OPINION

カタールW杯、歴史上最も素晴らしいスポーツ大会を目の当たりに

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W杯決勝の激闘を制し、トロフィーを手にするアルゼンチン代表主将リオネル・メッシ/Anne-Christine Poujoulat/AFP/Getty Images

W杯決勝の激闘を制し、トロフィーを手にするアルゼンチン代表主将リオネル・メッシ/Anne-Christine Poujoulat/AFP/Getty Images

(CNN) 米国人のスポーツファンよ、もし現時点でサッカーのことがあまり好きでないとしたら(もっともこうした一連の「フットボール対サッカー」の論争は国際社会にとって全く馬鹿げた、不適切なものと断じて構わないが)、あなた方にはもう望みがないかもしれない。

サッカーのアルゼンチン代表は18日、ワールドカップ(W杯)カタール大会の決勝でペナルティーキック(PK)戦の末に前回王者のフランス代表を破った。同国のルサイル・スタジアムで行われたこの試合は、世界に君臨する2大サッカー文化の間の頂上決戦に他ならなかった。しかもただ開催されたのみならず、おそらくはスポーツの歴史上、最も素晴らしい王座決定戦ともなった。

エイミー・バス氏/Rodney Bedsole
エイミー・バス氏/Rodney Bedsole

次回のW杯は2026年、北米へとやってくる。だから仮に18日のサッカー大国同士の対戦を見逃したとしても、4年後にはこの名勝負がなぜサッカーの素晴らしさを体現するものとみなされるのかが分かる。文字通り世界中がこの話題で持ちきりになる、その威力を理解できるようになる。そこではスポーツが人々を触発し、物事を変革する媒体として語られる。

まだ誰もボールに触れないうちから、今回の決勝にまつわる最も明白なストーリーは既に書き記されていた。多くの人々にとってこの試合は、つまるところアルゼンチンのリオネル・メッシとフランスのキリアン・エムバペとの対決になっていた。2人はフランス1部リーグ、パリ・サンジェルマン(カタールの政府系投資ファンド「カタール・スポーツ・インベストメント」が所有)のチームメートで、それぞれGOAT(史上最高の選手)とその紛れもない後継者に位置付けられる。メッシにとっては最後のW杯となる公算が大きい一方、エムバペは既に4年前にわずか19歳でタイトルを獲得。今後も出場を重ねるとみられている。

試合の大半は、メッシがその輝かしいキャリアに唯一欠けているW杯王者の座をつかむと思われる展開で推移した。開始から20分には、獲得したPKを自ら難なく決めてアルゼンチンが先制する。フランスがほとんど主導権を握れない状況の中、ほどなくしてアルゼンチンに追加点が入る。メッシの絡んだカウンターから華麗なパス交換が決まり、最後はアンヘル・ディマリアがネットを揺らした。ベストセラー作家で熱烈なサッカーファンのジョン・グリーン氏はこのゴールについて、「我が人類がこれまで生み出した最も偉大なる芸術作品の一つ」と評している。

しかしフランスも、このまま終わったわけではない。少なくともエムバペに関しては、勝利にあと一歩及ばなかったとはいえハットトリックを達成する活躍ぶりだった。男子によるW杯決勝でのハットトリックは、1966年のイングランドのジェフ・ハースト以来となる快挙だ。

決勝戦はまさに手に汗握る展開になったものの、それだけで今回のW杯は語れない。メッシに関すること以外にも、話題には全く事欠かなかった。大会を巡ってはあらゆる議論が並び立ち、矛盾や不一致は既に出尽くしたと思われたが、最後にもうひと悶着(もんちゃく)あった。LGBTQ(性的少数者)の憧れの対象で英ロックバンド「クイーン」のボーカリスト、フレディ・マーキュリー(AIDS<後天性免疫不全症候群>の合併症で91年に死去)の録音された音声が、試合前の観客を怒らせたのだ。カタールはLGBTQの運動を抑えつけていることで知られる。

確かに今回のW杯には、多くの好ましくない話が絶えずついて回った。例えば英紙ガーディアンの報道によると、数千人の出稼ぎ労働者がスタジアムの建設などに携わる中で死亡したという。元来サッカー文化がほとんど育っていないカタールでは、大会に先駆け、高温の気候に対処するためのエアコン設備付きスタジアムの建設を全土で進めていた。(カタールの大会責任者は英国のテレビのインタビューに答え、開催準備に当たっていた出稼ぎ労働者400~500人が死亡したことを認めた。ガーディアンの報道よりはるかに少ないが、それでも驚くべき数字だ)

悲劇的な死はそれで終わらなかった。卓越したサッカー記者でその分野の第一人者、非常な好人物でもあったグラント・ウォール氏とカタールのフォトジャーナリスト、ハリド・サイフサレム・ミスラム氏が大会中に急死した。

とはいえ今回の物議を醸すW杯からも、悲しみを低減するような素晴らしい発見はあった。特にモロッコの躍進がそうだ。「アトラスライオン」は準決勝まで勝ち上がり、フランスと対戦。多くの意味で最初にして唯一の快挙を成し遂げた。ベルギー、スペイン、ポルトガルを次々と破った彼らの快進撃は、さながら植民地の独立後の歴史を扱う上級者クラスの講義のようで、根強い汎アラブの機運を引き起こした。

クロアチアが4年前の大会で自ら表明したように、モロッコもまた、国家によるサッカーへの投資が豊かに実を結び始めた。モロッコは17日の3位決定戦でクロアチアに屈したが、非常に多くの意味で今回は彼らの大会だった。カタールに押し寄せたファンの数は、カタール航空が準決勝の日の午前にフライトをキャンセルし、圧倒的な増加に歯止めをかけようとするほどだった。

