パキスタンの「未曽有の」洪水で3300万人が被害を受けたが、その多くは今もなお安全な避難場所を求めている。記録的なモンスーンによる豪雨で百万世帯以上が損傷、または破壊された。氷河の融解で激しさを増したこの夏の壊滅的な洪水で、国土の3分の1が水没し、当局は水が引くまでに最大6カ月かかるだろうとしている。
避難住宅のニーズに応えるべく、建築家のヤスミーン・ラリ氏と「パキスタン・ヘリテージ財団」は、被害の大きかったシンド州の人々に竹製のプレハブ・シェルターの建設に必要なスキルと資材を提供し、寝る間も惜しんで活動を続けている。
ラリ・オクタグリーン(LOG)というこのシェルターは、6~7人いれば数時間で組み立てることができる。もともとは2015年にアフガニスタン北東部で起きたマグニチュード7.5の地震を受けて考案されたもので、死者が集中した隣国パキスタンの数百世帯に仮設住宅として試験提供された。18年以降、すでに1200戸以上の竹製シェルターが災害危険地域に建設されている(グローバル気候リスク指数によると、パキスタンは気候災害を受けやすい国の第8位に挙がっているが、欧州連合<EU>のデータによれば、パキスタンの地球温暖化ガス排出量は全世界の1%にも満たない)。
プロジェクトの目的は、被災地域の住民に家の建て方を教えることで、被災者に主体性を持たせることにある――また被災者の多くが生計を失ったことから、その過程で収入源が獲得できるような支援も行っている。さらに帯水層に雨水を吸収する掘割や井戸を作るなど、将来の災害対策も教えている。
「被害を受けた人々は、自分も役に立ちたいととくに乗り気だ」とラリ氏は電話インタビューで語り、プロジェクトの職人の多くは洪水被害を受けた村の出身だと説明した。こうした職人は支援を必要とする人々の特定や、プレハブ部品の運搬方法の選別にも一役買っている。
「みな広い空の下で、やることもなく座っている。どうやって働けばいいのか?と考えあぐねている。彼らには安全の保障も、プライバシーも、尊厳もない」とラリ氏は言い、人々に必要なのは「施し」ではなく、自立する力だと付け加えた。
泥等の素材で竹製シェルターの壁を補強する村の住民/Heritage Foundation of Pakistan
「パートナーとして接する」
シェルターは低価格で、高い技術を必要とせず、環境負荷も少なくなるよう設計されている。「カーボンゼロにしたい」とラリ氏も語る。1戸あたり約2万5000パキスタンルピー(108ドル、およそ1万6100円)の仮設住宅は、同氏のヘリテージ財団が全額補助している。「コンクリートや鉄筋の建物を建てることで気候変動の問題を増やしたくない」(ラリ氏)
強度と耐久性から、素材として竹が選ばれた。国内のあちこちに自生しているので、他の素材よりも調達しやすい。2カ所に設立された作業場では、竹ざおを特定のサイズに切断し、組み立てキットにまとめている。シェルターの組み立ては現地で行われ、頑丈な8枚のパネルと屋根を組み立てた後、ロープでつなぎ合わせて敷物で覆う。
可能であれば、「すべて現地調達するのが理想だ」とラリ氏は言う。「そうすれば、住居の建設と直近の生計を連動させることができる」
近隣のシェルターが過去の地震に耐えたという話は、口コミで地域に伝わっていた/Heritage Foundation of Pakistan
マリアムさん(姓はない)は現在シンド州ミルプール・カース地区のポノという村で、新設されたシェルターに夫と子ども6人とで暮らしている。シンド語を話すマリアムさんが通訳を介して語ったところでは、この夏の洪水以前から、近隣のシェルターが災害を乗り越えたといううわさを耳にしていたそうだ。マリアムさんと村の人々は、どうすれば調達できるか尋ね回った。ざっと見たところ、辺りにはすでに25戸のシェルターが建っている。
マリアムさんの家族はシェルターに感謝しているが、食糧供給や失業といった問題に頭を悩ませているという。みなシェルターが以前住んでいた家よりも安全だと感じているため、どうすればここでずっと暮らせるか知りたがっている。
