米国で最も古い登録商標は1870年にさかのぼる。この年、米国の塗料メーカー「エーブリル」が商標登録を申請した。シカゴの町を背景に、ペンキ用のブラシをくわえた1羽のワシが描かれており、小旗には「長持ち、きれい、経済的」というコピーが書かれている。現代人が見ると古風な趣を強く感じる商標だ。
その5年後、英国のビール醸造会社バス・ブリュワリーが欧州で初めて商標登録を行った。同社の商標はシンプルな赤い三角形で、エーブリルの商標と比べるとモダンな感じだ。マネやピカソの絵にもこの商標が付いたビール瓶が描かれており、今日までバスのロゴとして使用されている。
わずか数年間に起こった、この対照的な2つの商標の誕生は、さまざまな要素の融合というロゴデザインの本質を見事に捉えている。
たしかに古代ギリシャの陶器に描かれているようなごく基本的なロゴは、そのはるか昔から存在していたが、現代のロゴデザインが使われ始めたのはつい19世紀半ばのことだと語るのは、ロゴの初期の歴史を年代順に記録した書籍「Logo Beginnings(仮題:ロゴの始まり)」の著者ジェンス・ミュラー氏だ。
1930年のルイ・ヴィトンの広告/Courtesy of Taschen
ミュラー氏は電話インタビューの中で「(商標は)1850年代の工業化とブランディングとともに始まった」と述べた。
製品が特定の地域だけでなく、その外にも出荷され始めたのもちょうどそのころだった、とミュラー氏は付け加えた。そのため、自社製品の特定、競合製品との区別、さらに自社製品の価値を向上させる必要が生じ、あるいはその製品にまつわる物語や原産地を伝えるための手段としてロゴは誕生した。そしてブランドやブランドを表すシンボルが出現すると、すぐにそれらを偽物から法的に保護する取り組みがなされるようになった。
興味深いことに、米国と欧州で最初に誕生したこの2つの商標も「比喩的なロゴ」と「抽象的なロゴ」という最も基本的な種類のロゴだ。ミュラー氏は、サブカテゴリーは数多く存在するものの、全てのロゴはこの2つのグループに分類できると指摘する。
ワードマーク(文字商標)は、会社名やモノグラムなどの文字列のみで構成されるロゴの一種だ。他にも標章のロゴ(BMWのロゴのように画像と文字列で構成されるスタンプのような円形のロゴが多い)や、KFCのロゴのように企業ブランドを象徴するキャラクターをイメージしたマスコットのロゴ、さらにアップルのロゴのようにアイコンやグラフィックを基に絵で表現したマークのロゴなど、さまざまな種類がある。
マネの「フォリー・ベルジェールのバー」の中にバス・ブリュワリーのロゴが描かれている/© The Samuel Courtauld Trust, The Courtauld Gallery, London
「一般に、全てのロゴは25~30のカテゴリーに分類可能と言って差し支えない。作成されたのが1870年だろうと2021年だろうと関係ない」とミュラー氏は言う。
ミュラー氏は、この結論に至るまでに約1万個のロゴを調べた。「意外にも、創業者のサインといった手書きのワードマークの数が多かった。特に有名なのがフォードとケロッグのロゴで、この2つのロゴは今も原形のまま使用されている」(ミュラー氏)
象徴的なブランディング
しかし、最も有名なワードマークのロゴはコカ・コーラのロゴだろう。1886年に発表されたこのロゴは、コカ・コーラを発明したジョン・S・ペンバートン博士のビジネスパートナーで経理を担当していたフランク・M・ロビンソン氏が、当時流行していた「スペンサリアン体」という書体をもとに生みだした。このロゴは、現在もほぼ原形のまま使用されている。93年にコカ・コーラのロゴが商標登録されたことから、ロゴの最初の「C」の長く伸びた下部の下に「Trademark(商標)」の文字が追加された。
コカ・コーラがわざわざロゴに「商標」の文字を追加したのにはわけがあった。コカ・コーラのロゴはすぐに模倣者たちの標的となったのだ。コカ・コーラは1923年に、そっくりのロゴを作った競合他社に対する裁判所命令をまとめた冊子を出版したが、その冊子は実に700ページにも及んだ。
ロゴの歴史を扱った書籍「Logo Beginnings」/Courtesy of Taschen
すでにこの時までに、ブランディングとロゴの重要性は明らかになっていた。フランスのファッションブランド、ルイ・ヴィトンが1930年に出した広告は、同じような配置で並ぶいくつかのスーツケースの写真をLVの2文字が囲んでおり、この「LV」のマークがひときわ強調されている。ミュラー氏は、「これは、ブランディングがいかに重要であるかや、商品に象徴的な商標を付するだけで売れ行きが大幅に伸びることに早い段階で気付いた企業の好例だ」と述べ、さらに次のように続けた。「ルイ・ヴィトンがこの広告を出したのは、(1960年から80年まで続いた)広告の黄金時代のはるか前だが、この広告を見れば、企業価値の大半がブランドやロゴデザインで決まることを企業がどのように理解し始めたかが分かる」
ミニマリストのデザイン
ロゴデザインの歴史におけるひとつの大きな傾向は、華美で比喩的なマークから、意図的に単純化、簡素化された美しさへの進化だが、この傾向が始まったのは20世紀初頭だ。
この簡素化の典型例が、「ポスト・イット」や、「スコッチ」のテープで有名な米国の多国籍企業3Mのロゴだ。同社の初期のロゴには、ミネソタ・マイニング・アンド・マニュファクチュアリングという同社の正式名称が反映されていたが、1900年代初頭に「3―M」に短縮された。そして77年にニューヨークのブランディング会社シーゲルゲールが人気の書体「ヘルベチカ」と赤を使ってさらに簡素化し、現在使用されているロゴを生み出した。
フランスのタイヤメーカー「ミシュラン」の1921年の広告。すでに有名なキャラクター「ミシュランマン」が登場している/Courtesy of Taschen
「これはロゴモダニズムの好例だが、最もミニマルなデザインまで簡素化されたブランディングの好例でもある」とミュラー氏は言う。
ワードマークが今日も非常に人気が高い理由は、ロゴであふれている世界で混乱を避けるのに役立つためだとミュラー氏は指摘する。「自社のブランドに抽象的なデザインよりも社名を使いたがる企業は多い。社名を使えば、誰かが手を挙げて『うちのロゴと全く同じだ』と主張する可能性は低下する」
もしかして、ロゴデザインに関して最も興味深いことのひとつは、それについて明確に語れないことかもしれないとミュラー氏は言う。「物事はあるひとつの方法で進化してきたわけではないという事実こそが、これまでこの手の書籍が出版されなかった理由だろう。なぜならロゴデザインの話を極めて明確に語るのは難しいからだ」