モロッコがトーナメントを代表するチームだったとしても、大会に君臨する選手はメッシに他ならなかった。メッシのグッズはテイラー・スウィフトのチケットより品薄になり、その影響は世界中のアディダスの店舗を直撃した。メッシが国際的なスーパースターの地位にあったおかげで、サッカーは今回のW杯を取り巻くあらゆる混乱の中でも過去12年間にわたり主役であり続けた。

まだ第一線を退くつもりこそないものの、メッシは当代の世界的なサッカースターに関する基盤を固めた。そうした選手がどう見られ、いかにプレーし、どのような存在であるのかを確定させた。近い将来訪れる自身の現役引退も含めてだ。「全キャリアを通じ、リオネル・メッシはアルゼンチンサッカーの男らしさに逆らった。自身の穏やかなやり方で」。歴史家のブレンダ・エルシー氏は最近、米紙ニューヨーク・タイムズでそのような見解を示した。「フットボールスタジアムは、性差別的な生態系の一部だ。そこでは女性蔑視や同性愛嫌悪を表に出すのが常態化している。『バーラ・ブラーバ』と呼ばれる組織的なファンが、試合中にぞっとするような状況を作り出す。メッシはこうした暴力を拒絶した。(後略)」

そのようなメッシの立ち位置とまさにタイミングを合わせる形で来年、女子のW杯がニュージーランドとオーストラリアで開催される。初期段階でのチケットの売れ行きは、既にメディアの見出しをにぎわせている。

男子の米国代表はカタール大会で見事な戦いぶりを見せ、決勝トーナメントに駒を進めた。4年前の前回大会では地区予選を突破できていなかったが、本大会出場を果たした今回は、初めて米国サッカーによる新たな共同の労働協約に基づきW杯出場の給与を受け取る。この協約の中心は、男女平等の同一賃金にある。女子代表は上記のW杯にタイトル防衛をかけて臨む。前回の2019年大会では決勝でオランダを下し、4度目のW杯王者に輝いていた。

しかし世界的な女子サッカーへの関心の高まりは、米国がトップの座にとどまるのが容易ではなくなることを意味する。優勝経験のある日本やドイツ、ノルウェー、スウェーデン、ブラジル、中国をはじめ、向かってくる強豪チームは数多い。

米国が悪名高いサッカーに対する無関心からの転換を続けるには、女子代表の成功がかぎを握る。サッカーのテレビ視聴率やグッズ、チケットの売り上げは堅調にもかかわらず、サッカーを下に見る米国人の姿勢は健在で、「三大競技(アメフト、野球、バスケットボール)」と同等に扱おうとはしない。それでも数千人の子どもたちが春秋の毎週末ピッチに繰り出し、メジャーリーグ・サッカー(MLS)と女子リーグの観客は増加。サッカー監督の奮闘を描くコメディードラマ「テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく」には熱心なファンがついてもいる。

サッカーは退屈だ、選手の「シミュレーション」が馬鹿げている、アディショナルタイムがわかりづらい、オフサイドのルールが意味不明といった非難の声は、人々の間に分断を生んでいる。サッカーがようやく米国に定着したと考える人がいる一方、定着はしていないし今後も決してしないと主張する人もいる。

どうやら比較的点の入りにくいスポーツだというのが、多くの人にとっての主な不満であるらしい(とりわけアメフトの試合の得点計算を無視する人たちには)。これはサッカーへの理解に対するギャップが米国に依然として残っていることを意味する。得点が入りにくいのは、つまり、サッカーが難しいスポーツだからだ。プレーは流動的で、ピッチは広大。選手たちは小さなボールを優雅に忍耐強く、パワーを駆使して操る。ほとんど常に動いており、1試合の走行距離は数キロに及ぶ。

米国人にとって極めて重要なのは、こうした点を集団的に理解することであって、ただ来年女子代表を応援するだけでは足りない。なぜならまたわずか4年後には、男子のW杯が北米の16都市で開催されるからだ。大半の試合は米国で行われるが、カナダとメキシコの複数の都市でも開催される。

カタールとその国民、政治に向けられた顕微鏡は、詳細かつ有効なスポーツウォッシング(訳注:スポーツを利用して自らのイメージを高めたり、不都合な事実から目を背けさせようとすること)及びグリーンウォッシング(訳注:環境配慮をしているように装いごまかすこと)の議論と共に、米国へと移動するだろう。そこでは性と生殖に関する健康への規制、温室効果ガスの排出量、世界でも圧倒的な銃暴力の死者数といった問題が、同性婚や人種の異なるカップルの結婚に関する最近の権利強化といった自由との間でせめぎ合いを演じることになる。こうした状態は自由な人々の故郷、勇敢な者たちの土地がいかに乱雑かつ無秩序になり得るかを象徴している。

そしてサッカーと呼ぶにせよフットボールと呼ぶにせよ(実際のところ、やはりそれはどちらでもいい)1つ明らかなのは、イングランドのファンが何を歌おうと、誰一人として何も持ち帰ったりはできないということだ。22年のW杯が閉幕した今、おそらくかつてないほど明確なように、この世界全てが最も人気の高いスポーツにとっての母国(ホーム)となっている。従って米国人は、来年の女子の大会を観戦するにしても26年の男子の大会を観戦するにしても、準備を整えておくのが無難だ。好きになる必要はないが、理解はした方がいい。簡単ではないだろう。何と言ってもサッカーは難しいスポーツだから。

エイミー・バス氏は米マンハッタンビル大学のスポーツ学教授。スポーツの観点から米国内の人種問題を描いた複数の著作がある。記事の内容は同氏個人の見解です。

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