今や美容整形手術は、成功の度合いはさまざまだが、若さと美の追求の代名詞となっている。しかし、美容整形の分野は、実は何世紀にもわたり、医療の必要性が原動力となって発展してきた。また、美容整形手術は英語で「プラスチック・サージェリー」というが、プラスチックとは無関係だ。
プラスチックの語源は、ギリシャ語で「型に入れて作る」や「形作る」を意味する「プラスティコス」という言葉だ。手術で理想的な容姿を手に入れるという考えは、比較的最近の現象だが、再建手術は古代から行われていたことを示す証拠が存在する。
「エドウィン・スミス・パピルス」と呼ばれる古代エジプトの医学書に、現在知られている最古の再建手術について書かれている。この医学書は、初期の外傷手術の教科書と考えられており、1862年にこの医学書を購入した米国人のエジプト学者エドウィン・スミスにちなんで名付けられた。この医学書には、さまざまな傷害や診断のための詳細な事例研究が記されている。
また古代エジプト人が実践していた外傷や骨折の治療法に加え、推奨される鼻の損傷の治療法も載っている。それは、鼻を望ましい位置に移動した後、添え木、リント布、綿棒などを使って鼻を適切な位置に固定するというものだ。
古代エジプト人は時折、義足も使用していた。2000年に、ある古代のミイラが人工のつま先を装着していることが分かった。現代のボランティアの人々に協力してもらい、このつま先の複製を試した研究者らによると、このつま先は装着していた女性の歩行補助具だった可能性があるという。
顔のやけどに対処する19世紀の美容形成手術の様子を描いた絵/Universal History Archive/Universal Images Group Editorial/Getty Images
しかし、これらの処置が美容整形手術とみなせるか否かについては歴史的議論が交わされている、と語るのは美容整形手術の専門家で、オーストラリアのシドニーにあるロイヤル・プリンス・アルフレッド病院の研修医でもあるジャスティン・ユーセフ氏だ。ユーセフ氏のこのテーマに関する研究が今年に入り、ヨーロピアンジャーナル・オブ・プラスチックサージェリー誌に掲載された。ユーセフ氏は電話インタビューの中で、実は、歴史家たちが「厳密な意味での再建手術に関する最初の記述」を発見したのはインドだったと述べた。
古代インドの医師らは、紀元前6世紀まで、現代の鼻形成術に似た手術を行っていた。古代インドの医師スシュルタ(美容整形手術の父と称されることもある)は、「スシュルタ・サンヒター」と呼ばれる医学書に、非常に高度な皮膚移植術の概要を記した。
古代エジプトでは、皮膚移植には鼻の修復も含まれていたが、ユーセフ氏によると、患者たちはある意味で、美容が目的だったという。
ユーセフ氏によると、古代インドでは、不倫や当時の法律に反する他の行為に対する罰として違反者の鼻を切除する習慣があった。鼻がないというのは世間的に不名誉なことで、鼻がない状態で歩き回っていると、不正行為をしたことが世間に知られた。
スシュルタの治療法には、患者の顔の他の部分の皮膚を使って新しい鼻を構築する技術が含まれていた。これについて、ユーセフ氏は「2つの学派がある」とし、次のように続けた。
「その皮膚を額から取る派とほおから取る派だ。しかし、スシュルタは基本的に皮膚とその下の皮下脂肪を引き上げてから、鼻を構築する部分に移植した」
古代のエジプト以外の場所でも、現在知られている初の口唇裂(こうしんれつ)の修復は、4世紀の中国の医師らによって行われ、成功したと考えられている。また古代ローマでは、百科事典編集者のアウルス・コルネリウス・ケルススが、患者の目の周りの余分な皮膚を外科的に除去する施術について記した。
ユーセフ氏は「ケルススが記したのは、今日、眼瞼(がんけん)形成術または眼瞼若返り治療と呼ばれるものだ」とした上で、「この治療は、逆さまつげにより視力に影響し始めた際に行われ、まぶたを短くすることにより、まつげが目に届かないようにした」と付け加えた。
