「ウクライナの死海」と呼ばれるレムリア湖。写真家のイェウヘン・サムチェンコ氏がドローン(無人機)撮影したレムリア湖の写真は、超現実的で、まるで別世界のような質感を帯びている。藻類によってピンク色に染まった水面に、白い塩の堆積(たいせき)物がしま模様を描く海岸線。2人の小さな人間の姿とその近くにある車がなければ、その水域は抽象絵画と見まごうばかりだ。
「風景の大きさを伝えたかった。極めて小さな人間の姿を見れば、この場所がいかに大きいかが分かる」。ウクライナの都市オデーサの自宅から通訳者を介したビデオ通話で、サムチェンコ氏はこう語ったうえで、次のように述べた。「この写真を見る人たちには、自分たちもこの小さな人間と同じような存在であると認識してもらいたい。写真の中に彼らを招き入れたいと思っている」
ウクライナの美しい自然を伝えるというサムチェンコ氏の使命は、2月にロシアが開始したウクライナへの全面的な侵攻を受け、新たな緊急性を帯びている。サムチェンコ氏は「White Car & Two People(白い車と2人)」と題したこの写真を2019年に撮影した。その後、レムリア湖があるヘルソン州の一部はロシア軍に占領されている。
サムチェンコ氏は、レムリア湖を訪れた時のことをこう振り返る。「大変な悪路」を通ってしかたどり着けず、観光インフラもほとんどなかったが、そこは平和な場所だった。また、写真に写る2人はサムチェンコ氏の写真家仲間だが、向かい合って立っていたのはポーズを取ったのではなく、自発的なものだったという。
レムリア湖を写したサムチェンコ氏の作品は、複数の主要な写真コンテストで高い評価を得た/Yevhen Samuchenko
「White Car & Two People」は、権威ある写真コンテスト「アースフォト2022」の最終候補作品に選ばれた。また、レムリア湖を撮影したシリーズ作品「At the Pink Planet(ピンクの惑星にて)」は、写真コンテスト「ソニー・ワールド・フォトグラフィー・アワーズ」と「トラベル・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」でそれぞれ高く評価された。
「私の最前線」
サムチェンコ氏は最近、自身のドローンをウクライナ軍に寄贈したため、現在は写真家としての活動はできないと語っている。だが、同情的な同盟国の支援が戦局を左右し得るこの戦争において、同氏は自分の作品が人の心に訴えかけることで、この戦いに貢献することを望んでいる。「これが私の最前線だ」とサムチェンコ氏は主張する。
今夏には、ミコライウ州やジトーミル州など戦争によって荒廃した地域の写真も含め、150点近くを収録した写真集「ウクライナの美」を出版した。2年の歳月をかけて撮影された作品を収めたこの写真集は、ウクライナの広大で変化に富んだ地形を、自然と人工的な景観の両面から捉えたものとなっている。
同氏が撮影したレムリア湖の写真のように、絵画的な写真からは隠れた対称性、模様、形状があらわになっている。渓谷、河川敷、森林、農地は色彩にあふれ、上空から見ると超現実的な新しい美しさを帯びている。
サムチェンコ氏の写真集には、広大かつ多様なウクライナの風景が収められている/Yevhen Samuchenko
戦争が始まった時、サムチェンコ氏の写真集は既に制作が開始されていた。作品解説を書いた作家のルシア・ボンダー氏によると、撮影された場所のいくつかはその後、戦争による被害を受けたという。
「この恐ろしい戦争によって自然さえも苦痛を味わっている」とボンダー氏。「今、ウクライナの別の側面を世界に示すことは非常に重要だ。毎日、全世界の人々が、画面越しにリアルタイムで一連のドラマチックな映像を見ている。人々は痛みと涙を目の当たりにしている……。この写真集ではウクライナのもうひとつの側面、つまり、ウクライナの人々、生活、そして純粋な美しさを知ることができる」