米歌手リアーナの「フェンティ」、米女優セレーナ・ゴメスの「レア・ビューティー」、米タレント、キム・カーダシアンの「SKKN by Kim」、米歌手レディー・ガガの「ハウスラボ」など、これまで数多くのセレブリティーたちが美容ブランドを手掛けてきた。しかし、最近までこうしたブランドを立ち上げるスターたちの大半は女性だった。
だが、米歌手のファレル・ウィリアムスや英歌手のハリー・スタイルズがいち早く美容業界に参入すると(ウィリアムスは2020年に「ヒューマンレース」、スタイルズは21年に「プリージング」を発売)、スキンケアに熱心で多額の資金もある男性の大スターたちが、ここ1年で次々とスキンケア事業に乗り出した。
22年はセレブが手掛けた美容ブランドの発表が相次いだ。昨年7月には、英俳優のイドリス・エルバと妻でモデルのサブリナ・ドゥーレ・エルバが、倫理的に調達されたスキンケアブランド「S‘able Labs」を発売。米バンドのドラマー、トラビス・バーカーは、妻で米タレントのコートニー・カーダシアンの影響を受けたのか、9月に自身のウェルネスブランド「バーカーウェルネス」からCBD(カンナビノイド)が配合されたスキンケア製品を発売した。その数週間後、米俳優のジャレッド・レトと起業家のジョナサン・ケレン氏は、スキンケアブランド「イソップ」のケイト・フォーブス氏と協力し、「砂漠の威厳と神話にインスピレーションを得た」という美容ブランド「トゥエンティナイン・パームス」を立ち上げた。米俳優のブラッド・ピットは、元妻で米女優のアンジェリーナ・ジョリーと購入したブドウ畑の共同所有者であるワインメーカーのマーク・ペラン氏と共に、ブドウの抗酸化力を利用して作られたアンチエイジングコレクション「ル・ドメーヌ」を発売した。
ブラッド・ピットもブランドを立ち上げた男性有名人のひとりだ/Le Domaine Skincare
レトが手掛けた小さなサイズのアイクリームは97ドル、ピットのアンチエイジング美容液は370ドルという価格設定から、こうした美容ブランドへの反応はさまざまだ。だがこれらの商品は、男性用スキンケア製品市場が急速に伸びている最中に次々と発売された。昨年7月、調査会社フューチャーマーケットインサイトは、男性用スキンケア分野の22年の市場規模はおよそ135億ドルで、29年までに283億ドルに達する見通しだと発表した。人工知能(AI)を搭載したソフトウェアとデータ提供を行うローンチメトリックスがCNNに向けて男性向けやジェンダーレスの美容製品に関連するキーワードを分析したところ、これらの単語を使った広告出稿とソーシャルメディアの22年の「メディアインパクトバリュー(MIV)」は、前年から74%増加したことが分かった。
「男性用スキンケア、それも特にセレブが手掛けたものが台頭しているのは、美容業界における利幅が現在大きいからだろう。常に収益率は大きかった」と、デジタル美容雑誌「ベリーグッドライト」の創設者兼著者であり、パーソナルケアブランド「グッドライト」を手掛けるデビッド・イ氏は述べている。
トラビス・バーカーの「バーカーウェルネス」には、コンシーラーやクリーム、フェースマスクなどのアイテムがそろう/Jason Sean Weiss/BFA.com
また、美容やスキンケア製品が性別にとらわれないジェンダーレスであることは、男性や自身の性認識が男女どちらにも当てはまらない「ノンバイナリー」のユーチューブ・インフルエンサーが人気を博し、その多くが自身のブランドを成功させていることからも証明されているが、そのマーケティング手法はそうではなかった。男性用のグルーミング関連製品を超えて、すべての人に市場を開放することは、社会の変化であると同時に、収益性の高いビジネス戦略でもあるのだ。韓国の美容業界は20年以上にわたり、男性向けのスキンケア製品を提供してきたが、欧米諸国はこの分野に遅れて参入してきた。クリニークフォーメンは15年にグローバルキャンペーン活動の強化を始め、シャネルは18年に新しい男性用メイクアップライン「ボーイドゥシャネル」を発売。21年には男性向けウェルネスブランド「ヒムズ」が米元プロ野球のスター選手、アレックス・ロドリゲス(出資者の1人)とコラボした男性用コンシーラーを発売した。
「懐疑的な空気」
現在、美容を取り巻くカルチャーは変化し、ジェンダーレスなコレクションはもはや急進的とは見なされず、当然のものとして求められている。最近では有名人が手掛ける美容ブランドに目新しさはなく、競合が多い美容業界に参入するセレブは増える一方だ。
