サイレントムービー時代のハリウッドでブレークした黎明(れいめい)期の映画女優アンナ・メイ・ウォンが、アジア系米国人として初めて米国通貨に採用された。初めて主役を演じてから1世紀後の快挙だ。
トレードマークのまっすぐ切りそろえた前髪と細い眉が描かれたウォンの肖像は、10月24日に新25セント硬貨(クォーター)の裏面にお目見えした。
今回のデザインは、各界で道を切り開いた女性たちに光を当てる「アメリカン・ウイメン・クォーター・プログラム」の第5弾。詩人で活動家のマヤ・アンジェロウ、米国人女性として初めて宇宙に飛んだサリー・ライド、チェロキー・ネーションの首長だったウィルマ・マンキラー、婦人参政権運動のニナ・オテロ・ワーレンと、今年すでに4つのデザインが製作されている。最後の2人とウォンは、一般大衆の意見をもとに選出された。
「インスピレーションを与えるこれら硬貨のデザインは、比類なき5人の女性たちの物語を伝えている。彼女たちの功績は米国の文化にしっかり刻み込まれている」。昨年リストが公表された際、米国造幣局のアリソン・ドゥーン主任代理はCNNに宛てた声明の中でこう述べた。
映画界初の中国系米国人スターと言われるウォンは、はびこる差別を克服し、映画、演劇、ラジオで40年におよぶキャリアを築いた。マレーネ・ディートリッヒやジョーン・クロフォード、ローレンス・オリビエといった有名スターと共演し、ロンドンやニューヨークの舞台にも立った。
アンナ・メイ・ウォンが出演した映画作品は60本を超える/ General Photographic Agency/Hulton Archive/Getty Images
ロサンゼルス生まれのウォンは14歳で演技を始め、3年後の1922年に「恋の睡蓮(すいれん)」で主役に抜擢(ばってき)。その後も数十作の映画に出演したが、ハリウッドに深く根付いた人種差別に直面し、型にはまった役柄からなかなか抜け出せなかった。
20年代に渡欧し、帰国後は数々のヒット作に出演。そのうち32年の恋愛アドベンチャー映画「上海特急」がウォンの代表作のひとつとなった――国共内戦まっただなかの中国で、ディートリッヒ演じる悪名高い高級娼婦(しょうふ)が中国国内をめぐる3日間の鉄道の旅に出るが、車内で人質に囚(とら)われるというストーリーで、ウォンは同乗していた一等車両の乗客を演じた。
ウォンは生涯を通じ、ハリウッドでのアジア系米国人俳優の出演機会の増加を訴え続けた。60年にはハリウッドの「ウォーク・オブ・フェーム(名声の歩道)」の星を授与され、翌年に56歳で他界した。
ウォンの肖像は25セント硬貨の裏面に登場。表面にはジョージ・ワシントンの肖像が刻まれている/ Burwell Photography/usmint.gov
鋭いセンスゆえにファッションでも一目置かれる存在で、一風変わったテイストを加えながら、伝統的なチャイナドレスとフラッパー時代のスタイルを融合した。ウォンの生涯を描いた伝記映画も現在制作中で、「クレイジー・リッチ!」のジェンマ・チャンが主役を演じる予定だ。
「20~30年代の有名俳優はみな、ネオン輝く映画館の看板に名前を掲げられていた。このような形でアンナ・メイ・ウォンを取り上げるのは当然だと思った」と、硬貨のデザインを担当したエミリー・ダマストラ氏は報道声明の中で語った。
「アンナ・メイ・ウォンが役者という仕事に注ぎ込んだ努力、決意、技量。それに加えて、顔立ちや表現豊かなジェスチャーが映画ファンを魅了したのだと思う。そうした要素を彼女の名前といっしょに盛り込んだ」
アメリカン・ウイメン・クォーター・プログラムは毎年5人の女性をピックアップして、2025年まで25セント硬貨の裏面に描くというもの。来年のデザインには飛行士のベッシー・コールマン、作曲家のエディス・カナカオレ、エレノア・ルーズベルト元大統領夫人、ジャーナリストで活動家のホビタ・イダール、バレリーナのマリア・トールチーフがすでに公表されている。