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高級ブランドはなぜ「アップサイクル」市場に神経をとがらせるのか

2023年のリボルブ・フェスティバルに参加したトラビス・ケルシー選手=23年4月15日、カリフォルニア州サーマル

2023年のリボルブ・フェスティバルに参加したトラビス・ケルシー選手=23年4月15日、カリフォルニア州サーマル/Jason Sean Weiss/BFA.com/Shutterstock

(CNN) 約1年前、米プロフットボールリーグ(NFL)のトラビス・ケルシー選手が、前面に2羽の大きなピンクのフラミンゴがプリントされ、下部にシャネルの巨大なロゴが入った派手なシルクのシャツを着て登場した。

このシャツは、スタイリストのローガン・ホーン氏がシャネルのビンテージスカーフをアップサイクルして作った。ホーン氏のブランド「Jローガン・ホーム」は、伝統的な高級アクセサリーのリメイクを専門としている。

ホーン氏の作品は、1点約3000ドル(約44万円)で販売されており、ミュージシャンのデュア・リパや2チェインズも愛用している。現在ファーフェッチ、キス、ザ・ウェブスターなどの通販サイトで販売されているが、一方で、シャネルの法務部にも目を付けられている。

今年2月、シャネルの代理人を務める弁護士がホーン氏に停止通告書を送付し、シャネルのロゴやその他のブランド要素を使用した製品の販売を停止するよう求めた。

最近、このようにアップサイクリングが法的な争いに発展するケースが相次いでおり、ファッション業界の持続可能性を高める上で重要とされてきたアップサイクリングと、既存の商標権の保護範囲との間で対立が生じている。

米フォードハム大学ファッション法研究所の創設者、スーザン・スカフィディ氏は「我々には、(アップサイクリングと商標権という)相反する二つの価値観がある」とし、「(アップサイクリングは)はやっているし、倫理的でもあるが、間違いなくリスクを伴う」と付け加えた。

アップサイクリングが論議を招いている理由

Jローガン・ホームのデザインに対するシャネルの抗議は、青天の霹靂(へきれき)というわけではない。

歴史的に、主要な高級ブランドは、セカンダリーマーケットを警戒してきた。彼らは、自社製品がセカンダリーマーケットで販売されることにより、慎重に管理しているブランドの流通やイメージに対する統制が損なわれたり、売り上げの減少や偽造の助長につながることを懸念している。

特にこの10年間は、オンラインの再販プラットフォームが急速に台頭した影響で、ブランド各社は神経をとがらせている。

一部のブランドはためらいながらもセカンダリーマーケットを活用し始めているが、依然として慎重な姿勢を崩さないブランドもある。特にシャネルは、リコマース(中古品販売)業者は同社のブランドを無断で使用したり、偽物を販売しているとして、それらの業者に対し、注目度の高い訴訟を提起してきた。

(シャネルが再販業者ワット・ゴーズ・アラウンド・カムズ・アラウンド<WGACA>を訴えた裁判で、ニューヨークの裁判所は今年2月、WGACAに対し、シャネルへの400万ドルの賠償金の支払いを命じ、シャネルは大勝利を収めた。また現在、別の再販業者ザ・リアルリアルとの訴訟が係属中だ)

大手ブランドは知的財産権の保護に動く中で、リメークしたデザイナー服を手掛ける新進デザイナーと対立するようになっている/Christian Vierig/Getty Images
大手ブランドは知的財産権の保護に動く中で、リメークしたデザイナー服を手掛ける新進デザイナーと対立するようになっている/Christian Vierig/Getty Images

これまで小規模なアップサイクリングに対する注目度は低かったが、アップサイクリングはさらに広まりつつある。その要因として挙げられるのが、大きなロゴ入りのストリートウェアに対する需要の高まり、ビンテージ製品や売れ残り品の入手機会の拡大、さらに若いデザイナーの間で見られる持続可能な活動に対する欲求の高まりなどだ。

その結果、シャネルに加え、ルイ・ヴィトンやリーバイスといったブランドがアップサイクル業者を相手取り、商標権・著作権侵害訴訟を起こすケースが増えた。

ルイ・ヴィトンは2022年に、テキサス州でリメイクしたヴィトン製品を販売していた企業に対して起こした訴訟で、60万3000ドルの損害賠償と恒久的差し止め命令を勝ち取った。またリーバイスも昨年、フランスのブランド「コペルニ」に対して訴訟を起こした。リーバイスは、コペルニが使用しているポケットの縫い目や布製のタブがリーバイス製品と紛らわしいほど酷似していると主張する。

またリーバイスは、同社のジーンズを許可なくアップサイクルした商品に加え、このような類似品の販売が、消費者の混乱を招くリスクをさらに高めたと主張している。

英ファッションメディア「ビジネス・オブ・ファッション(BoF)」はルイ・ヴィトンとリーバイスにコメントを求めたが、回答は得られなかった。

アップサイクルはブランドの商標権を侵害するか

アップサイクルをめぐる多くの訴訟は、ブランド各社の商標権・著作権侵害に対する当然の懸念を反映しているが、同時に、商標権や著作権の保護と、より広範な持続可能性の目標が衝突する場合、この保護をどこまで拡大適用すべきかという疑問が生じる、と法律の専門家たちは指摘する。

ファッション法研究所のスカフィディ氏は「これは法律のグレーゾーンだ」とし、「ブランド各社には間違いなく法的根拠があるが、問題はその根拠がどれだけ強固であるかだ」と付け加えた。

一般的に、あるブランドが商品を販売すると、その商品は第三者による再販や再配布の対象となる。しかし、ファーストセール・ドクトリンや商標権の消尽と呼ばれるこの原則は、商品がリメイクされたり、装飾された場合には適用されない可能性がある、と複数の弁護士が指摘する。

