Architecture

香港ディズニーの新しい城 キーワードは「多様性」

Courtesy Hong Kong Disneyland Resort

米ウォルト・ディズニーの創業者ウォルト・ディズニー氏の死から55年が経過し、その間にさまざまな変化があった。変化したのは今や世界で最も影響力のある企業の1社であるディズニーの富だけではない。同社が作り出すキャラクターや促進する価値観にも変化が見られる。

ディズニーは、香港ディズニーランドに夢のような新しい城を建設する際、1955年にカリフォルニア州アナハイムで世界初のディズニーランドがオープンした時にはほとんど議題に上らなかったであろう「あること」を考慮に入れた。すなわち、多様性だ。

この新しい城「キャッスル・オブ・マジカル・ドリーム」は、昨年11月に完成し、香港の新型コロナウイルス感染拡大防止措置が緩和された今年2月にリニューアルオープンした。この城の特徴は、ディズニー映画に登場するさまざまな女性キャラクターをモチーフにしている点だ。フロリダと東京にある「シンデレラ城」や、カリフォルニアとパリにある「眠れる森の美女の城」(これら4つの城は、いずれも19世紀にドイツ・バイエルン州に建てられたノイシュバンシュタイン城がモデルになっている)とは異なり、香港のキャッスル・オブ・マジカル・ドリームは、1人だけではなく、10人以上のヒロインがテーマとなっている。

「眠れる森の美女の城」は16年にわたって香港ディズニーランドのシンボルだった/Courtesy Hong Kong Disneyland Resort
「眠れる森の美女の城」は16年にわたって香港ディズニーランドのシンボルだった/Courtesy Hong Kong Disneyland Resort

この新しい城は、2005年のオープン以来、香港ディズニーランドのシンボルだった「眠れる森の美女の城」の上に増築された。そのため「眠れる森の美女」のヒロインであるオーロラ姫は、この新しい城の中でも特別な存在であり、オーロラ姫をテーマにしたタワーは城の中で最も高くそびえている。

しかし、他の12のタワーもさまざまなプリンセス、女王、ヒロインをテーマにしており、その中には中国の女戦士ムーランやアメリカ先住民の娘ポカホンタスなど、ディズニーが映画のテーマとして取り上げた歴史上の人物や特定の民族に属する人物も含まれている(ムーランとポカホンタスのタワーの間には、映画「アナと雪の女王」の主人公であるアナとエルサのタワーがある)。

多様性は、さまざまな要素を融合した建築様式にも反映されている。ローズゴールドのドームとエンボス加工(絵柄を浮き上がらせる加工)が施された小塔や尖塔(せんとう)の組み合わせもその一例だ。

ディズニーのテーマパークの設計を手掛ける芸術家、デザイナー、エンジニアたちは「イマジニア」と呼ばれる。彼らは、新しい城の各タワーのデザインにディズニーのキャラクターたちのストーリーを織り込んだ。例えば、白雪姫のタワーにはリンゴの格子模様、アリエル(「リトル・マーメイド」)のタワーには波形の装飾を施し、ティアナ(「プリンセスと魔法のキス」)のタワーはスイレンをモチーフにしている。

また、先端が金色の頂華やバラ窓(ステンドグラスがはめ込まれたバラの花のような形の窓)、手彫りの装飾が施された柱が城の至る所に見られる。

ムーランの塔にはサクラが/Courtesy Hong Kong Disneyland Resort
ムーランの塔にはサクラが/Courtesy Hong Kong Disneyland Resort

設計上の課題

香港ディズニーランドで最初に建てられた「眠れる森の美女の城」は、カリフォルニアのディズニーランド・リゾートから直接着想を得た。この城は、1950年代にウォルト・ディズニー氏が構想を練っていた。ディズニー氏が思い描いたのは、米国の古き良き時代の大通りや独特な「夢の国」のレプリカを完備した、家族全員が楽しめる遊園地だ。

