ノートパソコンや水の入ったペットボトルを中に入れて持ち運べるほど丈夫な上に、寿命が来たら堆肥(たいひ)になる。しかも、動物の皮革は一切使用していない。そんなハンドバッグを想像して欲しい。
動物の皮を使った天然皮革や人工的に作られた合成皮革に代わる、「クルエルティーフリー(製造・開発の過程で動物の殺傷が行われていない)」で環境にも優しい「ビーガンレザー」は、長年、持続可能なファッションの「至高の目標」だった。
しかし、ある実行可能な「代替品」が間もなく実用化されるかもしれない。そして驚くことに、その原料は林床(森林の地表面)に生えているキノコだ。
デザイナーはキノコの創造的な使い方を探している/Peter Garner / EyeEm/Getty images
今、キノコの繊維状の根である菌糸体(きんしたい)を使った衣服、バッグ、時計ベルトが作られている。これらの製品は、丈夫な上に動物の皮やプラスチックよりも炭素コストが低く、廃棄しても埋立地が埋まることもない。この菌糸体から作られる製品はまだ市販されていないが、菌糸体は天然皮革や合成皮革の市場を揺るがす大きな可能性を秘めていると業界の専門家らは指摘する。またこの菌糸体由来の素材は見た目や手触りも独特だ。
「触ると暖かく、プラスチックとは異なる」と語るのは、キノコの専門家で、キノコから作る素材を開発する企業の科学コンサルタントを務めるアントニ・ガンディア氏だ。
菌糸体は、おがくずや糖蜜などの有機物質の上で培養され、マット状になった後、革のような素材に加工される。ガンディア氏が共同執筆し、科学雑誌「ネイチャー・サステナビリティー」に掲載された研究論文によると、この素材は染色、柔軟化、エンボス加工、カービングが可能で、最大2.5平方メートルの大きさで生産できるという。
この生産プロセスに要する期間は比較的短く、同論文によると菌糸体は1週間強で培養可能だという。
米マイコワークス社はバイオマテリアル(生体材料)を使った製品を開発している/Courtesy Made with Reishi
カーボンフットプリント
革製品の製造は、畜産農家が生産する皮革に依存しているが、畜産業は多くの温室効果ガスの主な排出源であり、牧草地開拓のための森林伐採も行われている。また皮革の加工には有害な化学物質が使われ、さらに生皮を処理する過程で大量のスラッジ(汚泥)が発生する。
ビーガンと銘打たれた大半の「革製品」は、ポリ塩化ビニル(PVC)やポリウレタン(PU)またはポリウレタンと組み合わせたある種の天然素材で作られている。ネイチャー・サステナビリティーに掲載された同論文によると、こうした合成皮革は天然皮革に比べて環境への影響は少なく、当然動物の皮も使われていないものの、製造過程で有害な化学物質が使用され、化石燃料からも作られる。さらに、この素材は大半のプラスチックと同様に分解に数世紀の年月を要するという。
一方、キノコから作られた素材は、環境への影響は皆無だ。キノコは炭素を吸収し、蓄える性質がある。この炭素はキノコが吸収しなければ大気中に放出されたり、そのまま残存していたりしたかもしれないものだ。そのため、キノコの栽培は事実上カーボンニュートラルだと同論文は述べている。またキノコは、原料の殺菌は必要だが、栽培に光は必要ないため、直接エネルギーを投入する必要もない。
また、純粋かつ未処理のキノコから作られた革は生分解可能(堆肥化が可能)だ。
「自宅の庭に捨ててもいい。2年かかるかもしれないが、いずれ分解する」とガンディア氏は言う。
代替レザー開発に取り組む企業
米カリフォルニア州に拠点を置く「マイコワークス」は、恐らく、霊芝(れいし)と呼ばれる高級バイオマテリアル(生体材料)を使った市販の製品の生産に最も近い企業だろう。同社によると、この製品は品質も見た目も革製品と同じだという。同社の共同創業者ソフィア・ワン氏は、「一流」ブランドの協力を得て、向こう数カ月以内に最初の製品を発売するとしている。
ワン氏は、芸術家でデザイナーのフィリップ・ロス氏と共同でマイコワークスを設立した。ロス氏は、1990年代に自身の作品の素材として菌糸体の開発を始めた。マイコワークスのライバルであるイタリアの「モグ」を創業したマウリツィオ・モンタルティ氏もデザイナーだ。
他にキノコから作る素材の開発に取り組む新興企業として、米ニューヨークの「エコバティフ」やインドネシアの「マイコテック」が挙げられる。また中には、パイナップルの葉繊維を使用するピニャテックスなどの植物由来の革のような素材や、コラーゲン(牛皮に含まれるたんぱく質)を試している企業もある。「ゾア」は、実験室で遺伝子組み換え酵母細胞から培養された代替レザーだ。
幾多の課題
ネイチャー・サステナビリティーに掲載された同論文によると、キノコを使ったレザー作りの最大の課題のひとつは、厚さや見た目、色が均一なマット作りだという。また、耐久性と生分解性のバランスを取る必要もある。
Courtesy Antoni Gandia
モグの創業者であるモンタルティ氏は、すでに有望な試作品を開発したものの、「(それらは)まだ製品とはいえない」と言う。
モンタルティ氏は「可能性はそこら中にあるが、実際には、未加工の製品はあらゆる天然物と同様に変質したり、劣化したりする」とし、さらに「市場はそのような製品を求めていない。市場は動物製品の代替品を求める傾向にある」と付け加えた。
モンタルティ氏は、製品の市販化にはさらに1年から1年半かかると見ているが、いつか、単にキノコ由来の生地を販売するだけでなく、キノコから直接、衣類やアクセサリーなどの商品を栽培可能になる、と主張する。
ガンディア氏もモンタルティ氏と同意見で、将来は何度も着ているうちに擦り切れる肩の部分だけを厚めにした革のジャケットを栽培できるようになると予想している。