ファッションブランドの法的主張はさまざまだが、突き詰めて言えば、第3者がブランドの貴重な知的財産権にただ乗りしていて、消費者の混乱を招く、プライマリーセールを損なう、慎重に構築されたブランドを毀損(きそん)もしくは希薄化するリスクがあるとの主張に行き着く/Jeremy Moeller/Getty Images
ファッションブランドの法的主張はさまざまだが、突き詰めて言えば、第3者がブランドの貴重な知的財産権にただ乗りしていて、消費者の混乱を招く、プライマリーセールを損なう、慎重に構築されたブランドを毀損(きそん)もしくは希薄化するリスクがあるとの主張に行き着く/Jeremy Moeller/Getty Images

アップサイクル業者は、ロゴのあからさまな使用を避けたり、リメイクした製品は参考にしたブランドの認可を受けておらず、そのブランドの関連商品でもないことを消費者に明示する(Jローガン・ホームはこの方法を採用した)などの予防策を講じることが可能だ。

しかし、たとえこのような予防策を講じても、ブランドからの著作権・商標権侵害の主張に対抗するには不十分な場合もある、と弁護士らは指摘する。

また企業の知的財産を保護する法的枠組みはすでに確立されているが、アップサイクリングの持続可能性の利益と、これらの法的枠組みとを比較検討すべきかについてはまだ検証がなされていない。

しかし、テキサスA&M大学の法学教授、アイリーン・カルボリ氏は、「我々が線形経済から循環経済への移行を望むなら、アップサイクルは必要だ」と主張し、さらに「知的財産法がアップサイクルやリサイクルを望む人々の妨げになっているのは誤りだ」と付け加えた。

シャネルは、高級ブランドの売れ残り品専門のリサイクル業者、ラトリエ・デ・マティエールと連携するなど、持続可能性の問題に細心の注意を払っているとしている。

シャネルは声明の中で「(アップサイクルは)我々が検討し続けているポジティブなトレンドであり、我々のブランドの権利の保護と、他者が自由に製品を生み出し、取引する権利とのバランスを取る必要性を常に意識している」とした上で、「ただし、シャネルのロゴが入った要素の使用が、単に我々の商標を無断で不正使用しているにすぎない場合もある(中略)そのような場合には、我々の権利を守るために適切と考える行動を取る」と付け加えた。

しかし、より広範な法的取り締まりの標的は、ロゴをあからさまに使用しているブランドだけではない。

バットシェバ・ヘイ氏 ファッション・トラスト・アワーズに参加したバットシェバ・ヘイ氏=24年4月9日、カリフォルニア州ビバリーヒルズ Monica Schipper/ Getty Images

バットシェバ・ヘイ氏は、ニューヨークでデザイナーとして名をはせる前は著作権専門の弁護士だった。そのため、インドから調達した売れ残りの生地で作った少量のドレスについて、大手商業ブランドから販売停止通告書を受け取った時にはショックを受けた。そのドレスには明確なロゴは入っていなかったが、ヘイ氏が使用したプリント柄は、ある大手ブランドのために作られたもので、同ブランドはそのプリント柄が他の場所で複製されることを望んでいなかった。

「クールなビンテージのフルーツ柄だと思っていたのに、実際にはどこかの安っぽい商業用のプリント柄だと分かり、屈辱的であると同時に恐怖を感じた」とヘイ氏は振り返る。

ヘイ氏は、時間と費用をかけて法廷で争うよりも、まだ売れていなかった3着のドレスを自身のウェブサイトから削除する道を選んだ。

アップサイクルの将来への影響

BoFが確認した、シャネルがホーン氏に送付した停止通告書のコピーによると、シャネルは、ホーン氏が同社のブランドを使用した製品の販売を停止しない場合、1マークあたり200万ドルの法定損害賠償、不正利得としてすべての利益の返還、同社の弁護士費用の支払いをホーン氏に求めるとしている。しかし、ホーン氏には、シャネルと法廷で争うだけの金銭的余裕はないという。

その代わり、ホーン氏は、ファッション業界の廃棄と過剰生産の問題に対処するための創造的方法を模索し続ける一方、自身のブランドの方向性の転換を検討しているという。将来の夢は、既存のブランドとの正式なコラボレーションによるアップサイクルコレクションの実現だ。

ホーン氏は「自分の使命は正しいと信じているが(中略)シャネルと争って破産するつもりはない」と述べた。

ファッション業界のウォッチャーたちは、最近、相次いでいる訴訟は、新たに出現したモデルに適用しようとするより広範な動きを反映していると指摘する。

プラダ、グッチ、リーバイスなど、一部の大手ブランドは、すでに独自のアップサイクルコレクションやアップサイクルプログラムに着手している。

リメイクブランド「E.L.V. デニム」を運営するアンナ・フォスター氏は、ガブリエラ・ハーストやジ・アウトネットなどの企業と連携し、過剰在庫のアップサイクルを支援している。最近、フォスター氏は、コラボレーションに興味のあるブランドと週に約1回のペースで話をしているが、業界の動きは遅いと主張する。

一方、政治の動きはファッション業界よりも速く、ブランド各社が解決すべきさまざまな課題を生み出している可能性がある。最近、消費者や政策立案者は、ファッション業界が膨大な量の廃棄物を生み出していることに気付きつつあり、欧州と米国では、古着や過剰在庫の処理に関するブランド各社の責任を重くする新たな規制を制定する動きが進行中だ。

ファッション法研究所のスカフィディ氏は、「我々はまさに転換点にあり、法廷での結果と、ソーシャルメディアの法廷での結果が異なる場合もある」とし、「その緊張こそが、真に解決されるべき問題だ」と付け加えた。

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