この創業者の構想に敬意を表し、ディズニーは2016年に香港ディズニーランドの大規模拡張工事に着手した際、眠れる森の美女の城の保存を決定した。具体的には、城を完全に取り壊すのではなく、その上や周りに増築する形を取った。

ディズニー・テーマパークの設計・開発を担当する米ウォルト・ディズニー・イマジニアリング(WDI)のシニアアーキテクト、ヒルシア・ペナ氏はビデオインタビューで、「(最初の眠れる森の美女の城は)ディズニーの基礎であり、(新しい城は)その上に築きたかった」と述べた。

その結果完成したのは、ある種のパリンプセスト(すでに書かれた文字が消され、別の内容が上書きされた古文書)のような城だった。この城には、カリフォルニアにある世界初の眠れる森の美女の城、2005年に香港ディズニーランドに建設されたそのレプリカ、さらに新しいキャッスル・オブ・マジカル・ドリームという3城の要素が融合している。長い年月と109億香港ドルもの資金が費やされた大規模な拡張工事によって完成した、この新たに想像された城は、前身の城の2倍以上の高さを誇る。また拡張工事によりパークに複数の新しいアトラクションも追加された。

新しい城「キャッスル・オブ・マジカル・ドリーム」/Courtesy Hong Kong Disneyland Resort
新しい城「キャッスル・オブ・マジカル・ドリーム」/Courtesy Hong Kong Disneyland Resort

ペナ氏によると、城の高さが高くなったことにより、城の背後に見える香港ディズニーランドがあるランタオ島の山々と比べて城が小さく見えることもないという。イマジニアたちは、背景との関係で新しい城がどのくらいの高さになるかを視覚化するためにヘリウム入りの風船も利用した。さらに彼らは3D技術を使って、新旧2つの城を合体させた3Dモデルも作成した。

建設の際の最大の課題のひとつは、パークを訪問客に開放しつつ、既存の城の上に増築する方法を模索することだった。そして設計チームが行き着いたのがモジュール工法だ。モジュール工法は、建物の個々のモジュールユニットを工場で組み立ててから建設現場に輸送する工法だ。香港ディズニーランドの新しい城は、15の大きなユニットを組み合わせて建てられ、各ユニットの組み立て、塗装は現場以外の場所で行われた。そしてタワーやその他のユニットは3カ月かけて現場に運ばれ、クレーンで所定の場所に設置された。

城を構成する複数のタワーは、その色、シンボル、模様を通じて、文化の複合体を形成しており、各タワーにはテーマとなっているキャラクターの世界のさまざまな要素が盛り込まれている。例えば、映画「アラジン」のヒロインであるジャスミンの赤紫色のタワーにはアラビア織物の模様が描かれ、タワーの先端にはターコイズブルーのドームが設置されている。またムーランのタワーには桜の花の模様のエンボス加工が施されており、さらに2012年公開の映画「メリダとおそろしの森」の主人公メリダのタワーは、同映画に登場する4氏族にちなんで、ケルト模様が多数描かれている。

またタワーの先端には、各キャラクターにちなんだ金色の頂華が付いている。アリエルのタワーには黄金の貝殻、「美女と野獣」の主人公ベルのタワーには魔法のバラといった具合だ。また城の中には13本の柱があり、各柱の上部には、アリエルの友人のフランダーとセバスチャン、メリダの三つ子の弟たち、「モアナと伝説の海」の主人公モアナが飼っている豚のプアとニワトリのヘイヘイなど、主人公の友人、仲間、兄弟たちを描いた装飾が施されている。

白雪姫のタワーの頂華はリンゴの形をしている/Courtesy Hong Kong Disneyland Resort
白雪姫のタワーの頂華はリンゴの形をしている/Courtesy Hong Kong Disneyland Resort

ペナ氏は「われわれは世界のさまざまな国・地域について理解しているので、1つのグループ、1人のプリンセス、1つの場所だけに焦点を当てることはできない」と述べ、さらに「われわれが描くストーリーは成長し続けるので、今後、世界のさまざまな文化について学べる。問題は、それを建物やわれわれが伝えようとするストーリーにどのように盛り込むかだ」と付け加えた。

