インド洋上に都市が建設されつつある。モルディブの首都マレからボートでわずか10分の場所にあるターコイズブルーのラグーン(潟)に浮かぶこの水上都市には2万人が居住可能だ。
脳サンゴの模様に似たデザインのこの都市は、住居、レストラン、店舗、学校など、5000もの水上ユニットで構成されており、ユニットとユニットの間には運河が流れている。6月に最初の数ユニットが発表されたが、2024年はじめに住民が入居を開始する。そして27年までに都市全体が完成予定だ。
不動産開発業者ダッチ・ドックランズとモルディブ政府との合弁事業であるこのプロジェクトは、とっぴな実験でも革新的な構想でもない。この都市は、海面上昇という厳しい現実に対する実用的な解決策として建設されている。
1190もの低地の島々で構成されているモルディブは、世界で最も気候変動に対して脆弱(ぜいじゃく)な国のひとつで、陸地部分の8割が海抜1メートル未満だ。今世紀末までに海水面が最大1メートル上昇するとの予測があり、国のほぼ全域が水没する恐れがある。
しかし都市が海上に浮いていれば、海面とともに都市も上昇する可能性がある。これは50万人以上いるモルディブ国民にとっての「新たな希望だ」と語るのはこの都市を設計した建築事務所ウォータースタジオの創業者コーエン・オルトゥイス氏だ。「手頃な価格の住宅、大規模なコミュニティー、そしてごく普通の町が水上に存在し、しかも安全であることをこの都市は証明できる。彼ら(モルディブの人々)は、気候難民から気候イノベーターとなる」とオルトゥイス氏は自信を見せる。
浮遊式建築の中心
海面よりも低い土地が国土の約3分の1を占めるオランダで生まれ育ったオルトゥイス氏は、これまで常に水の近くで過ごしてきた。母方は造船業者で、父は建築家とエンジニアの家系の出身のため、オルトゥイス氏にとってその2つを組み合わせることはごく自然なことに思えたという。そして03年に、オルトゥイス氏は浮遊式建築に特化した建築事務所ウォータースタジオを設立した。
当時も気候変動の兆候はいくつもあったが、気候変動対策に取り組む会社を設立できるほど大きな問題とは考えられていなかったとオルトゥイス氏は言う。当時の最大の問題は土地問題、つまり都市は拡大していたが、新しい都市開発に適した土地が枯渇しつつあった。
ロッテルダムの水上に浮かぶ適応に関するグローバルセンター(GCA)のオフィス
しかし近年、気候変動が浮遊式建築を主流に押し上げているとオルトゥイス氏は指摘する。実際、ウォータースタジオは過去20年間に全世界で300以上の水上住宅、オフィス、学校、医療センターを設計した。
そしてオランダはこのトレンドの中心であり、多くの水上公園や水上酪農場、さらに気候変動に適応するための解決策の拡大に注力する組織、適応に関するグローバルセンター(GCA)が本部を置く水上オフィスビルもある。
GCAの最高経営責任者(CEO)、パトリック・バーコーイエン氏は、浮遊式建築は、海面上昇に対する実用的かつ経済的に賢明な解決策と見ている。
バーコーイエン氏はCNNに対し、「今、これらの洪水リスクに対処しなければ、将来莫大なつけを払うことになる」と述べ、さらに次のように続けた。「気候問題の解決を先延ばしにして後でつけを払うか、計画を立てて繁栄するかのどちらかだ。水上オフィスや水上ビルはこの将来の気候に対する計画の一部だ」
再保険会社のスイス・リーによると、昨年、洪水が世界経済に与えた損失は820億ドル(約11兆円)以上に上り、気候変動がより極端な天候を引き起こすため、損失はさらに膨らむと見られる。世界資源研究所(WRI)も報告書の中で、30年までに毎年総額7000億ドル以上の都市の不動産が沿岸部や河川の洪水の影響を受けると予測している。
しかし、たしかに近年、浮遊式建築の勢いは増しているものの、規模や価格の面ではまだ課題は多いとバーコーイエン氏は指摘する。「規模の拡大と(建設の)迅速化をいかに両立するかが、この(浮遊式建築の普及に向けた)旅の次のステップだ。規模の拡大と迅速化が急務だ」
水上に浮いている以外は普通の町
このモルディブのプロジェクトは、2万人が居住可能な都市を5年足らずで建設し、規模の拡大と建設の迅速化の2つを同時に達成することを目指している。韓国・釜山にある「オーシャニクス・シティー」や、オランダの企業Blue21がバルト海上で開発する一連の浮島など、他にもいくつかの水上都市建設計画が進んでいるが、規模と工期の短さでモルディブの水上都市に匹敵するプロジェクトは存在しない。
ウォータースタジオが手掛けるこの水上都市は、虹色の家、広いバルコニー、海辺の景色など、地元の人々が魅力を感じるような設計になっている。住民は都市内をボートで移動したり、砂の道で散歩やサイクリングを楽しんだり、電動スクーターやバギーに乗ったりすることもできる。
モルディブの首都マレは人口過密の状態となっている
またこの都市には、首都マレでは入手困難なスペース(空き地)がある。マレは世界で最も人口密度の高い都市のひとつで、約8平方キロの土地に20万人以上が暮らしている。不動産価格も高騰しており、オルトゥイス氏によると、マレの人口過密を緩和するために作られた人工島、フルマーレ島では、ワンルームマンションの価格が15万ドル、ファミリー向けの住宅が25万ドルもするという。
ウォータースタジオの水上都市の場合、モジュラーユニットを地元の造船所で組み立て、水上都市まで曳航(えいこう)する。このモジュラーユニットは、所定の場所に到着すると、水中にある大きなコンクリート製のハル(構造体)に取り付けられる。このハルは、伸縮式の鋼鉄の支柱で海底に固定されており、波の動きに合わせてユニットが緩やかに上下する仕組みだ。また都市を取り囲んでいるサンゴ礁が自然の防波堤の役割を果たし、都市を安定させ、住民が船酔いするのを防ぐ。
オルトゥイス氏によると、この構造物の環境への潜在的影響については、地元のサンゴの専門家らが厳格な評価を行い、建設が始まる前に政府当局の承認を得たという。また海洋生物を支えるために、発泡ガラス製の人工的なサンゴの塊が水上都市の下面に取り付けられており、これがサンゴの自然な成長を促す、とオルトゥイス氏は言う。
また、この水上都市が自給自足できるようにし、陸上の都市と同じ機能を持たせることを目指している。電気は主に現地で太陽光発電を行い、下水も現地で処理され、植物の肥料として再利用される。また空調の代わりに海洋深層水を使った冷却を行う。例えば、深海から冷たい水をくみ上げてラグーンに流し込む。それによりエネルギーの節約をする。
オルトゥイス氏は、モルディブで十分に機能する水上都市を開発することにより、浮遊式建築が次の段階に進むことを望んでいる。それはもはや超富裕層の依頼で高級な場所に建設された「風変りな建築」ではなく、気候変動と都市化への安価で実用的な答えだ、とオルトゥイス氏は言う。
「建築家として変化を起こそうとするなら、スケールアップが必要だ」(オルトゥイス氏)