするような仕組みを利用していた――。新たな研究により、そんな歴史が浮かび上がってきた。

英ビクトリア朝研究協会の年次学会で発表された研究結果によれば、英国の家庭では早くも1840年代には、「幻灯機」と呼ばれる投影装置を借り、遠くの地や挿絵本の場面、大きく報道された出来事などを自宅の壁に映していたとされる。

当時の人々は英国全土で「幻灯師」が手掛ける上映会に出かけていた。幻灯師は絵や写真を配置した透明なスライドを投影機に差し込み、初歩的な特殊効果や語りに身ぶりなども交えて、精彩に富んだ光景を映し出してみせた。

英エクセター大学に籍を置くビクトリア朝の専門家、ジョン・プランケット教授は今回、幻灯機が家庭でどのように使われていたのかを調べるため、数百点に上る19世紀の新聞広告を調査した。

この結果、書籍商や化学関係者らが副業で幻灯機の操作技師として活動し、地元紙で機器や上映会、スライドなどの貸し出しについて宣伝していたことが分かった。

プランケット氏はCNNの取材に、「当時の英国ではあらゆる町や都市で、地元の繁華街に出かけて幻灯機のスライドを借りたり、上映会の開催を申し込んだりすることができた」と説明。「DVDのレンタル店がすぐ近くにあるようなものだった」と話す。

機器だけを借りることも、上映担当の操作技師も含めた「完全パッケージ」を利用することもできたという。

上映会は当初、富裕層のみを対象に行われ、クリスマスや誕生会といった特別な機会に限定されていた。

しかし次第に商売として繁盛するようになり、スライド数千枚をそろえた小規模業者が期間貸しを始めるに至ったとみられている。

「長靴をはいた猫」の物語を描いた幻灯機のスライド/ Victoria Stobo/Bill Douglas Cinema Museum
「長靴をはいた猫」の物語を描いた幻灯機のスライド/ Victoria Stobo/Bill Douglas Cinema Museum

プランケット氏は結論として、こうしたビクトリア朝のメディア消費のあり方はネットフリックスやアマゾンで有料コンテンツを視聴するのに近かったと指摘する。

「今回の研究は、こういった慣行が一般に考えられているよりもずっと前から始まっていたことを示している。小規模な地元業者が数多く参入していた」

幻灯機の魔法

1889年に英ロンドンで貧しい子ども向けに開催された上映会の様子/Hulton Archive/Getty Images
1889年にロンドンで貧しい子ども向けに開催された上映会の様子/Hulton Archive/Getty Images

業者が宣伝していたスライドの内容は多岐にわたる。こうした画像では挿絵本やおとぎ話、天文、聖書、旅行談、人気小説の翻案など、さまざまな題材が描かれていた。

しかし、人々の人気を集めていたのは何と言っても、グロテスクであったり怪奇的であったりする特殊効果を施したスライドだった。

プランケット氏によると、19世紀で最も人気のあったスライドは、巨大なひげを生やしたパジャマ姿の男性の就寝中の様子を動きを付けて映し出すものだった。男性がいびきをかいて口を開けると、のどから大勢のネズミが胃に入っていくという内容だ。

こうした効果は、レンズ2枚を搭載した幻灯機を使うことで実現できた。レンズ2枚を連携させて同じ場所に画像を投影し、ひとつの画像をもう一方の画像と融合させる仕組みだったという。幻灯師はこうして自在に動きを操り、昼の場面を夜に変化させたり、幽霊を出現させたりすることもできた。

3次元の世界旅行

1850年代ごろからは、別の機器が人々の想像力をとらえ始めた。ステレオスコープだ。仮想現実(VR)のヘッドセットと同様、利用者が接眼レンズをのぞき込むと、左右に配置された2枚の写真がひとつの立体的な光景として体感される。

プランケット氏は「大型のステレオスコープには100に上る光景を収納できた。自分なりに3次元の世界旅行を作り出すことも可能だった」と話す。

やがて地元の業者に加え、国の施設も幻灯機のスライドやステレオスコープの写真を貸し出すようになった。

今日の技術と同様、コンテンツや機器は時間の経過とともに大幅に安くなり、入手も容易になっていったという。

「幻灯機だけではなかった。異なるターゲットに合わせる形で、多様な価格帯のさまざまな機器が存在した。ちょうど今日のテレビ市場やコンピューター市場のようなものだ」

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