(CNN) 現代の豊かな社会において、平均余命の推移はただ一方向、すなわち上昇する以外ないように思われる。しかし、米国ではそうなっていない。2010年代は米国史上で初めて、平均余命が上昇しない10年間となった。連邦政府が包括的な死亡統計を取り始めた1900年以来、なかったことだ。続けて新型コロナウイルスが出現した。
リチャード・ジャクソン氏
米疾病対策センター(CDC)によると、米国の平均余命は2020年、1年半低下した。1年間の下げ幅としては第2次世界大戦以降で群を抜く落ち込みとなる。黒人とヒスパニックではさらに悪い結果が出ている。
よいニュースは、パンデミック(世界的大流行)に関連する大規模な平均余命の縮小がほぼ確実に一時的なものにとどまるとみられることだ。新型コロナにより悲劇的な形で命が失われたのは紛れもない事実だが、毎年同じペースで死者が出ない限り、平均余命への悪影響は今後薄れていくだろう。悪いニュースは、パンデミック前からすでに平均余命を圧迫していた健康面でのよからぬ傾向が、感染の収束後も引き続き長期間、寿命を押し下げる可能性があるということだ。
ここで扱っている病気の増加は、生活スタイルに関連した健康状態や行動と結びつく。とりわけ肥満と、薬物の乱用だ。それから心疾患や糖尿病、アルコール性肝疾患、処方鎮痛剤「オピオイド」の過剰服用などが引き起こす早死にの増加も該当する。
新型コロナで苦しむ人が高齢者に偏っていたのと異なり、上記の健康状態や行動で苦しむのはたいてい若者や中年層だ。彼らが死亡すれば、生きられたはずの年数はより多くなる。また新型コロナとは異なり、現時点で誰も上記の病気と戦うワクチンを開発していない。米国の健康危機を乗り切るには大規模な教育キャンペーンが求められるほか、改革によって医療システムへのアクセスを改善することも必要になるだろう。より広範な経済改革を通じた貧困と格差の解消も求められるかもしれない。
ここで我々は問題の核心にたどり着く。それは米国の平均余命の全体的な数字からはわからない、大きく異なる結果が個々の社会経済的立場により生じているという点だ。災難に直面するとき、多くの米国人はこう言いたがる。「皆が大変なんだ」。しかし平均余命についていえば、これは事実ではない。平均余命は、より裕福でより質の高い教育を受けている米国人の間では依然として上昇している一方、そうでない人々の間で低下している。米国は国家としてすでに深い分断を複数生じさせた。ここへきて、そこに別の分断が加わろうとしているのが実情だ。
平均余命に表れる差異はすさまじい。米国科学アカデミーは2015年の研究で、1960年に生まれた50歳の男性の平均余命について、五分位階級別の所得分布で最上位にいる人々が最下位にいる人々よりも約13年長いことを突き止めた。同年生まれの女性ではその差は約14年だった。
「絶望死のアメリカ 資本主義がめざすべきもの」の著者、アン・ケース氏とアンガス・ディートン氏が行った2021年の研究によれば、大学教育を受けた米国人の平均余命は過去20年間伸び続けたが、大学教育を受けていない米国人では10年以降低下している。これは人口全体でみられる現象で、男性と女性の両方、また黒人と白人のどちらにも当てはまる。
そう遠くない昔、米国は裕福な世界において長寿のトップを走る国々の中にいた。現在はすっかり上位から引き離され、出生時平均余命を経済協力開発機構(OECD)加盟の高所得国で比較するとハンガリー、ポーランド、バルト三国を除くどの国よりも低い。
米国が平均余命の順位を滑り落ちた最も重要な理由は、国民の健康悪化だ。17年時点で米国の肥満率はOECDで3番目に高かった(より高いのはメキシコとチリのみ)で糖尿病も3番目に高かった(より高いのはメキシコとトルコのみ)。薬物乱用についていえば、米国のオピオイド関連の死亡率は16年時点でOECD最高なだけでなく、カナダとエストニアを除くすべての国々の少なくとも2倍に達していた。
米国はたいていの場合、差し迫った脅威には素早く反応する。真珠湾攻撃や9・11米同時多発テロがそうだったし、どれだけ不完全だろうと新型コロナにも迅速に対応した。ところがじわじわ訪れる危機にはなかなか行動を起こせない。そうした危機がもたらす被害は何年も、ことによると何十年も経たなければ明らかにならないが、やはりまったく同じように国の未来を脅かす恐れがある。
多くの米国人を苦しめる健康危機の増大に立ち向かうには、広範囲にわたる改革が必須となるだろう。大規模な教育キャンペーンを展開し、行政と民間のあらゆるレベルを巻き込んで、破壊的な生活習慣行動がもたらすリスクへの認識を高めなくてはならない。喫煙に対しては、この取り組みが1960年代初頭に機能した。現在であれば、肥満と薬物乱用で同じ効果が得られる可能性がある。とはいえ、教育さえしておけば十分という話にはなりそうもない。
成功を収めるには、複数の改革によって医療システムに対する現状のアクセスの不公平を是正する必要があるだろう。とりわけプライマリーケア(初期診療)と予防的サービスについてはそうだ。より広範な経済改革も必要になるかもしれない。それらを通じて現行の米国における健康余命及び平均余命の差異を生み出す根本原因に対処する。そうした原因は、少なくとも部分的には高い貧困率と広がる所得格差、中間層の空洞化といった事象の中に見出せる。
この困難を乗り切れなければ、個々人とその家族が払う代償、政府予算にのしかかるコスト、経済全体が被る損失は、引き続き膨れ上がるだろう。しかし、何よりも大きな損害は社会の結束が失われることかもしれない。仮に米国人が長寿の人と短命の人の2通りに分かれてしまうとしたら、そうした事態が現実のものとなる。
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リチャード・ジャクソン氏は米バージニア州アレクサンドリアにある非営利の研究教育団体、グローバル・エイジング・インスティテュート(GAI)の会長。記事はGAIとザ・テリー・グループが共同発表した米国人の寿命に関する報告に基づく。記事の内容はジャクソン氏個人の見解です。