ユーセフ氏によると、古代の世界では、患者は自分の美的魅力の向上よりも、体の問題のある部分を交換したいと考えていたという。そして手術は、痛みや危険を伴うため、特に必要とする患者にのみ行われた。また、当時はワインが麻酔薬として使用されたという。
戦争のニーズ
その後数世紀にわたり、美容整形の分野はあまり進展が見られなかった。他の多くの医学と同様、今日見られる美容整形手術が形になり始めるきっかけとなったのは、現代の細菌論の発展や19世紀の麻酔の発明だった。
しかし、多くのイノベーションと同様、美容整形手術の場合も、進歩を加速させた別の要因があった。戦争だ。
現代の美容整形手術の起源を追った書籍「Faces from the Front(正面から見た顔)」の著者であるアンドリュー・バムジ氏によると、第1次世界大戦中、非常に多くの人々が顔面に損傷を負い、さらに輸血や感染予防技術の進歩も相まって、医師らは革新的かつ新しい美容整形術を試す機会に恵まれた。
元リウマチ専門医でもあるバムジ氏は電話インタビューの中で、「損傷にはさまざまな種類があることを考えると、(治療することによって)学べる患者が100人いても、さほど多いとは言えない」と述べた上で、「しかし患者が5000人いれば、話は別だ」と付け加えた。
患者の具合を確認するマリー・ランヌロング病院の医師/AFP/Getty Images
バムジ氏の著書の中心テーマであるロンドンのクイーン・メアリーズ病院は、「すべての患者を1つの場所に集めた初の病院だった」とバムジ氏は付け加えた。その結果、(この病院では)皮膚移植、骨移植、顔面の再建、外傷の縫合法など、あらゆる技術が劇的な進歩を遂げた。
「病院には数十人もの外科医が勤務しており、彼らは意見の交換が可能だ。われわれは、同じ手術室で2つの手術が同時に行われている様子を撮影した複数の写真を入手した。現在は交差感染の観点から完全に禁止だろうが、この方法なら(医師同士の)素晴らしいアイデアのやり取りが可能で、再建技術の発展につながる」(バムジ氏)
当時、軍人や一般市民の患者たちにとって最も重要だったのは、咀嚼(そしゃく)や呼吸を楽にするといった体の機能の改善で、単に見た目を良くするために外科手術を受けようと考える人は極めてまれだった。欧米の医師らは、第1次世界大戦前から美容目的の基本的な施術は試していたが、バムジ氏によると、それらの施術は決して成功ばかりではなく、むしろその多くは失敗に終わったという。
例えば、20世紀初頭のフランスでは、医師らは時にパラフィンワックスを使った顔の再形成術を試していた。バムジ氏によると、パラフィンワックスは通常の室温では固体だが、患者の体内で温められると溶け始め、顔の下の部分に沈殿したという。
戦間期には人々の道徳規範も改善し、この時期に世界初の性転換手術も行われたが、美容整形手術については一部の医療機関が難色を示した。1999年にリチャード・L・ドルスキー医師が米美容整形学会誌に投稿した記事によると、30年代に一部の外科医が鼻の美容整形と豊胸手術を行ったが、手術は密かに行われ、宣伝も一切なかったという。
ドルスキー医師は「大半の形成外科医は『本格派の外科医』と評価されたいと強く望んでいたため、当時ばかげていると思われていた手術は避けていた」と付け加えた。
主流の仲間入り
戦後、美容整形手術をめぐる状況は一変した。バムジ氏によると、第2次大戦後の医師余りに加え、技術の改善、リスクの減少、可処分所得の増加といった要因がすべて、美容整形手術の人気上昇に寄与したという。
バムジ氏は「美容整形外科医らは、他に選択肢がなかった」とし、「戦争の犠牲者たちの治療が終わり、やるべき仕事がなくなった医者が大勢いた。そうなると、彼らは他のことをして何とかやっていくしかない」と付け加えた。
