東京を初めて訪れる外国人にとって、自動でふたが開く日本の「スマートトイレ」は愉快に自分を迎え入れてくれる存在だ。
だが、それで終わらない。壁にある操作パネルには棒状の人間や記号が描かれ、様々な解釈が可能だ。暖かい便座、水の圧力の調整、音をかき消す音楽などの機能はわかっても、肝心な水を流すボタンで迷うこともある。
日本は今や、複雑な「スマートトイレ」で有名となった。今年初めには業界団体が各機能を示す絵記号を標準化し、外国人が水を流すつもりで顔に水を浴びる事態を避けようと努力している。
どのようにして日本は水洗トイレの分野で世界で最も偉大な革新者となったのだろうか。それは1つの会社に行き着く。TOTOだ。創業100周年を迎えた同社を取材した。
西洋への旅
発明家、大倉和親氏は1903年、旅先の欧州で見た、光り輝く白いセラミック製の便器に衝撃を受けた。当時の日本のトイレは、下水道もない屋外の和式便所だった。大倉氏は日本の便所を近代化すると心に決め、帰国した。
1917年に東洋陶器(後のTOTO)を創業した発明家の大倉和親氏=TOTO提供
大倉氏は1914年までに、日本初の洋式水洗トイレを開発し、1917年に東洋陶器を創業した(1970年に社名をTOTOに変更)。それから数十年が経過し、今やTOTOは高級トイレの代名詞となった。しかし、同社が革新に本格的に着手したのは20世紀末になってからだ。
TOTOは1980年に温水洗浄便座「ウォシュレット」を開発し、14万9000円で発売した。発想はシンプルで、欧州のビデ(尻洗浄器)の機能と電動便座の統合だ。
このコンセプトの向上を図るため、同社の技術者らはまず、程良く温かいと感じる最適な水温を見出した。次に、便座の下から伸びるノズルから洗浄水を噴射する最適な角度をひたすら模索した。
同社の従業員300人にどの位置が最も快適かつ清潔かを試してもらい、43度が最適な角度との結論に達した。
写真特集:創業100年、TOTOの原点を振り返る
TOTOが世界を席巻
ウォシュレットは一夜にして大ヒット商品になったわけではないが、富裕層の顧客をつかんだ。TOTOは当初、ゴルフ場に集中的に売り込み、ターゲットを実業家に絞った。間もなくウォシュレットのとりこになった金持ちの実業家たちは自宅に取り入れ、さらに出張時にも宿泊先にウォシュレットのあるホテルを選んだ。
その結果、1998年までのウォシュレットの累計出荷台数は1000万台に達し、2000年までにレストラン、ショッピングセンター、学校などの公共施設にTOTOのトイレが次々と導入された。
2015年には累計出荷台数が4000万台を突破し、2016年度のTOTOの純利益は約338億円に達した。
今やウォシュレットは、ロンドンのザ・シャードの上層階にある5つ星ホテル、シャングリ・ラ ホテルやボーイング777のビジネスクラスのトイレ、さらにパリのルーブル美術館のトイレにも導入されている。
進化を続けるウォシュレット
TOTOのトイレの特徴は魅力的なボタンだけではない。同社は例えば、便器内部の表面を非常に滑らかにし、汚れが付きにくくする特殊なコーティングを開発した。
ウォシュレットの各機能を示すアイコン
流すたびにウォシュレットが「きれい除菌水」と呼ばれる特殊な水を便器の表面に噴射する。このきれい除菌水は水に含まれる塩化物イオンを電気分解して作られる除菌成分(次亜塩素酸)を含み、黒ずみなどの汚れを防ぐ。
また1990年代末に世界で最も効率的な水洗トイレの開発にも着手した。
TOTOの技術者、有田新一氏によると、同氏の入社当時、トイレを1回流すのに約13リットルの水が必要だったが、その後6リットルまで減り、それ以上減らすのは不可能と思われていたという。
TOTOは2002年にトルネード洗浄を開発した。水が上から流れるのではなく、便器の脇から放出されるため、水が自然に便器内で渦を巻くように流れ、その結果、少量の水で洗浄できる。その後10年間、同社の技術者らはトルネードに要する水量の削減に取り組み、2012年までに1回の洗浄に要する水量を3.8リットルまで減らすことに成功した。
世界で最も高価なトイレ?
TOTOは今年、最新モデル「ネオレストNX」を発売した。価格は約60万円で、世界で最も高価なトイレと考えられている(宝石がちりばめられたトイレや金製のトイレは除く)。
高すぎると思われるかもしれないが、ネオレストNXはすでに入荷待ちの状態だ。便器は手作業で未来を感じさせる斬新な形に整えられた後、窯で焼かれており、まるで芸術品のように作られている。またトルネード洗浄やビデ機能など、TOTOが提供するすべての技術が中に組み込まれている。
TOTOが今年発売した最新モデル「ネオレストNX」=同社提供
一方で、低価格なトイレの開発にも取り組んでいる。
世界にはトイレが普及しておらず、下水道も整備されていない国が数多くあり、これらの国が発展するには、節水が極めて重要、とTOTOの喜多村円社長は語る。
TOTOは中国などの海外の市場にも目を向けている。また、ハイテク浴槽の開発にも取り組んでおり、今年3月にドイツで開催された国際見本市「ISH2017」に揺りかご型の浴槽「Flotation Tub」を出展した。来年4月に発売予定のこの楕円(だえん)形の浴槽は、フローテーション(浮遊)セラピーからヒントを得ており、入浴者はまるでトランス状態のようにリラックスできるという。
しかし、TOTOにとって最大のチャンスは2020年の東京オリンピックだろう。オリンピック開催中は、世界各国からのトイレ利用者が同社の驚くべき技術を目の当たりにする。
喜多村社長によると、TOTOは同社の製品を1人でも多くの人に利用してもらうために、空港など、さまざまな場所に最新モデルを導入する予定だという。