アメリカ独立戦争まっただ中の1777年に大陸会議で星条旗が承認されて以来、アメリカ合衆国の国旗は愛国心を象徴するシンボルだった。国民の誇りとして庭先に掲げられ、パレードでは人々が旗を振り、式典では厳かに掲揚される。だが旗を上下逆さまに掲げたり、火をつけたり、色やデザインを変えたりすれば、反逆的なメッセージを色濃く帯びることもある。
ロサンゼルスのザ・ブロード・ミュージアムで行われている展覧会「This is Not America‘s Flag(これはアメリカの旗にあらず)」は、米国旗をテーマにした一連の作品を展示することでこうした二面性を掘り下げ、現代における米国人らしさの意義を問いかけている。
ジョージ・フロイドさん死亡事件に反応
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)がピークを迎えていた2020年、スタッフは展覧会の準備をリモートで始めた。ジョージ・フロイドさんなど黒人が警察によって死に至った事件が複数起きて、抗議デモが勃発していたころだった。ミュージアムからわずか数ブロック先でもデモが行われる中、キュレーターで展示会責任者のサラ・ロイヤー氏も「この瞬間、自分たちの街、自分たちの国、世界中で起きていることにもっと反応しなくては」という気持ちに駆られたという。
ジャスパー・ジョーンズの1967年の作品「Flag」/Jasper Johns/Licensed by VAGA at Artists Rights Society
ロイヤー氏いわく、チームはまずコレクションの中から2つの作品に注目した。ジャスパー・ジョーンズの1967年の作品「Flag」と、デイビッド・ハモンズの90年の作品「African American Flag」だ。
ジョーンズはベトナム反戦運動が最高潮を迎えた時期に、新聞の戦争記事の切り抜きを埋め込んで国旗を描いた。それから数カ月後の68年、米連邦議会では国旗保護法が可決された。
20年後、米国旗に火をつけた男性が逮捕されたのを受け、国旗の冒とく訴訟が連邦最高裁判所にかけられた。最高裁は、男性の行為が「象徴的言論」であり、憲法修正第1条で保護されると判断した。
それからまもない90年に、ハモンズは米国旗を従来の赤青白ではなく、汎アフリカ旗の赤黒緑で再構築した「African American Flag」を制作した。ロイヤー氏によれば、ハモンズの作品は米国旗が誰を代表しているのかと見る者に問いかけているという。「その簡潔さの点で見事だ」と言って、ロイヤー氏はさらにこう続けた。「これが本当に象徴的な芸術作品になっているのは、それが依然として愛国的になびいているからだ」
デイビッド・ハモンズの作品「African American Flag」/David Hammons
議論を重ねること数カ月、ミュージアムは22人のアーティストに絞り込み、国旗を幅広く解釈した作品群が集まった。展覧会では有名な作品も展示されている。第2次世界大戦中にカリフォルニアの日本人収容所で、国旗とともにポーズをとる子どもたちの姿を収めたドロシア・ラングの写真。第1次世界大戦に参戦した黒人兵の写真を米国旗とともに墓碑に埋め込んだ95歳の彫刻家ベティ・サーの作品。ごく最近の作品もある。ジュネビーブ・ゲニャールのセルフポートレート「Extra Value(After Venus)」もそのひとつだ。米国旗をバックに映る本人は、「Thug Life(我が道を行くの意味)」と書かれたTシャツ姿で、マクドナルドのフライドポテトを手にしている。
A Logo For Ameirca
展覧会のタイトルは、チリ人アーティストのアルフレド・ジャーの映像作品「A Logo for America」がきっかけとなった。87年にタイムズスクエアで初めて披露されたこの作品では、米国の画像が流れた後、南北アメリカ大陸の地図の輪郭が出現。アメリカという言葉が合衆国を指すために使われているというメッセージが伝えられた。
「私が入国したのは82年だったが、この国では日常会話で『アメリカ、アメリカ、アメリカ』と言うとき、アメリカ大陸ではなく合衆国を指していることに気づいて、衝撃を受けた」とジャーは電話インタビューで語り、さらにこう続けた。「言語は無垢(むく)ではなく、つねに地政学的現実を反映している。要するに、米国はアメリカ大陸であまりにも強力だから、金融面でも文化面でもアメリカ大陸を支配しているのだ」
