アンディ・ウォーホルといえばマリリン・モンローや毛沢東、キャンベル・スープ缶のポップアート肖像画で有名だろう。だが今月ニューヨークのサザビーズで競売にかけられるのは、見る影もなく押しつぶされた車の衝突事故を描いた「見る者の心をつかんで離さない」シルクスクリーン作品だ。サザビーズの報道声明によれば、この作品はオークション週間の11月16日に競売にかけられ、推定落札価格は8000万ドル(約118億円)を下らないと見られている。
「White Disaster (White Car Crash 19 Times)」と題した巨大作品は、ウォーホルが「死と惨禍(Death and Disaster)」シリーズの一環で1963年に制作したものだ。当時ウォーホルは原爆のきのこ雲や電気椅子といった凄惨(せいさん)でおぞましいイメージに執着するようになっていた。またそれらが印刷出版物でいかに広範に複製されているかに戦慄(せんりつ)し、読者が衝撃に無感覚になっていると考えた。ウォーホル作品の中でも、同シリーズは人間の死に対するこだわりがもっとも如実に表れている。
11月のオークションでは、希少なウォーホルの大型のシルクスクリーン作品が出品される/Brownie Harris/Corbis Historical/Getty Images
「White Disaster」では、1枚の自動車事故の画像がモノクロで19回複製されている。高さ12フィート(約3.6メートル)幅6フィート(約1.8メートル)と、衝突事故を扱ったウォーホル作品群の中でも最大だ。
「(この作品が)他と違うのは、目の前に立った時に誰もが圧倒されるとてつもないスケールだけでなく……色使いだ」と説明するのは、ニューヨークのサザビーズでコンテンポラリーアートを担当するデビッド・ガルペリン氏。同氏によれば、ウォーホルは同シリーズで、ラベンダーやオレンジなど異なる色合いで繰り返しプリントしていたという。「真っ白な背景に黒のシルクスクリーンを配することで、輝きを放っているようにも見える」
「自分が小さくなったような感覚を鑑賞者に抱かせる力が同作にはある」と、サザビーズのデビッド・ガルペリン氏/Courtesy of Sotheby's
ガルペリン氏は作品のスケールと形状を祭壇の背後に掲げられる宗教画に例え、カトリックの教えを受けて育ったウォーホルの生い立ちや、作品の根底に流れる宗教的影響――とりわけ有名人を描いたウォーホルの肖像作品が、聖人画に影響されていた点を挙げた。「死と惨禍」シリーズを手がけていたのと同時期、ウォーホルは62年にモンローが他界したのを受け、かの有名なシルクスクリーン作品を制作していた。
「著名人、悲劇、名声、死といった概念――こうしたテーマにウォーホルは取りつかれていた。同時進行で取り組んでいたマリリンの肖像画と『死と惨禍』シリーズは、複雑に絡み合っていると思う」(ガルペリン氏)
2013年に当時の最高落札価格を記録した「銀色の車の事故<二重の災禍>」/Emmanuel Dunand/AFP/Getty Images
2013年には、これよりも小さい同シリーズの「銀色の車の事故<二重の災禍>」がサザビーズで競売にかけられ、史上最高額の1億540万ドル(当時のレートで約105億円)で落札された。ウォーホル作品の中でも最高落札価格を誇っていたが、今年40インチのモンローのシルクスクリーン作品がこの記録を破り、米国人アーティストとしては史上最高となる1億9500万ドル(当時のレートで約253億円)で落札された。
競売に先駆け、「White Disaster」は11月4~6日、ニューヨークのサザビーズで展示される。サザビーズによれば、この作品はディア美術財団の創設者ハイナー・フリードリッヒ氏や美術商のトーマス・アマン氏など、25年間にわたって個人所蔵されていたという。またロンドンのテート・ミュージアム、ニューヨーク近代美術館、パリのポンピドゥー・センター、ごく最近ではミネアポリスのウォーカー・アート・センターと、ウォーホルやポップアート全般をテーマにした展覧会でも展示された。