イタリアの首都ローマにある「パンテオン」に足を踏み入れ、その巨大なドームを目の当たりにする訪問者は、2000年近く前の招待客と同じ劇的な空間を体験しているのかもしれない。
「パンテオンに入る人は全員、人間の歴史の重みに押しつぶされそうになる一方で、人間の創造性の信じがたい軽やかさを実感する」。こう話すのは米マサチューセッツ工科大学(MIT)の建築学教授で、在ローマ米国アカデミーの責任者を務めたこともあるジョン・オクセンドルフ氏だ。
パンテオンの内部/ Marilla Sicilia/Mondadori Portfolio/Getty Images
「この偉大な空間を訪れる人が頭上を見上げると、空や流れる雲が目に入る。そして『どうしたら2000年近く前にこれほどの建築をつくれたのか』という感慨に至る」
パンテオンは今なお使用中の建物としては世界で最も古い。7世紀以降はローマ・カトリックの教会として使われてきた。
現在の建物は125年ごろ、ローマ皇帝ハドリアヌスによって建設されたものだが、実は3代目だ。初代のパンテオンは80年ごろ火災に見舞われ、直後に再建されたものの、今度は110年前後に雷の直撃を受け再び焼失した。相次ぐ不運に、パンテオンは呪われているともうわさされた。
完成した建物のファサードは古代ギリシャのモチーフを多用し、柱廊式の玄関には三角形の上部構造「ペディメント」や、2列に並ぶコリント式の柱があしらわれている。内部は広々として風通しが良く、頭上にそびえる円蓋(えんがい)は、支柱のないコンクリートドームとしては今なお世界最大の規模を誇る。
どんな用途に使われていたのか
パンテオンは「すべての神々」を意味する。一般には古代ローマの神々にささげられた礼拝施設だと考えられているが、実は本来の目的はわかっていない。
古代の史料での言及はごくわずかで、歴史家も手がかりがつかめない状況だ。建築史家で人文学の教育に携わるリン・ランカスター氏によると、神殿だった可能性はあるものの、古代ローマの建物は多目的構造であることが多く、「パンテオンの中で実際に何が行われていたのか特定するのは難しい」という。
パンテオンは多様な用途に使われていたもようだが、内部で何が行われていたのかは歴史家もわかっていない/Pino Pacifico/REDA&CO/Universal Images Group/Getty Images
パンテオンにまつわる言い伝えでは、ローマの建国者ロムルスが昇天した場所とされるが、ローマ皇帝が神と交感する場所だったとの見方もある。いずれにせよ、ローマ時代の多くの建築と同様、威容を放つパンテオンに力を誇示する狙いがあったのは間違いない。パンテオンの現在の責任者ルカ・メルクリ氏は「帝国のパワーの重要な象徴だった」と指摘する。
実際、当時のローマ建築は富と力、威厳を体現していた。その後何世紀もの時を隔てて、新古典主義の建築家がパンテオンにおける柱廊式玄関とドームの組み合わせを参考に、米首都ワシントンの連邦議会議事堂から英ロンドンのサマセットハウスに至る建築に同様の価値観を込めることになる。
建築方法は?
パンテオンはローマ帝国の建築上の驚異といえる。
建物を天へと開く「オクルス」(ラテン語で「目」の意味)は直径9メートルに達する。このオクルスを通じて太陽光が降り注ぎ、嵐の際には雨が滝のように流れ落ちる。
パンテオンのドームとオクルスには驚異の技術が使われている/Andreas Solaro/AFP/Getty Images
オクセンドルフ氏はオクルスについて「運命を試し、(パンテオンが)空に開いた状態を保つ目的があったと思われる」と指摘。「一方で、幾何学と建築術の高度な知識を示すものでもある。あれほど巨大なドームを建築し、中央に『目』を開けておくことができたのは、ある意味、技術を誇示しているようですらある」と語る。
中世の間、建築技術に懐疑的な宗教指導者たちはパンテオンの聖性に疑いを投げかけ、これを悪魔の仕業とみなしていた。
だが、悪魔ではなく工学の産物と言う方が正しい。
白や黄、紫、黒の大理石は地中海全域から輸入されたものだが、ローマ人の発明であるコンクリートを使うことで、建築家は支柱なしで巨大ドームを設置できるようになった。
正面ドア以外ではオクルスが唯一の自然光の取り入れ口だ/Alessandra Tarantino/AP
巨大なドームを安定させることができた秘訣(ひけつ)の一つは、上にいけばいくほどコンクリートの配合に軽い石を使ったことだ。建物の基礎部分に重い石を使う一方、オクルスの周りでは多孔質の軽い火山岩を用いた。
パンテオンの設計上の秘密は少しずつ明らかになりつつあるが、ランカスター氏は、今でも細部に魔法が宿るのを感じることがあると話す。一日が進むにつれ、ドームの内側では太陽の光が移動していき、巨大な日時計のように格子状の彫り込みに光を投げかける。
「地球が回転する様子を実際に目の当たりにできる世界でも数少ない場所といえる」