「美容市場は活況だ。リアーナのフェンティが成功したのを目の当たりにした多くのセレブが、その流れに乗りたがっている。非常に有望なビジネスだから」とイ氏は説明。 「だが、あまりにも多くのブランドが存在するため、難しくもある」
雑誌「アルーア」のエグゼクティブ・ビューティー・ディレクター、ジェニー・バイイ氏は、消費者が期待するものについて、「ハードルは高い。さらに高くなっている」と話す。同氏は、1980年代に登場した女優エリザベス・テイラーのようなスターの香水が、2000年代に起きた有名人の香水ブームへの道を開いたと指摘。「初期のセレブ美容ブランドは、もう少し神秘性があったと思う」と述べた。
ハリー・スタイルズの「プリージング」はネイルポリッシュやスキンケア用品などをそろえる/Pleasing
今、有名人による話題の商品には「懐疑的な空気」が漂っており、「それも当然だ」とイ氏は指摘する。
「今の時代の消費者は知りたがっている。そのブランドは何を象徴しているのか。なぜそれが必要なのか」(イ氏)
フェンティは40種類の肌の色に対応するラインを手掛けたことが画期的だったと、イ氏は付け加えた。米女優のジェシカ・アルバは「クリーンビューティー」製品の需要が高まりつつも、それがまだ入手困難な時期に、「オネストビューティー」を立ち上げたことが革新的だった。
商品ラインアップが画期的でない場合は、良いものである必要がある。米モデルのヘイリー・ビーバーが手掛けた美容ブランド「ロード」(彼女のようなミニマルでくすみのないルックスになれることが売り)や、米ミュージシャンのマシン・ガン・ケリーによる大人気のネイルポリッシュライン「UN/DN LAQR」は昨年、アルーアのベスト・オブ・ビューティーアワードを受賞し、業界の称賛を浴びた。ウィリアムスが手掛けたシンプルで価格も手頃なヒューマンレースのスキンケアキットは、アルーア、エッセンス、エルといった雑誌から高評価を受けた。(22年後半に発売された製品は今年の受賞対象となる)
マシン・ガン・ケリーはジェンダーレスなネイルポリッシュラインを立ち上げた/Jerritt Clark/Getty Images
オンライン販売からスタートしたヒューマンレースとプリージングは、店舗販売に向けて大手企業と提携。昨秋には、英国の百貨店セルフリッジズがヒューマンレースの独占販売を開始し(ヒューマンレースはアディダスとコラボしてアパレルも販売)、プリージングはクレジットカード大手のアメリカン・エキスプレスと提携し、ホリデーシーズンにニューヨーク、ロンドン、ロサンゼルスでポップアップストアをオープンした。
新参ブランドのル・ドメーヌ、トゥエンティナイン・パームス、バーカーウェルネスの売り上げに関する情報は得られなかったが、ペラン氏はCNNへの電子メールで、ル・ドメーヌは英国の百貨店ハーベイ・ニコルズやスイスの高級百貨店ボンジェニといった店舗での販売に注力していると述べている。
ローンチメトリックスは、昨秋にデビューしたル・ドメーヌのMIVを分析。ピットが自身の名を冠した公式なソーシャルメディアアカウントを持っていないうえ、ブランドの宣伝活動に消極的であるにもかかわらず、ローンチメトリックスはル・ドメーヌがリーチ(到達率)、メディアレート、メディアの質、コンテンツの質(視聴者のエンゲージメント指標を含む)といった要素において580万ドルのMIVを生み出し、オンラインのインパクトという点で最も価値があると推定した。これとは対照的に、レトはトゥエンティナイン・パームスのプロモーションに積極的で、ブランドを立ち上げてから獲得した190万ドル分のMIVのうち、約40%はレトの投稿から生み出されている。
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— Harry Styles. (@Harry_Styles) November 15, 2021
