多くの旅行者にとって、空港のガラガラの滑走路や数多くの駐機中の飛行機は、この1年間にたまったフラストレーションの象徴だ。しかし、航空写真家のトム・ヘーゲン氏にとって、新型コロナウイルスが世界中の空港にもたらした混乱は千載一遇のチャンスだった。
ヘーゲン氏は、自宅と職場のあるドイツのミュンヘンからの電話インタビューの中で、「空港の写真を撮りたいという気持ちはあったが、空港は立ち入りが厳しく制限され、警備も厳重なので、撮影許可を取ろうなどと考えたこともなかった」と述べ、さらに「通常、フル稼働中の空港の上空をヘリコプターでドアを開けた状態で飛行する機会などありえない。不可能だ」と付け加えた。
しかし、世界中で多くのフライトが欠航になり、航空交通量が大幅に減少したため、ヘーゲン氏は一か八か撮影許可を申請することにした。許可を得るまでの道のりは長く険しかったが、ヘーゲン氏はついにドイツの6カ所の大規模空港での撮影を許可され、各空港の上空を最大2時間飛行した。
ヘーゲン氏はしばしば空港ターミナルの建物を航空写真の被写体に組み込む/Tom Hegen/Hatje Cantz
ヘーゲン氏が上空から撮影した空港の写真は、同氏の新著「Aerial Observations on Airports(空から見た空港)」に収録されている。駐機中の飛行機が対称的、幾何学的な配置になる瞬間をとらえた写真には、思いもよらない美しさがある。空港内の倉庫、駐車場、コンテナ、ターミナルビルが、超現実的な画像の中でそれぞれの役割を果たすことによってスケール感を生み出し、時に独自の模様を描く。
またヘーゲン氏は、写真の構図を組み立てる際、アスファルトに引かれた複雑かつカラフルな線にも注目した。ヘーゲン氏はこれを「グラフィックアプローチ」と呼ぶ。誘導路や待機位置を示す線は美しい模様を形成すると同時に、空港運営を支えるシステムの複雑さを際立たせている。
グラフィックデザイナーでもあるヘーゲン氏は「中にはまるでイラストのように見える写真もある」とし、「あたかも撮影後に線を追加したかのような人為的な写真に見える」と付け加えた。
今回の作品では小型機やヘリコプター、輸送機、商用ジェット機まであらゆる航空機の姿をとらえている/Tom Hegen/Hatje Cantz
上空から見た世界
この完璧に構成された写真からは、およそ600メートル上空を飛行するヘリコプターからの写真撮影がいかに大変かをうかがい知ることはできない。撮影中、ヘーゲン氏は常にパイロットとコミュニケーションを取っていた。そしてパイロットは航空管制官と連絡を取り合い、現在も稼働中の数少ない航空機のための空域に入らないようにしていた。
ヘーゲン氏は「ヘリコプターからの撮影は、(風や寒さといった)さまざまな自然の力に対処しなければならず、非常に大変な作業だ」と述べ、さらに「常にメインローター(主回転翼)からの風にさらされる(中略)その風の冷たさで指の感覚がなくなり、(カメラの)シャッターも押せない」と付け加えた。
しかし、航空写真が専門のヘーゲン氏は、ドローンを使って上空から撮影するだけではなく、撮影用に熱気球や小型機をチャーターすることもあるので、この手の状況には慣れている。
ヘーゲン氏が以前出版した写真集「Habitat」には、人間の活動が自然界に与える影響が記録されている。写真集に収録されている採石場などの産業施設や、汚染された水路や塩田の写真は、まるで抽象画のようだ。またヘーゲン氏は公然と非難することには慎重だが、この写真集に収録されている写真は、見る者に自分たちの消費活動の影響について考えるよう促している。
対照的に、空港の写真を収録した新しい写真集は、空港に見られる人間の複雑さを祝っているようにも見えるが、一方で今まさにわれわれが感じている疑問を投げかけている。ヘーゲン氏は、航空業界は長年、人間同士のつながりから利益を得てきたが、その人間同士のつながりが知らず知らずのうちに新型コロナウイルスの拡大を助長してきたことに気付いた。
「グローバル化に貢献している航空会社が、このパンデミックの中で最も大きな損害を被っているのはある意味皮肉なことだ」(ヘーゲン氏)