見捨てられたウクライナ東部の町、残されたのは高齢者とペット
「私たちは全てに耐える」
中庭では10歳か11歳くらいの少女がさび付いたブランコを揺らし、きしむような金属音が響いていた。少女の表情はうつろだ。もう30分以上、ひたすらブランコを前後に揺らしている。
1年あまり前の戦争開始直後、ウクライナ当局は激戦地付近に住む人に避難を促した。
住民の多くは避難要請に応じたものの、高齢者や体の弱い人たち、貧困層はかたくなにとどまっている。政府は説得を試みるかもしれないが、強制退去させるほどの人員やリソースはない。
バフムートの北東にあるシベルシクには、無傷の建物はほとんど残っていない。表通りには飛来した砲弾による大きな穴が空き、水がいっぱいにたまっている。
集合住宅の入り口では、バレンティナさんと隣人(彼女の名前もニーナだった)が気分転換に新鮮な空気を吸っていた。向かいのビルの横にソ連時代の装甲兵員輸送車が停車しているが、2人が気に留める様子は無い。
ニーナさんとバレンティナさんは毎晩、ほぼ毎日のように、防空壕(ごう)を兼ねた地下室で身を寄せ合うことを余儀なくされている。ニーナさんの夫には障害があり、一時も地下室を離れられない。
この地域には水道も電気もインターネットも、携帯電話の電波もない。記者が見る限り、小さな店が1軒営業しているだけだった。
バレンティナさんは努めて明るい面を見ようとしている。調子はどうかと聞くと、大きな声に自信を込めて「大丈夫」と答えた。「私たちは全てに耐える」
「どんな気持ちかって?」。一方のニーナさんは震える声でこう答えた。「痛みしかない。何かが破壊されるのを見れば、涙が浮かぶ。泣いて、泣くだけ」
するとバレンティナさんの気丈な仮面が剥がれ、うなずいた。その目には涙がいっぱいにたまっていた。