そして60年代までに、特に米国で、豊胸、鼻形成、顔の再形成といった、現在、最もよく知られている美容整形の多くが、より一般化していった。イノベーションを推進したのは、依然として外傷患者やがん患者、そして病気や負傷などにより外観がひどい状態にある人々のニーズだったが、この治療技術は、人々の虚栄心を満たす目的にも利用可能だった。
ボトックスの施術を受ける女性/Don Murray/Getty Images
その一例がボトックスの出現だ。ボトックスは、60年代後半から70年代にかけて斜視の治療に使われていたが、その後、ボトックスの肌を滑らかにする性質に着目した美容業界で利用され、さらに2002年にしわの治療薬として米食品医薬品局(FDA)に認可された。
近年、イノベーションは再び医療従事者に恩恵をもたらしており、ボトックスは今や、片頭痛やけいれんの治療にも使用されている。また昨年、ある研究でボトックス注射がうつ病の軽減に役立つ可能性があることが明らかになった。この研究論文の執筆者らは、顔の筋肉をまひさせることにより、暗い顔の表情とネガティブな感情の間のフィードバック・ループ(フィードバックを繰り返すことにより、結果が増幅されること)を断ち切る効果がある、との仮説を立てている。
そして90年代に美容整形手術の人気が爆発的に高まった。米国では美容整形手術の件数が10倍に増加し、美容整形が症例数で再建手術を上回り始めた。
米形成外科学会(ASPS)のデータによると、米国で行われた美容整形手術の件数は、2005年までに再建手術のほぼ2倍に達したという。有名人たちからの支持や規模の経済によって勢いづいた美容整形手術は、望ましさの新しい美学も利用した、と語るのは、英リーズ大学社会学・社会政策学科でジェンダーと文化を教えるルース・ホリデー教授だ。
ホリデー教授は最近のCNNとのインタビューで、「1980年代に初めて登場したポストフェミニストの思考は、自分がどれだけ社会的な力を身につけているかを示すことだった」と述べ、さらに次のように続けた。
「それは女性たちが、家父長制度や女性解放運動それ自体からセクシュアリティーを取り戻すことだった。そして、それは美容整形手術の分野では、世間的に性的興奮を促すと考えられている太ももや、体のくびれ、乳房といった女性の体の部分を強調し、女性らしさを身に付け、それを誇示することを意味した」
米形成外科学会のデータによると、米国では2020年に1560万件の美容整形手術が行われた。新しい技術が、美容整形部門の成長を促進し続けており、美容整形手術(中でもボトックスとフィラー<注入治療>が群を抜いて人気だった)の約85%は「侵襲(しんしゅう)は最小限」と考えられている。
人々の好みも変化し続けている。また、美容整形業界全体が新型コロナウイルス感染症の パンデミック(世界的大流行)の影響を受けており、形成外科学会によると、20年に米国内で行われた美容整形手術の件数は前年から15%も減少したという。一部の手術はさらに大きな落ち込みとなり、豊胸手術は前年比33%減、ヒップアップ手術は同27%減と大幅に減少した。
米アラバマ州のクリニックで術後の確認を待つ患者/Gent Shkullaku/AFP/Getty Images
オンライン会議システム「Zoom(ズーム)」の利用拡大に伴う、いわゆる「ズーム効果」が21年の数字に反映されるか否かは定かではないが、多くの外科医やクリニックによると、ビデオ通話中に最も目立つ体の部分の手術、例えば、首の脂肪吸引、顔の下半分のリフトアップ、目の下のフィラーなどの需要が高まっているという。
米国の動画配信サービス、ネットフリックスのドキュメンタリー「スキン・ディシジョン:お肌の悩みをプロが解決」に出演する形成外科医のシーラ・ナザリアン医師は昨年の電話インタビューで、カリフォルニアのロックダウン(都市封鎖)の解除後、ビバリーヒルズにある同医師のクリニックを再開したところ、多くの人が顔の下半分の手術を受けに来たという。ズームのビデオ通話では、顔の下半分が強調されるためだ。
「人々は、長い目で見て、気分が良くなるようなことを考え始めた」(ナザリアン医師)