誕生からおよそ100年が経過したエアコン。しかし、誕生以来ほとんど進化しておらず、基本的には発明された時と全く同じだ。
とはいえ、エアコンのおかげでわれわれの生活は変わった。エアコンがなければ暑すぎて生活できない場所でも生活できるようになった。またエアコンは、制御された気温や湿度に依存する事業や技術にとっても必要不可欠であり、この記事を読者の端末に配信しているインターネットサーバーはその最たる例だ。
しかし、エアコンの使用は犠牲を伴う。国際エネルギー機関(IEA)によると、空気の冷却のために世界の電力消費の1割が使われている。世界の温暖化が進むと、特に発展途上国でエアコンの需要がさらに増える。そうすると、冷房機器が気候に与える影響が高まり、地球温暖化がさらに進むという悪循環が生まれる。
今後も既存の冷房技術を維持するのは不可能だ。そこで、インド政府と米国の非営利環境研究組織ロッキーマウンテン研究所(RMI)などが連携し、次世代の空気冷却システムの設計を目的とした優勝賞金100万ドル(約1億円)のコンテスト「世界冷房技術賞」を立ち上げた。
世界冷房技術賞
今日、全世界で設置されているルームエアコンの総台数は12億台に上るが、RMIの報告書によると、その数は2050年までに45億台に急増するという。同報告書を共同執筆したRMIのマネジングディレクター、イアン・キャンベル氏は、「(エアコンの急増は)電力需要に甚大な影響を与える」と警告する。
世界冷房技術賞は、参加するための具体的な指針を定めている。参加者に与えられた課題は、気候への影響を今日一般に利用されている冷房装置の5分の1に抑えること、つまり、将来予想される冷房の需要増が環境に与える影響の緩和に資する冷房装置の設計だ。
この冷房効率の向上を可能にするために、設計案の価格が既存のエアコンを上回ることが許された(ただし、エアコン価格の2倍未満)。値段が上がった分は、理論上は、電気代の安さで相殺される。「ある技術の価格が2倍でも、電力消費量が4分の1なら、約2年半で元が取れる」とキャンベル氏は言う。
また参加者は、さらに7つのルールに従う必要があった。このルールは、燃料の燃焼や熱絶縁の制限もあるが、その大半は水やレアメタルの過剰な使用など、キャンベル氏の言う「意図しない結果」を避けるためのものだ。
審査団に選ばれた8組のファイナリストは、今後、実際に機能する試作品の製作に取り掛かる。試作品は、研究所だけでなく、デリーにあるアパートの実際に人が住んでいる条件下でテストされる。
建物の外に設置された室外機=ニューデリー/ROBERTO SCHMIDT via Getty Images
キャンベル氏は、「真夏のデリーで60日間のテストを行う」とし、さらに次のように続けた。「インドは向こう30年間に世界最大のエアコン市場になる。現在、インド国内のエアコンの設置台数は1400万台に満たないが、2050年までに10億台ほどに達するだろう。それを実現させるには、インドの電力系統の規模を現在の倍にする必要がある」
ファイナリストたち
このコンテストには95カ国から2100人以上が参加した。全139チームの中から選ばれたファイナリスト8チームに、試作品の製作費と、2020年夏にテストが実施されるインドへの輸送費として20万ドルが授与された。
ファイナリストにはインドから3チーム、米国から3チーム、英国と中国からそれぞれ1チームが選ばれた。キャンベル氏によると、ファイナリスト8チームの内訳は、大手メーカー3社、最先端技術を持つ大学1校、そして、より少人数の4つのグループだという。
ファイナリストたちの設計案には、蒸気圧縮から蒸発冷却まで、幅広い技術が使われている。英ケンブリッジ大学から独立した新興企業バロカルは、時間の経過とともに漏出する恐れのある従来の液体の冷却材の代わりに固体の冷却技術を使用している。また、米テキサスの化学工業会社クラトンの設計案は、拡張性を広げ、手頃な価格で提供できるようにするために、エアコンの主要な機械部品であるコンプレッサー(圧縮機)を完全に排除し、水のみを使用する。
インド・ジャッジャルの工場で作られるエアコン/SAJJAD HUSSAIN via Getty Image
また他のチームは、温度と湿度を同時に制御する機能など、既存のエアコンにない機能に焦点を当てている。米国の新興企業M2サーマルソリューションズの設計案は、室内の気温と湿度の同時設定が可能だ。
今後の課題
2020年11月に発表される優勝チームには、賞金100万ドルが授与される。しかし、本当の挑戦が始まるのはそこからだ。既存のエアコンを新技術に取り換える必要があると世界を説得する必要がある。
室外機が並んだ建物=中国・福建省/VCG/Getty Images AsiaPac/VCG via Getty Imagestty Images
クラトンの上級副社長、ヴィジャイ・メター氏は「既存のエアコン業界の市場規模は1000億ドル以上に上り、さらに製造から販売、アフターサービスまで安定したバリューチェーンを有する」とし、さらに「どんな新設計でも、顧客が採用する際の障壁を最小限に抑え、さらに(エアコン業界と)同様のサプライチェーンを確立する必要がある」と付け加えた。
バロカルとケンブリッジ大学に在籍するシャビエル・モヤ氏は、主な課題は、価格ではなく性能や気候への影響に基づいてエアコンを購入するよう人々を説得することだと指摘する。
モヤ氏は、「環境的に維持できないデザインの販売を徐々に減らしていくことも、消費者の認識を変える一助になるかもしれない」と付け加えた。