今夏の記録的な暴風雨の中でも、これらのシェルターは倒壊を免れた/Heritage Foundation of Pakistan
ラリ氏によれば、すでに750戸分のプレハブ・シェルターの部品が完成済みで、10月上旬までに1200戸分の完成を目指している。現時点までに約350戸のシェルターが建設済みだ。
この数字は「大海の一滴にすぎない」と同氏は言うが、製造は急ピッチでスケールアップしている。
例えばカラチに拠点を置く同氏の財団では、今後数週間で南パンジャブの10カ所の村から集められた30人の職人にリモート研修を実施する計画だ。それによって、毎月さらに1500戸分のキットが製造できるようになるだろう。パンジャブ銀行も研修実施に必要な設備を備えた会場の手配をサポートするなど、こうした取り組みに資金援助を行っている。また職人に賃金を支払い、竹やその他備品を職人の工房に届けることも約束している。
これまで数百のシェルターが立てられた。1つにつき8人が生活できる/Heritage Foundation of Pakistan
また、傘のような形の屋根に、壁の代わりに敷物で周りを覆う簡易版の竹製シェルターも、間に合わせだがより迅速な対応策として展開中だ。
「まったく新しい支援の形を作りたい」と言うラリ氏は、知識を共有して被災者に責任感を持たせる「能力開発」を災害支援の主眼においている。
ヘリテージ財団ではシェルター提供の他、安全な飲み水とより良い食料安全保障を確保するために、仮設トイレや太陽光による給水スタンド、養漁場の建設も教えている。メインとなるプレハブ建設地のひとつでは、シェルターを覆う敷物や蚊帳といった必需品を自宅用・販売用に作る研修が周辺の10カ所弱の村で行われている。
「財団の活動方法も変えていかなくてはならない……被災した人々を犠牲者や物乞い寸前の人としてではなく、ともに活動するパートナーとして接しなくては」
養魚場の柵も竹を使って作る/Heritage Foundation of Pakistan
はだしの社会建設
長期的には、竹製シェルターを終の住処とすることも可能だ。洪水の水が引き次第、高台から村にシェルターを移動させ、石灰岩のれんがで作った基礎の上に建てるのだ(財団では、収入源としてれんが造りも教えている)。
カラフルな布地と塗料でシェルターの壁を飾る村の住民/Heritage Foundation of Pakistan
パキスタン史上初の女性建築家として広く知られるラリ氏だが、自分の仕事は気候問題に非常に重要な役割を果たすことができると語る。だが従来学校では、同氏の言葉を借りれば「プリマドンナ的な」建築家になることに主眼が置かれてきた。いつか支援の仕組みを創設して、若い建築家に人道活動への関わり方を教えたいというのが同氏の願いだ。
1980年代に「売れっ子建築家」となったラリ氏は、カラチの華美な建物をいくつか設計した。だがコンクリートや鉄筋の使用量に罪悪感を募らせ、以来ずっと「償い」をしている。今夏の洪水に対する対応は、本人が20年近く行ってきた「はだしの社会建設」が土台となっている。貧しい地域や恵まれない地域が自給自足できる、環境に優しい設計だ。
竹製シェルター用の敷物を制作する女性たち/Heritage Foundation of Pakistan
同氏は女性たちに主体性を与え、男性中心の社会で女性の地位を上げることにも注力している。例えば、同氏が考案した「チュラ」という調理オーブンは、暖炉で調理するという地方の危険な調理方法に代わる、安全な代替案として考案された。プログラムの参加者は泥や漆喰(しっくい)でオーブンを作る方法を学び、時にはペイントやオリジナルデザインでカスタマイズしたりもする。現在、ラリ氏のチュラは8万台製造され、推計60万世帯がその恩恵を受けている。
「建築はれんがやモルタルの建物だけではない」と同氏は言う。「コミュニティー作りにどう貢献できるかを模索することだ」