チリ人アーティストのアルフレド・ジャーの映像作品『A Logo for America』/Alfredo Jaar/Artists Rights Society
最初に公開されて以降、この作品は様々な意味を帯びるようになった。ジャーによれば、この作品は反トランプのメッセージや移民支援政策強化の訴えとして受け止められるようになってきたという。「作品を制作する。それは歴史の特定の時期に、特定の文脈の中で展示される。時代や文脈が変われば、世間は……別の思いを投影し始める。それはそれで大いに結構なことだ」
個人的な視点
展示作品でもとくに強烈なものの中には、同時にとても個人的なものである作品がある。
ミックスメディア・アーティストのハンク・ウィリス・トーマスは20年前にいとこのソーニャさんを亡くした。フィラデルフィアのナイトクラブの前で強盗があり、ソーニャさんは銃で撃たれて死亡した。トーマスは個人的な悲劇を、米国旗を想起させる作品に落とし込んだ。旗に描かれた無数の星は、銃による暴力事件の被害者を象徴している。
ニューヨーク州バファローで起きた悲劇的な銃撃事件に全米に動揺が走る中、2017年のこの作品は今も痛々しいほど存在感を放っている。ミュージアムの床面に滝のように流れ落ちるインスタレーション作品「15,580」は、失われた命を表しているとトーマスは言う。
「流れ落ちていく星として、失われた命を形に残したかった」とトーマス。「我々は、失われた命を記憶にとどめる健全な方法をまだ見つけられていない」
米国旗をモチーフにしようと思った理由について、トーマスはこう説明した。「それは多くのさまざまな人々にとって、大きな意味を持っている。だからこそそれに向き合って見つめ直し、自分たちの過去、現在、未来の社会にどんな意味を持つのか、じっくり考えることが重要だ」
ハンク・ウィリス・トーマスのインスタレーション作品『15,580』/Courtesy the artist and Jack Shainman Gallery
他にもウェンディ・レッド・スターのインスタレーション作品「The Indian Congress」は、1898年ネブラスカ州オマハで35のネイティブアメリカンの部族が集まった歴史的会議にちなんだ作品だ。同時期には米国の農業や工業を世界にお披露目する見本市「トランス・ミシシッピ万国博覧会」が開催され、プログラムの一部として、来場者は会議の代表団を見学することができた。あたかも見世物のように野営地の見学ツアーや再現劇が行われ、ネイティブアメリカンの人々を利用した。
モンタナ州出身でクロウ族の血を引くレッド・スターは、会議の史料写真を集めて2つの長机に展示し、会議のメンバーを再招集する形の作品を作った。以前とは異なり、もっと敬意のこもった光を当てた。ただし当時の植民地的な強権を想起させるものとして、展示テーブルは米国旗や愛国的な装飾幕で飾られている。レッド・スターいわく、実際に一枚一枚写真を切り抜き、一人一人の氏名や経歴を知ったことで、自分事としてとらえることができたという。「ネイティブアメリカンの人々やその声から人間味を引き出すことがとても重要だ」
ウェンディ・レッド・スターのインスタレーション作品『The Indian Congress』/Colin Conces
「歴史を提示して、一部のストーリーを闇に葬らない点がこうした展示作品のポイントだ……そうすることで、米国人であることをより一層誇りに思うようになれるかもしれない。痛ましい過去も含め、自分たちの歴史を忘れないことが肝要だ。そうすることでしか癒やしは得られない」(レッド・スター)
展示されている作品はどれも米国旗や愛国心、米国人らしさに批判的なまなざしを向けているが、アーティストが敬意を払っていないわけではないとロイヤー氏は考えている。
「アーティストは国旗を題材にする際、旗が象徴するものに対する認知を想定しよりどころにしている。時に解放だったり、正義だったり、自由だったり。これら展示作品は、そうした概念の価値を心から信じている一方で、私たちに問いかけ、主題について熟考させ、歴史について考えさせる手段にもなっていると思う」