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香港の「死の空間」 斜面に密集する墓を写真家が捉える

Finbarr Fallon

香港の丘の斜面に延々と続く墓石の列。漢字の刻まれた灰色の石が一面に広がる中、目に入る緑はわずかだ。

これらの斜面には数千人の香港市民が、もしくはその遺骨が眠っている。

写真家のフィンバー・ファロン氏は新作「Dead Space(原題)」を撮るために市内のほぼ全ての墓地を訪れ、密集した墓や、それを取り囲む丘陵地の光景をとらえた。

中でも印象的な作品では、前景の墓地に小さな長方形の墓石が整然と並ぶ一方、背後には高層ビルがそびえている。

「生者と死者の関係をひとつの構図の中に描き出そうとした」。ファロン氏はそう説明する。撮影には望遠レンズを使い、前景と背景を圧縮して平面的な効果を生み出した。

ドローン(無人機)を駆使した空撮も行い、墓地の規模を示すのに役立てた。一部の写真では、急斜面を登る参拝者が墓石の海に漂う粒のように見える。

ファロン氏はシンガポール在住。香港での休暇中に湾仔(ワンチャイ)の墓地を目にしたことがきっかけでプロジェクトに着手した。物理空間の制約が人間の生死のあり方を規定する点に魅了され、続く5年間でたびたび香港を訪問し、「変容する死の文化」を写真に収めた。

不足する埋葬場所

ファロン氏の出身国の英国では、墓地は平坦(へいたん)で緑に囲まれ、広々としていることが多い。まるで手入れの行き届いた庭のようだという。一方、香港では死者の状況は生者の現実を反映し、過密状態の中で空間争いが繰り広げられている。

香港には750万人が暮らす。住宅事情は世界最悪水準で、家や土地の価格が高騰。場合によっては生きている間だけでなく、死後も家探しの苦労が続く。

私有墓地の永代区画は現在、カタログ価格にして28万香港ドル(約384万円)。老いと死を研究する香港大のエイミー・チョウ准教授によると、売値はその4倍近くに達する場合もある。公営墓地の区画はもう少し安いが、既にほぼ全ての永代墓が埋まっており、残るのは6年後の掘り起こしが義務づけられる再利用区画だけだ。

香港市民の大多数は今では火葬を選んでいる。しかしその場合でさえ、納骨堂に場所を確保するのは至難の業で、1~2口の骨壺を置くのがやっとの場所に数千家族が順番待ちをする状況だ。7年待ってやっと空きが出ることもあるという。

ファロン氏の写真の雰囲気や色調は、死を巡る香港の不安を映し出しているように見える。抑えた色合いに霞(かすみ)がかかり、ほとんどメランコリックと言ってもよい。撮影には意図的に曇りの日を選び、全体の美学が「目の前の主題に調和する」よう心がけた。

ファロン氏によると、空間が枯渇しつつあるのはシンガポールでも同様だ。シンガポール政府は古い墓地の上に高速道路や新築住宅の建設を進めており、多くの墓で掘り起こしが行われている。

変容する伝統と信仰

バーチャル墓地の発明や火葬人気の拡大は、香港やシンガポール、東京といった大都市で死を巡る文化が変容しつつあることの表れだ。しかしスペースの減少によって、「清明節」のような伝統的な信仰と風習は脅威にさらされるかもしれない。清明節は「お墓掃除の日」とも呼ばれる中国の祭日で、当日は先祖の墓参りに訪れる人の姿が見られる。

ファロン氏は「多くのアジア文化ではこうした儀式を行っている」「しかし未来に目を向ければ、都市部は死者との付き合い方に大きな変化を受け入れざるを得ないと思う」と話す。

東アジアの文化の中では、こうした儀式が大きな重要性を持ちうる。親への敬意と思いやりを説く儒教的美徳が重視されているためだ。

チョウ氏は「先祖の永眠の地を見つけることは、尊敬の念や親孝行を示す方法のひとつだ」と指摘。亡くなった家族の場所を墓地や納骨堂に確保できない場合、罪悪感や恥の感情につながる可能性もあると示唆する。

墓地がどのようにして山の地形に成形されたのかに興味があるという/Finbarr Fallon
墓地がどのようにして山の地形に成形されたのかに興味があるという/Finbarr Fallon

中国文化では長年の信仰として、良い風水のためには死者を海に面した山に埋葬すべきとの考え方もある。香港ではこうした場所の入手や購入はほぼ不可能で、一部の市民は伝統に反して自宅に遺灰を保管している状況だ。

こうした家族はその方が便利だと思っているのかもしれない、とチョウ氏は語る。墓地に行かなくても好きな時に供養できるためだ。スペース不足が死を巡る「文化を変えつつある」ことの一例だという。

「以前は(人々は)眺めの良い大きな家に住みたがっていた」「しかしそれは不可能だ。(そのため)少なくとも何とか家はある、という考え方になる。この種の姿勢は死後の場所への期待も形成する。生きる場所がこういう状況だと、死後の場所に関しても諦め気味になってしまう」(チョウ氏)

ファロン氏は作品を通じこうした文化の変容を掘り下げたい考えだが、一方で香港の墓地には審美的な魅力もあった。建築写真家の1人として、その「空間的な類型」に引きつけられたという。

「この建築手法では、壮大なコンクリートの階段をつくり出すことで風景を縁取っている」「建築の形態として・・・既存の地形はこれらの段を通じて表現される。こうした段を個人として体験するのは本当に興味深い」

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