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被写体を真空パックに 写真家、川口晴彦氏が表現する家族愛

家族のメンバーだけでなく家や車も「パック詰め」にする川口氏の印象的な「記念写真」

家族のメンバーだけでなく家や車も「パック詰め」にする川口氏の印象的な「記念写真」/Photographer Hal

東京を拠点に活動する写真家、川口晴彦氏に家族写真の撮影を依頼するには、ある変わった条件がある。川口氏は、依頼者の家全体をビニールシートで包み、さらに依頼者を密閉式のポリ袋で真空パックする。

その状態から必要な写真を撮影し、息苦しそうな被写体の人々の包装を解くまでの時間はわずか数秒だ。

川口氏が「家族の記念写真」と表現するこの印象的な写真は、川口氏の写真集「フレッシュラブ」シリーズに掲載されている。フレッシュラブは、人々をプラスチックフィルムで真空パックすることにより人間の親密さを探求する取り組みで、川口氏は約20年前から続けている。

川口氏が沖縄からのビデオ通話の中で語ったところによると、「フレッシュラブ」シリーズの制作を始めるにあたり、何人かの親しい友人に頼んで彼らがどのくらい息を止めていられるか試した結果、約15秒間と分かった。そこで川口氏は「10秒ルール」なるものを作り、写真が撮れたか撮れなかったかにかかわらず、10秒後に包装を解くことに決めたという。

特注の巨大なビニールシートで背景の家全体から木、車まですっぽり包んで撮影/Photographer Hal
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特注の巨大なビニールシートで背景の家全体から木、車まですっぽり包んで撮影/Photographer Hal

川口氏が最初に撮影したのは、布団圧縮袋に閉じ込められた恋人たちの親密な写真だったが、その後、写真のスケールは大きくなっていった。「フレッシュラブ」シリーズの最新作「Flesh Love All」では、カップルや家族、そして彼らにとって最も重要な場所(通常は彼らの自宅で、木や車やオートバイも含む)を特注のビニールシートで包んでいる。

スタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」に登場する会話をする架空のロボット「HAL 9000」にちなんでフォトグラファー・ハルと呼ばれている川口氏は、自身の写真の主なテーマは「愛」と語る。川口氏の焦点は性的な写真から家族写真へと変わったが、人間同士のつながりをさまざまな形で描写するという目標は変わっていない。

川口氏の最近の写真は、外界とのつながりのメッセージを含み、あらゆる物への愛を平等に表現しているという。また川口氏は、人物だけでなく背景にあるすべての物をパックする理由について、被写体の人々同士のつながりだけでなく、彼らと外界との社会的つながりも表現するためと説明した。

特注のビニールシートを作成し、1つのイメージを作り上げるのに2週間かかることもあり、さらに最後の写真撮影には約7人の協力が必要だ。川口氏が被写体の包装を解けない場合に備え、助手がいつでも包装を解けるよう待機している(緊急の場合にはシートを切り裂いて開ける)。また携帯用酸素ボンベもすぐに手渡せるよう準備し、さらに暑い夏の撮影時には被写体の人々を冷やすための冷却スプレーも用意する。

「Fresh Love Returns」のシリーズでは、被写体のカップルに対し、自分たちにとって意味深い場所で写真に収まるよう依頼した/Photographer Hal
「Fresh Love Returns」のシリーズでは、被写体のカップルに対し、自分たちにとって意味深い場所で写真に収まるよう依頼した/Photographer Hal

川口氏の写真を見て窮屈さを感じる人も中にはいるという。また密閉された袋の中に閉じ込められた時にどれほどの息苦しさを感じるかは川口氏自身が十二分に承知している。なぜなら川口氏も体験済みだからだ。

川口氏は、袋の中に閉じ込められた時、自分の生死が完全に他人に支配されているように感じ、被写体の人々がどんな気持ちで自分に命を預けてくれているかを実感できたという。

2人が1つになる時

「フレッシュラブ」シリーズの始まりは、川口氏が商業写真家だった20代のころにさかのぼる。自分の作品を制作する自由時間がほとんどなかった川口氏は、自分のカメラを持ってライブやナイトクラブに出かけ、そこでよく若いカップルの写真を撮っていた。

カップルは喜び、怒り、悲しみ、幸せにあふれ、被写体として非常に魅力を感じたと川口氏は語る。またカップルを観察しているうちに、2人の物理的距離と心の距離に関連性があることに気付いたという。

川口氏は、友人(さらに友人の友人)のボランティアを募り、カップルの親密さや愛を視覚化する1つの方法として「フレッシュラブ」を始めたという。川口氏は、被写体のカップルと協力して、2人の潤滑油を塗った体(真っ裸の時もある)が密着する体勢を見つけてから、電気掃除機を使って袋の空気を抜き取った。

ぴったり合わさったカップルは「パズル」のようだと川口氏/Photographer Hal
ぴったり合わさったカップルは「パズル」のようだと川口氏/Photographer Hal

被写体の人々には、事前にポーズを何度も練習してもらった上で、選択したポーズを圧縮袋の中で再現してもらうという。被写体の2人の体を密着させる作業はパズルを組み立てるのに似ている、と川口氏は語る。

川口氏は、古代ギリシャの哲学者プラトンの対話篇「饗宴(きょうえん)」に刺激を受けたという。プラトンは饗宴の中で人間の男女について、かつては4本の腕、4本の足、2つの顔を持つ1個の存在だったが、ギリシャ神話の主神ゼウスによって男女に分けられたと述べている。

被写体を圧縮袋で包むというアイデアは副産物にすぎないと川口氏。自身の芸術の主な目的は、互いに愛し合っている2人を1個の存在に戻すことだと語る。

愛の真の意味はまだ見いだせていないが、単に2人の距離の問題ではないと同氏は考えている。例えば2人の体が密着していてもさほど親しそうに見えないこともあるし、その逆のケースもあるという。

川口氏の初期の写真にはスタジオのシンプルなバックドロップ(撮影用背景)が使われていたが、「Fresh Love Returns」の写真は被写体であるカップルの自宅など、屋内で撮影された。また「雑乱」シリーズでは、カップルを楽器や自転車といった彼らの身の回りの品といっしょに真空パックしている。それはまるでブリスター包装された人形のようだという。

川口氏は、すでに家全体をビニールシートで覆うことに成功しているが、公園全体を真空パックするなど、さらなる写真の規模の拡大を目指している。また新たな芸術スタイルを模索したいとも語る。

今、制作中の「洗濯機」というシリーズでは、なんと被写体を洗濯機の中に入れてしまうのだという。

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