英国の写真家、デービッド・シャラバニ氏が撮影した印象的な写真。神道の神社に似た屋根の下で、2人の関取がにらみ合っている。土俵を清める塩を宙高く投げる写真もある。頭上に両手を挙げる所作は、どちらも武器を持たないことを証明するために出来上がった習慣だ。
日本の相撲は17世紀初めにプロスポーツになって以来、実質的に変わらないまま、儀式と伝統に彩られてきた。東京の「部屋(力士たちが寝て、食べて、稽古をする施設)」の内側で写真を撮り始めたシャラバニ氏は、ここが秘密に包まれた世界だったことも発見した。
「私の時間の90%は中に入れてもらおうとすることに費やした。写真撮影に使ったのは10%だったと思う」。「Lord K2」の名で作品を出版したシャラバニ氏は、東京からオンライン取材に応じてそう語った。「本当に大変だった」
「彼らは稽古にものすごく真剣に取り組んでいる」とシャラバニ氏は言う。「だから私が出かけても拒まれることも多かった。それでも時には中に入れてもらえた。そんな時は、床の上の一画を指定され、その場所から動かずに、とにかく静かにしているよう指示された」
同氏の辛抱強さは報われた。その成果としての写真は、力士たちのストレッチ、連続した取り組みの稽古(三番稽古と呼ばれる)、さらには上下関係の厳しい相撲部屋で親方や先輩からいさめられる姿まで、力士たちの日常の希少な一端が垣間見える。ほかにも、髪に油を塗ってまげを結う姿、まわし(力士全員が着ける重いふんどし)を干す光景など、舞台裏の静かな瞬間をとらえた写真もある。体の打撲やすり傷は、重傷を負うことも珍しくないこのスポーツの過酷な性質を物語る。
同氏が新たに出版した写真集「Sumo」には、およそ100枚の写真が掲載されている。一般的なスポーツ写真と異なり、シャラバニ氏は対戦そのものよりも、相撲を取り巻く文化の方を重視した。東京の国技館(座席数1万1000)で場所中に撮影された写真でさえも、土俵上で展開される取り組みだけでなく、観客や会場の様子が見る者の目を引き付ける。
「スポーツ写真は主に動きをとらえるもの。しかし私にとって、このスポーツの本質をとらえることの方が大切だ」とシャラバニ氏は話す。
「時には動きをとらえるのもいい。けれど私は読者に競技場や相撲部屋にいる臨場感を味わってもらい、この出来事を取り巻く観衆や、感覚や感情、あまり気づくことのないちょっとしたニュアンスも含め、全体的な環境を写真に収めたいと思っている」
伝統と現代性の出会い
相撲のルールは単純だ。対戦相手を「土俵(砂に覆われた円形の対戦場所)」から押し出した方が勝つ。シャラバニ氏が初めてこのスポーツに出会ったのは、1980年代後半、英国の大手テレビ局で短時間ながら放送された時だった。
「衣装や習慣にまつわる神秘的な雰囲気全体に魅せられた」。そう振り返るシャラバニ氏は、ムエタイという別の格闘技に関するシリーズ作品を手がけたこともある。
2017年に今回のプロジェクトに取りかかった際は、よく東京の両国界隈(かいわい)をブラブラして過ごした。両国は相撲の歴史の中心地であり、今も多くの相撲部屋が存在する。「そこで1日過ごせば、平均で10~15人のお相撲さんが、ただ歩き回っている姿を見かける」とシャラバニ氏。
シャラバニ氏によれば、稽古の後、力士がまわし姿で外を出歩くのは珍しいことではないという/Lord K2
取り組みの間は感情を表に出すことを禁じられている力士たちは、公の場でも謙虚な姿勢を保つことが期待される。現代的な服装も禁止だ。従って、シャラバニ氏の特に目を引く数枚の写真の中で、力士たちは着物やふんどし姿でコンビニに出かけたり、マクドナルドで注文したりといった日常生活を営む。まげを結った髪は、引退時の断髪式まで切り落とすことはない。
この現代性と伝統の視覚的対比には、現代の日本で相撲が果たす役割が凝縮されている。このスポーツの儀式に対する執着は、多くの点で、近代化の妨げとなってきた。例えば女性は主な大会への出場を禁止されている。シャラバニ氏によると、相撲はさまざまな儀式に充てる時間を短縮して大会の進行ペースを速めようとする試みにも抗ってきた。
「彼らは変化を望まない。だがそれが(このスポーツの)強さかもしれない」。シャラバニ氏はそう言い添えた。「相撲は、行動が全てで待ち時間がほとんどない西側のスポーツとは全く違う。しかし、それぞれの取り組みを待つ時間が長いほど、良さが分かるようになる」
人気衰退と復活
現代の相撲人気は衰えた。その衰退は、何よりも、野球とサッカーへの関心の高まりの表れだった。しかしここ数年は再び人気が上昇し始めているという。
世論調査機関の中央調査社(CRS)が毎年実施している調査によると、現在は日本人の約5人に1人が好きなプロスポーツとして相撲を挙げ、11年の約15%から増加した。シャラバニ氏はその理由について、PRキャンペーンの奏功と、著書の前書きで記している通り「ますますポストモダン化するライフスタイルへの反発」があると見る。
ぶつかり稽古をする力士/Lord K2
シャラバニ氏の写真が映し出すのは、通りの壁画から、焼き肉店の片隅で流れるテレビの相撲中継に至るまで、日本社会にさまざまな形で織り込まれた相撲の姿だ。同氏は未来の関取にもレンズを向ける。相撲部屋で関取を目指す若者たちは、5歳から稽古を始める子どももいる。
「子どもたちは関取になろうと自分で決めたり、部分的に両親に促されたりして部屋にいる。その姿勢はとても真剣で、一生懸命稽古する。それでも、どんなに技が得意でも、実際に関取になれるのはほんの一握りにすぎない」(シャラバニ氏)
アンモナイト・プレスが英国で出版した「Sumo」は、23年3月に世界で発売される。