それでも両親は、死因究明のための検視解剖を望まなかった。息子は既に十分苦しんだというのがその理由だ。
「オットーは家族から、故国から、そして世界から見捨てられた」とフレッドさんは訴える。「挙句の果てに金(正恩氏)の決定を受けて拷問され、実質的に殺害されてしまった。もう十分だ」
シンディさんは検視解剖を拒んだ理由について、「息子を私の目の届かない所へ行かせるつもりはなかった」と説明した。
ワームビアさん夫妻は米政府から一切の情報提供を受けていない。しかし「その必要はない」と夫妻は言い、「責任は金(正恩)政権のみにある」とフレッドさんは語気を強める。
シンディさんは北朝鮮について、「決してあそこへ行ってはいけない」「ほかの誰かが傷つけられたり拉致されたりするのを見たくない」と訴えた。
死後も息子との絆に支えられ、日々強くなっているというシンディさん。「毎日、ほとんど四六時中、オットーのことを考える。息子はずっと私と一緒にいる」「オットーが北朝鮮にいたことや、病院にいたことは思い出したくない。一緒に過ごした21年間の素晴らしい思い出がたくさんあるから」と語った。