ANALYSIS

追い詰められたプーチン氏、時計の針の音は増すばかり

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ロシアによるウクライナ4州併合の協定署名式典で演説するプーチン大統領=9月30日/Grigory Sysoev/Sputnik via AP

ロシアによるウクライナ4州併合の協定署名式典で演説するプーチン大統領=9月30日/Grigory Sysoev/Sputnik via AP

(CNN) ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に時間切れが迫っている。本人もそれを承知だ。

その一方で、プーチン氏の大言壮語はなおも続いている。先月30日にはウクライナ領土の併合を発表し、ルハンスク、ドネツク、ザポリージャ、ヘルソンが「永久に」ロシアの一部だと宣言した。勝利を主張し、わずかばかりの成果を固め、平和を求めようと急ぐプーチン氏だが、モスクワでの祝典とはうらはらに、政治的に危険なつけをためている。

同氏はウクライナに即時「停戦」し、「交渉の席につくよう」求めつつ、こうも付け加えた。「人民の選択に関して交渉するつもりはない。すでに選択は行われた。ロシアはこれを裏切らない」

本人は必死で隠そうとしているが、ウクライナの戦争でロシアは負けつつある。その不吉な予兆は既にあらわれている。

ロシア政府の支援で設立されたモスクワのシンクタンク「ロシア国際問題評議会」を運営するアンドレイ・コルトゥノフ氏の目にも、それは明らかだ。「プーチン大統領は、可能な限り迅速にすべてを終わりにしたがっている」と同氏はCNNに語った。

プーチン氏が先日発表した30万人の強引な動員をもってしても、戦場での損失をすぐに取り戻すことはできないだろう。国内では反発が起き、政治的に危険なつけをためこむ状況が続く。

欧州連合(EU)、ジョージア、カザフスタンの公式データによると、「部分的動員」が発表されてから約22万人のロシア人が各国との国境を越えて脱出した。EU圏に入った数は6万6000人近くに上り、前週比30%以上の増加だという。

ロシアの独立メディアは、ソ連の国家保安委員会(KGB)の流れをくむロシア連邦保安局(FSB)の発表を引用し、これを上回る国外脱出者の数を報じた。それによれば、動員の発表から国外脱出した徴兵適齢の男性の数は26万1000人で、今回の戦争で戦った兵士数の推計16万~19万人よりも多いという。

CNNではこのロシア側の数字を確認することはできない。ただ、ジョージアとの国境へ向かう40キロの車列や、カザフスタンやフィンランドへ越境を試みる長い行列が国内の反動を物語っている。ロシアの世論を読むことで知られたプーチン氏が、その才能を失いつつあるという認識も強まっている。

プーチン氏は窮地に追い込まれ、時計の針の音が鳴り響いている。

コルトゥノフ氏はロシア政府の内情はわからないとした上で、戦争での甚大な代償や死者をめぐる国民感情に理解を示した。「大勢の人々が疑問を抱き始めている。なぜこんな混乱に陥ったのか。なぜこんなに大勢の命を失ったのか」

コルトゥノフ氏いわく、プーチン氏の理にかなった選択肢は勝利を宣言し、自分の思い通りの条件で幕を下ろすことだという。だがそれには、戦地での目覚ましい成果が必要だ。「ロシアが今年2月24日のスタート地点に逆戻りして、OK、ミッションは達成した、引き揚げよう、というわけにはいかない……国民に勝利として提示できる何かが必要だ」

見たところプーチン氏はこうした理屈にしたがって、ウクライナのルハンスク、ドネツク、ザポリージャ、ヘルソンの各州で行われた偽の住民投票を承認し、これらの地域をロシアの領土と宣言したようだ。

2014年のクリミア併合でも同じやり方だった。そして今、当時と同じように、ウクライナが西側の支援で併合地域を取り戻そうとすれば、核攻撃もありうると脅しをかけている。

和平への準備をしている?

