英国でSF作家H・G・ウェルズの死後75年に合わせて発行された記念硬貨に幾つものミスがあるとして、ファンの批判が噴出している。中でも「宇宙戦争」に登場する3脚の「トライポッド」には、脚が4本付いていた。
ウェルズ記念の2ポンド硬貨は、代表作の「宇宙戦争」と「透明人間」の登場キャラクターをあしらったデザイン。4日に発表した英王立造幣局は、「背筋が凍るようなデザイン」と形容していた。
だがファンの背筋を凍らせたのはこの硬貨の不正確さだった。トライポッドは火星人が使う戦争マシン。その名の通り、脚は3本しかない。
H・G・ウェルズ・ソサイエティのアダム・ロバーツ副代表は「ウェルズの記念品を見られるのは心からうれしい。ウェルズファンの多くはそう感じると思う」と語る。
スピーチをするH・G・ウェルズ=1944年/Erich Auerbach/Hulton Archive/Getty Images
一方で、両作品の知名度やSFやポップカルチャーに与えた影響力を考えると「造幣局がこの硬貨に関してこれほど初歩的なミスを犯したことに少々驚いた」と戸惑いを隠さない。
アーティストのホリー・ハンフリーズはツイッターで「数の数え方、分かってる? 『tri』という接頭語の意味、分かってる?」と皮肉った。
「透明人間」に出てくる科学者グリフィンがシルクハットをかぶった姿もファンを失望させた。
ロバーツ氏はグリフィンについて「ジェントルマンではないのでシルクハットは着けない」と嘆き、「意識的にかどうかわからないがデザイナーはDCコミックスの影響を受けているのではないか」と疑問を呈した。
ロバーツ氏によると、硬貨の縁に刻まれた「GOOD BOOKS ARE THE WAREHOUSES OF IDEAS(良書はアイデアの宝庫)」という文字も、インターネットでは時としてウェルズの言葉として引用されているが、実際にはウェルズの発言ではないという。
造幣局はCNNに「硬貨は『宇宙戦争』や『透明人間』に出てくる様々な機械に対するアーティストの解釈を描いている」とコメントしてデザインを擁護したものの、文言の批判には特に回答しなかった。
硬貨のデザインを手がけたクリス・コステロ氏は、ウェルズ作品のイメージを現代人に合わせて意図的に解釈し直したと主張、「『宇宙戦争』のキャラクターはこれまで数多く描かれてきた。だから私は何かオリジナルで現代的なものを創出したかった」と話している。
「私のデザインはこの本に登場する様々な機械からインスピレーションを受けている。トライポッドや5つの脚と多くの付属物を持つハンドリングマシンなどだ。最終的なデザインは、多くのストーリーを1つの形に統合した複合物であり、H・G・ウェル(原文まま)のすべての作品を象徴し、硬貨のユニークなキャンバスにぴったりだ」(コステロ氏)
2017年に「宇宙戦争」の続編を書いたSF作家のスティーブン・バクスター氏は「ウェルズはこの硬貨のアイデアを喜ぶと思う。喜ばない人がいるだろうか。だが、この間違いはきっと彼を怒らせただろう」と話す。同氏の続編はウェルズの遺族も認めている。
「誰しも透明人間を間違えるはずがないと思うだろう。彼は本の中でシルクハットをかぶったことは一度もなかった」
「だがそれよりまずいのは、(トライポッドの)脚が固い棒ではなく、生きているような軟らかいものであるべきだった点だ。ウェルズはこれに異議を唱えるだろう。新聞の連載初期に描かれた固い脚の機械の絵を彼は手厳しく批判するのだから」とバクスター氏は言い添えた。
ウェルズは英国で最も称賛を集める作家の一人で、SFというジャンルを切り開いた人物として広く認知されている。
1898年初版の「宇宙戦争」は彼の作品で最も後世に名を残す作品だろう。この作品に科学者は触発され、ロバート・H・ゴダードは世界で初めて液体燃料のロケットを作り出した。また、トム・クルーズが主演した2005年のスティーブン・スピルバーグ監督の同名映画を含め数多くの映画やテレビ番組の原作となっている。
記念硬貨で誤りが指摘された事例は他にもある。2013年にはアイルランド中央銀行が小説「ユリシーズ」の著者ジェームズ・ジョイスの記念硬貨で、言葉の引用でミスをして謝罪している。