スタイルズは社会的な影響力が絶大であるにもかかわらず、ピット同様、宣伝活動は控えめだ。ローンチメトリックスのデータによると、スタイルズが手掛ける美容、アパレル、ライフスタイルブランドのプリージングは初年に成功を収め、21年11月の発売以来、6130万ドル以上のMIVを生み出した。そのうちスタイルズが直接生み出したMIVはわずか3%にとどまった。MIVのうち大部分は、喜びやコミュニティー、性別にとらわれない衣服や美容に焦点を当てたプリージング独自のソーシャルメディアが生み出した。イ氏は、ハリー・スタイルズがどんな人物で、そして彼が自分自身をどう表現しているのかについて、ブリージングがオーセンティック(正真正銘)な情報を発信していると感じているのだろうと述べた。
ブランドとコミュニティーへの関与
有名人が持つステータスは、新コレクション立ち上げの際には確実な宣伝効果となるが、人気が衰えてくると品質、価格、ブランドの信頼性などの面に影響が出てくる。
つまり、創業者は下調べを行う必要があるとイ氏は言う。イ氏とバイイ氏は共に、ピットとレトが美容業界に精通していないことを認めたインタビューについて言及している。ピットは雑誌「グラマー」英国版とのインタビューで自分自身を「せいぜい(スキンケア分野における)観光客」と呼び、レトは米誌「ヴォーグ」とのインタビューで自身を美容業界の「学生」と称した。
バイイ氏はピット、レト、バーカーについて、「(美容業界に最近参入した)3人については困惑した。そういう意味では、ファレル(・ウィリアムス)は違った」と話している。
オンライン販売からスタートした「ヒューマンレース」は実店舗での販売にも進出した/Nicky J Sims/Getty Images
「ファレルは、自身のブランドに深く関わっている人物として際立っている」とバイイ氏。「過去には自身のスキンケアルーチンについて語っており、彼の長年の皮膚科医と協力して開発に取り組んだ。成分や商品を見れば分かる。よく考えられた素晴らしいコレクションで超然としている」
バーカーウェルネスからは、バーカーが商品開発に関与したかとの質問への回答が得られなかった。一方、トゥエンティナイン・パームスの広報担当者は、レトが「戦略、創造的な影響力、商品開発、パッケージング、デザイン、出資に関わった」と説明した。
「ジャレッド(・レト)は、すべての商品のテストと試用に個人的に投資した。商品開発の段階を通じ、彼はチームの他のメンバーと共にフィードバックを提供した。消費者の商品体験がどのようなものであるべきかについて意見できる生来の能力が彼にはあった」と広報担当者は語っている。
ピットついて、ペラン氏は次のように述べている。「何よりもまず先に、ブラッド(・ピット)はブランドの哲学を定義した。彼がある日我々に宛てた『自然には無駄がない。余ったり捨てられたりしたものは何か別のものの食料になる』とのメッセージが、ブランドの柱となっている。彼は商品のデザインにも深く関与しており、過去2年間に行ったテストでは多くのフィードバックを提供してくれた」
マーク・ペラン氏は「何よりもまず先に、ブラッド(・ピット)はブランドの哲学を定義した」と振り返った/Le Domaine Skincare
美容やウェルネスブランドを最近立ち上げた有名人の数を考えると、22年でこのブームが終わるとは考えにくい。今後のことを考えると、バイイ氏は、新たに美容ブランドを立ち上げようと考えている有名人には慎重になることを望んでいる。
コミュニティーを作り、問題を解決したいと願う美容ブランドの創業者に、消費者は期待を寄せると同氏は言う。
イ氏も同様の意見を述べている。もし創業者になろうとしている人が必ずしもそのような条件を満たしていないのであれば、全く新しいブランドを立ち上げる以外の有意義な選択肢があると示唆している。
「(美容業界による)サービスが十分に提供されていないコミュニティーが非常に多い。有名人は独自のブランドを考案するのではなく、すでに存在するブランドを支援したり、それに投資したりするのが良いだろう」とイ氏は語った。
それは現在、美容業界のトップにいるリーダー層を揺るがし得るようなビジネスオーナーたちに投資することを意味している。男性有名人が美容ブランドを手掛けることはいまだに斬新に思えるかもしれないが、美容分野の主要企業のトップは依然として男性だ。
「エスティローダーからロレアルに至るまで大企業のトップはいまだに、ストレートな白人男性だ」とイ氏は指摘。 「ジェンダーインクルーシブという点において私が見たいのは、消費者のニーズを反映したリーダーシップを強化することだ。より多くの女性、性的少数者、有色人種の人たちが権力を握る必要がある。そうすることで、美容業界はより活気に満ち、革新的で美しいものになると信じている」