城の中には14人のヒロインたちを直接描いた作品が展示されている。イマジニアたちがデザインした各ヒロインの銅像だ。

ヒロインたちは、自分の命を男性の口づけに依存する白雪姫や眠れる森の美女から、メリダやモアナのような自信と強さを兼ね備えたキャラクターへと進化を遂げた。このヒロインの進化は、ディズニーが長い年月の間に自らの位置付けをどのように変えてきたを物語っている。しかし、昔のキャラクターたちの銅像も現代的な価値観を念頭に置いて設計されてきた。

WDIアジアのプロデューサー、アマンダ・チウ氏は「(ヒロインたちを)従順でおとなしいキャラクターではなく、大変魅力的なポーズをとっている強い女性として描いた」と述べ、例として新たに手にした自由を行使し、誇らしげに立つアリエルや、単独で魔法のじゅうたんを操るジャスミンの描写を挙げた。

並んで立つ「美女と野獣」のベルと「モアナと伝説の海」のモアナの銅像/Courtesy Hong Kong Disneyland Resort
並んで立つ「美女と野獣」のベルと「モアナと伝説の海」のモアナの銅像/Courtesy Hong Kong Disneyland Resort

多様な国・地域からのインスピレーション

イマジニアたちは、各キャラクターの起源に合わせて、欧州、中国、太平洋諸島からインスピレーションを得た。ペナ氏は「欧州の城はどこも建築様式は1つで、細かい装飾も同じ」とし、さらに「(キャッスル・オブ・マジカル・ドリームには)さまざまな建築様式を取り入れており、ドームもそれぞれ様式が大きく異なる」と付け加えた。

アジアでも多様性の高い都市のひとつである香港は、このようなさまざまな要素が融合した城が存在する場所としてふさわしいと言えるだろう。香港で生まれ育ったチウ氏も「香港は豊かな文化構造、文化的多様性を備えた都市だ」と語る。

城にはさまざまな場所にハカマカズラの花があしらわれている/Courtesy Hong Kong Disneyland Resort
城にはさまざまな場所にハカマカズラの花があしらわれている/Courtesy Hong Kong Disneyland Resort

香港ディズニーランドの建設にあたっては、全世界からインスピレーションを得るだけでなく、風水の原理も取り入れられた。風水は、アジアの一部の地域で設計や建築の重要な要素となっている。古代中国のシステムに基づく風水は、物や建物を配置する際、他の物や建物、あるいは周囲の環境との関係を考慮して配置することにより、幸福や幸運を呼び込むという思想だ。例えば、2005年に同リゾートの正門の角度が12度変更された。そうすることにより、プラスのエネルギーである「気」がパーク内全体に流れると考えられたためだ。また新しい城の設計にも風水が用いられた。

チウ氏は「風水では五行(木・火・土・金・水)の調和が重要」と述べ、「われわれはこの五行の調和を城に利用し、応用したいと考えている」と付け加えた。

「リトル・マーメイド」のアリエルの塔の上部には黄金の貝殻が/Courtesy Hong Kong Disneyland Resort
「リトル・マーメイド」のアリエルの塔の上部には黄金の貝殻が/Courtesy Hong Kong Disneyland Resort

「木」と「土」は、城の各所に配置されている生きた植物と人工葉を組み合わせた植木に象徴されている。この植木は、城が周囲の環境と調和するのに役立っている。また「火」は、夜に行われる花火ショーで使用される。「金(属)」は、タワーの先端に金色の頂華が付いているし、「水」は城の堀や踊る噴水で使われる。「これら五行全てが調和しながら一体化する」とチウ氏は言う。

香港ディズニーランドのキャッスル・オブ・マジカル・ドリームは、ある種の伝統に根ざしながらも、ディズニーが進める近代化に向けたさまざまな試みを象徴している。顧客のグローバル化が進み、アジアに複数のリゾートを抱えるディズニーにとって、多様性は単に価値観の問題ではなく、それ自体が良い課題なのかもしれない。

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