(CNN) ドナルド・トランプ氏は暴徒から復活者へと転身を遂げた。
共和党全国大会の初日、前大統領の政治観を決定づけていた国家のディストピア(反理想郷・暗黒世界)的衰退という強烈なイメージはほとんど聞かれなかった。
代わりに現れたのが神聖さの感覚だ。つまり数千人の共和党代表団に脈々と流れる奇跡への信仰と、13日にペンシルベニア州で起きた暗殺未遂事件であわや殺されそうになった党の英雄を神が救ってくださったという思いだ。
15日、ミルウォーキー州に集まった大勢のトランプ支持者は共和党のリーダーを称(たた)え、MAGA(「米国を再び偉大に」)運動のスーパーヒーローから聖人的な地位へと祀(まつ)り上げた。
トランプ氏は負傷した右耳にガーゼを当て、米プロバスケットボール(NBA)ミルウォーキー・バックスのホームアリーナのスタンド下に立っていた。その姿はまるでタイトル戦を前にリングに上がらんとするヘビーウェイト級ボクサーのようだ。同氏の顔が巨大スクリーンに突然現れ、会場から歓声が上がる。その後同氏はゆっくりとスポットライトへ歩み出した――ここぞという政治的瞬間に拳を突き上げ、ゆっくりとVIPボックス席へ登っていき、副大統領候補に指名したオハイオ州選出のJ・D・バンス上院議員に挨拶(あいさつ)した。観客に向かって演説こそしなかったが、「ありがとう」と何度もつぶやいていた。
ふだんトランプ氏の顔には怒り、憤り、冷笑が浮かんでいるが、15日の夜はいつもと違う表情をたたえていた。目に涙を浮かべているかのようにも見えた。いつもなら強さをアピールし、行く先々で場の空気を支配しようとする男は、図らずも哀愁と傷つきやすさを垣間見せた。幸運にもすんでのところで頭の向きを変えて命拾いし、すべてを受け入れた。そんな人物に似つかわしい表情だ。
「悪魔が銃を手に現れた」
支持者はずいぶん前からトランプ氏を神のような存在とみなし、同氏の選挙陣営も選挙広告にそうした謳(うた)い文句を織り込んできた。本人自身もポピュリスト(大衆迎合主義者)運動を先導する世俗的預言者という姿勢を取っていた。全米数百万人のトランプ支持者にとって、15日の夜は聖なる神と前大統領への信仰、そしてトランプ氏の使命が正当であることを検証する場に他ならなかった。
「13日、悪魔が銃を手にペンシルベニア州に現れた。だが米国の獅子は立ち上がり、雄たけびを上げた!」 サウスカロライナ州のティム・スコット上院議員は聖職者のような節回しで演説した。同議員をはじめ多くの登壇者が、神の啓示がトランプ氏を救った、今度は同氏が米国を救う番だと主張した。
サウスダコタ州のクリスティ・ノーム州知事も、かろうじて死を免れた前大統領を神格化した。「ドナルド・トランプ大統領が戦士であることは周知の事実だ。私が今まで出会った中でも一番タフな人物だ」と州知事は言い、「トランプ氏がこれまで経験してきたことを耐えられる人間は他にいない。評判を貶(おとし)められ、弾劾(だんがい)裁判にかけられ、破産させられかけた。不当に起訴もされた。だが先週、同氏はもっとも危険な場面においても直感的に立ち上がり、戦おうとした」
ジョージア州選出のマージョリー・テイラー・グリーン下院議員は――団結のメッセージから逸脱した数少ない登壇者の一人だが――「トランプ前大統領に手を差し伸べてくださった神に感謝する」と述べた。
前大統領の暗殺が未遂に終わり、米国の歴史を震撼(しんかん)させてきた想像を絶する政治的悲劇の繰り返しは避けられた。
トランプ氏の二つの顔
だがトランプ氏を救世主のようにみなす有権者がいる一方で、カルト的存在と見る意見もある。鼓舞されたと感じる者もいれば、煽動(せんどう)的だと感じる者もいる。半ば宗教的存在としてトランプ崇拝が起これば、根深い恐怖が生まれるだろう。以前から独裁者的な傾向や、再選を果たしたあかつきには政敵に復讐(ふくしゅう)する意思をあからさまにしていたことを考えれば当然だ。そうした脅威は、先日連邦最高裁が大統領の免責範囲を拡大する判断を下したことで信憑(しんぴょう)性を増している。
こうした第45代大統領をめぐる埋められない意見の隔たりは、米国内に深まりつつある政治的分断を如実に物語っている。したがって団結と政治的文言のトーンダウンを訴える声は、歓迎すべきものではあるものの、長くは続かないだろう。
結局のところ、大統領選共和党指名候補を承認する党大会でのトランプ氏の勝ち誇った姿は、2020年大統領選挙で敗れた後、米国の民主主義を打ち壊して権力の座に居座ろうとした人物が正式に容認されたことを意味する。21年1月6日にワシントンに暴徒を呼び集め、「死に物狂いで戦え」と支持者に命じた、まさにその人物だ。その後暴徒は連邦議会を襲撃し、警察を殴り、ジョー・バイデン大統領の勝利確定を阻止しようとした。
このように、トランプ氏に対しては物騒で好戦的な側面がある。それもあって大勢の米国民が、今後は二極化した国の融和に努めるというトランプ氏の約束を鵜呑み(うのみ)にできずにいる。