西側諸国の首脳はプーチン氏と瀬戸際外交を繰り広げている。先月24日、米国のジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)はNBCの番組『ミート・ザ・プレス』に出演し、ロシアがウクライナに対して核兵器を展開すれば、米国政府は厳しく対応するとの意向を示し、ロシアは「壊滅的な結果」を招くことになるとロシア政府に警告した。

各国首脳は、併合された地域をロシア領土とは認めないとも宣言している。

米国のジョー・バイデン大統領は、ロシアの行動には「何の正当性もない」とした上で、米国政府は今後も「国際的に承認されたウクライナの国境を尊重する」と付け加えた。EUも、ロシア政府の「違法な併合」を「決して」承認しないとし、ロシア側の措置は「ウクライナの独立、主権、領土保全をさらに侵す行為」だと述べた。

プーチン氏の行動に変わったところはほとんどないが、少なくとも、最近の行動で同氏の動きが以前より予測しやすく、容易に分析できるようになった。

ドナルド・トランプ前大統領の下で北大西洋条約機構(NATO)大使とウクライナ特使を務めたカート・ボルカー氏は、プーチン氏が平和に向けて準備を進めているのではないかと考えている。「同氏は核兵器をちらつかせ、欧州にあらゆる脅しをかけて、その上でこう持ちかけるつもりに違いない。『OK、和平交渉をしよう。ただ、すでに私が手に入れた物は渡さない』と」

3人の米大統領に対ロシア国家安全保障で助言をしてきたフィオナ・ヒル氏も、プーチン氏が幕引きを試みているのではと考えている。「プーチン氏は勢いを失っていることを痛切に感じている。そして今、戦争を始めた時と同じやり方で戦争から身を引こうとしている。自分が統括する立場にあり、どんな交渉であれ全体の条件を定めるのは自分だという姿勢でだ」

こうした分析が正しければ、先月26日にバルト海で起きた不可解な事象も説明がつく。

デンマークとスウェーデンの地震学者は同日、海底付近で爆発の衝撃を観測した。最初は現地時間の午前2時ごろでマグニチュード(M)2.3、2度目は午後7時ごろでM2.1を記録した。

数時間のうちに泡立つ海面が発見され、デンマークとドイツは軍艦を派遣して現場の安全を確保。ノルウェーは石油や天然ガスの施設周辺の警備を強化した。

これまでのところ、ロシアのパイプライン「ノルドストリーム1」「ノルドストリーム2」の少なくとも4か所からガス漏れが発見された。いずれも海面はふつふつと煮え立つ釜のような様相を呈し、広いところでは最大1キロの範囲で、産業レベルの量の有毒な温室効果ガスを大気中にまき散らしている。

ノルドストリームからのガス漏れで泡立つ海面/Danish Defence Command/Forsvaret Ritzau Scanpix/Reuters
ノルドストリームからのガス漏れで泡立つ海面/Danish Defence Command/Forsvaret Ritzau Scanpix/Reuters

西側の情報機関関係者によれば、数日前にこの付近でロシア海軍の複数の船が欧州の安全保障当局によって目撃されている。NATOの最高意思決定機関である北大西洋理事会は事件について、「意図的で無謀、そして無責任な破壊行為」だと述べた。

ロシア側は関与を否定し、独自に調査を始めたと述べている。だが元米中央情報局(CIA)長官のジョン・ブレナン氏によれば、ロシアにはこの手の被害を起こす専門技術がある。「あらゆる痕跡が何らかの破壊行為を示している。パイプラインはせいぜい水深200フィート(約60メートル)前後で、ロシアは水中での能力を有していて、パイプライン付近に容易に爆発物を設置可能だ」

ブレナン氏の分析によれば、破壊行為の犯人である可能性が最も高いのはロシアだ。プーチン氏はメッセージを送ろうとしている可能性があり、「ロシアはウクライナの国境を越えられるという欧州へのシグナルだ。同氏が次に何を計画しているのかは誰にもわからない」とブレナン氏は語る。

ノルドストリーム2は運用開始に至らず、ノルドストリーム1はプーチン氏が供給量を削減している。一方で欧州はロシアからの供給を段階的に削減して別の供給先を模索しつつ、冬を前にガスの十分な備蓄を急いでいた。