14日、トランプ氏はニュースメディア「ワシントン・エグザミナー」とのインタビューで、銃撃で一命をとりとめた後、これまでとは見方が変わったと強調し、社会的・文化的・人種的分断を利用する政治的手法は断念する姿勢を示した。「今こそ国全体が、さらには世界全体がひとつになるチャンスだ」
トランプ政権時代、国家の危機的瞬間を迎えると、評論家たちはトランプ氏が心を入れ替え、「方向転換して」大統領らしくなったと断言することが度々あった。だが前大統領は、1960年以来もっとも激しい有害な政治文化を生むことに一役買った。13日の暗殺未遂をはじめとする政治的暴力の責任は、こうした有害な政治文化にあると大勢の政界リーダーが非難している。
実際には変わっていないことが証明されるまで、有権者はトランプ氏の発するありとあらゆる抑制の効いた物言いを聞き入れる可能性がある。ペンシルベニア州で起きた事件の恐ろしさを考慮すれば、それも無理はない。トランプ氏は九死に一生を得たが、集会に参加していたコリー・コンペラトーレさん――家庭を持つ父親で、釣りが好きな消防隊員――は身を挺(てい)して家族を守り、亡くなった。
悪癖は抜けない
15日、共和党全国大会の登壇者は、ほぼ全員が通達を受けていた。それははびこる犯罪と移民の侵入、極左思想の襲撃によって国が包囲されているというこれまでトランプ氏が打ち出してきた図式ではなく、団結と共生というゴールデンタイムにふさわしいイメージを求める内容だった。黒人や女性の共和党議員が次々と演説する中、同党は極めて多様性に満ちた政党だという、やや誤解を招く見解が提示されていた。
共和党の情報筋によると、党大会の演説を作成したスピーチライターは、主要登壇者向けに事前に準備した原稿を白紙に戻し、ゼロから書き直したそうだ。唯一人、不協和音を鳴らしたのがウィスコンシン州選出のロン・ジョンソン上院議員だった。テレプロンプターには予定していた演説原稿がそのまま映し出され、同議員は涙ながらに「今日の民主党の公約、民主党の政策は、米国に、我が国の制度や価値観、人民に、明白かつ切迫した危険をもたらしている」と続けた。
だが早くも、暗殺未遂後に共和党が打ち出した明るい側面はここまでだという徴候もいくつか見られている。
トランプ氏から副大統領候補に選出されたバンス氏は、MAGAの中でもとくに激しい物言いをする人物だ。民主・共和両党の政治家がトラウマを負った国の沈静化を図る中、オハイオ州選出の上院議員はもっとも場違いな部類の発言で13日の銃撃事件に反応した。「ドナルド・トランプ大統領は独裁的なファシストで、あらゆる犠牲を払ってでも止めなければいけないというのがバイデン陣営の公約の中核だ」とバンス氏はX(旧ツィッター)に投稿した。「そうした物言いこそが、トランプ大統領の暗殺未遂に直接つながった」
暗殺未遂を別にすれば、トランプ氏は順風満帆な状態で党大会を迎えた。大半の世論調査でリードし、激戦州でも好位置につけている。先月の討論会でバイデン氏がお粗末な出来だったことも幸いした。
15日にはもうひとつ劇的勝利を迎えた。ジャック・スミス特別捜査官が進めていた機密文書の不適切な扱いを巡る裁判を、フロリダ州のアイリーン・キャノン判事が棄却したのだ。これでトランプ氏は、ニューヨーク州の口止め料裁判での有罪評決を除き、法の統治を逸脱した複数の容疑に対して責任を一切問われない可能性が現実味を帯びてきた。
責任を追及する民主主義の重要機関に対するトランプ氏や盟友らの反応は、相変わらず誤解を招く内容で、怒りにまかせた有害なものだった。
トランプ氏は自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」に、「13日の恐ろしい一件の後、我々が国民の団結に動きだした中で、フロリダ州の違法な起訴が棄却されたことは始まりの一歩に過ぎない。1月6日のワシントンDCでのでっち上げをはじめ、あらゆる魔女狩り裁判が今後すみやかに棄却されるだろう」と投稿した。「こうした政治的攻撃はいずれも民主党率いる司法省の差し金だ。それらは選挙介入を目的とした一つの陰謀であり、ジョー・バイデンの政敵を標的にしている。すなわち私だ」
議会内でも指折りのトランプ支持者であるニューヨーク州選出のエリス・ステファニク下院議員は、司法省が「憲法の粉砕」を図っていると非難した。
こうした物言いには、共和党の一部からの見解が表れている。彼らによれば国家の結束が可能なのは、トランプ氏が何の制約も課されず、言動に対するいかなる司法措置からも守られた状態で政権を手渡された場合のみとなる。
トランプ氏は変化とトーンダウンを約束しているが、悪い習慣はなかなか抜けないものだ。
暗殺未遂事件の後、政治的にも人生においても新たなチャンスを得たトランプ氏だが、それをどう活用するかは今週以降明らかになるだろう。
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本稿はCNNのスティーブン・コリンソン記者による分析記事です。