ヒル氏によれば、ノルドストリームのパイプラインの破壊行為はプーチン氏が投げた最後の賽(さい)となるかもしれない。「ガス問題で後戻りはない。欧州は冬に向けてガス貯蔵量を増やし続けることはできないだろう。プーチン氏は今まさに、すべてを投げ打っている」

青い線がノルドストリーム1、赤い線がノルドストリーム2。デンマーク・ボーンホルム島付近の黄色の範囲で少なくとも4箇所のガス漏れが検知された/Source: Global Energy Monitor, Swedish Coast Guard, Maps4news/HERE Graphic:Henrik Pettersson and Priya Krishnakumar, CNN
青い線がノルドストリーム1、赤い線がノルドストリーム2。デンマーク・ボーンホルム島付近の黄色の範囲で少なくとも4箇所のガス漏れが検知された/Source: Global Energy Monitor, Swedish Coast Guard, Maps4news/HERE Graphic:Henrik Pettersson and Priya Krishnakumar, CNN

伸びきった補給線

プーチン氏の思考を加速させているもうひとつの要因は、おそらく冬の訪れだろう。ナポレオンもヒトラーもモスクワ攻略に失敗したが、その理由はウクライナ経由での補給線があまりにも長く、冬に困難を極めたためだ。ボルカー氏によれば、長年ロシアを救ってきたものが、今はプーチン氏の重荷になっているという。「今回、ウクライナにいる自軍を維持するために補給線が必要なのはロシアのほうだ。この冬、それは非常に困難なものになるだろう。こうした要因がすべてあわさり、プーチン氏の予定が急きょ前倒しになった」

ヒル氏の言葉を借りれば、要するに「今回の出来事は、ウクライナが地上戦で勢いを増し、プーチンが劣勢に追い込まれた結果だ。同氏はこうした状況への適応を図り、主導権を握って優位に立とうとしている」

実際のところプーチン氏の胸中は誰にもわからない。コルトゥノフ氏は、プーチン氏が自身の考える和平条件を超えて妥協するとは思えないと言う。「ゼレンスキー大統領が提示する条件や、西側が提示する条件は飲まないだろう……(もっとも)ある程度の柔軟性を見せる用意は必要だ。だが、それがどの程度のものになるかはわからない」

ヒル氏によれば、プーチン氏はウクライナではなく、バイデン大統領や同盟国との交渉を望んでいるという。「プーチン氏が言おうとしているのは基本的にこうだ。『あなた方は私と交渉し、平和を求める必要がある。それはすなわち、我々がウクライナの地で行ったことを認めるということだ』と」

プーチン氏はウクライナを支援する西側諸国の軍事的団結を前に失敗してきた。だが、和平条件をめぐっては西側同盟国を分裂させ、外交で西側の決意を試そうとしている。

ボルカー氏の予測では、プーチン氏はまずフランスとドイツに働きかけると思われる。「『我々はこの戦争を終わらせる必要があり、あらゆる代償を払い、あらゆる必要な手段を講じて自国領土を守る。あなた方はウクライナに対して和解するよう圧力をかける必要がある』と言ってくるだろう」

もしこれがプーチン氏の計画なら、これまでで最大の戦略的誤算となる可能性がある。西側諸国にはプーチン氏が権力に居座る状況を望む考えがほとんどなく、米国のロイド・オースティン国防長官も夏にそうした発言をしている。これまで受けた被害を考えれば、ウクライナを見捨てる考えがないのはなおさらだ。

自分が窮地に立たされていることをプーチン氏も分かっている。だが、残された余地がどれほど小さいかには気づいていないように見える。当然、それがもっとも気がかりな点だ――同氏は核の脅しを本気で実行するだろうか?

ウクライナでの戦争は新たな局面を迎えたようだ。プーチン氏は追い込まれた状態にあるかもしれないが、紛争が終わりを迎えるのはまだだいぶ先になりそうだ。

本稿はCNNのニック・ロバートソン記者の分析記事です。

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