見捨てられたウクライナ東部の町、残されたのは高齢者とペット
コンスタンチノフカ(CNN) 「神が私を守ってくれる」。ウクライナ東部コンスタンチノフカに残る数少ない住民の一人、タマラさん(73)はそう話す。
「必要な時が来れば、神が私を救ってくれるはず。もしそうならなければ――」。タマラさんは肩をすくめて言葉を継いだ。「そのときは仕方ない」
タマラさんはここ40年間、同じアパートに暮らしている。薬物中毒の息子はロシア在住で、夫は何年も前に死去した。いま残っているのはタマラさんとネコだけだ。
コンスタンチノフカは今回の戦争で有数の激戦地、バフムートの22キロ西に位置する。
タマラさんは町の主要タクシー乗り場にもなっている広場で壊れた木製ベンチに座り、帰宅に使うバスを待っていた。
この日待機していたタクシーは1台だけ。フロントガラスには、車で4時間西方にある前線から離れた都市、ドニプロに向かうとの表示がある。乗り込む人はいない。
時折遠くで爆発が起き、大気が揺れる。
広場の中心部では、残飯を探す野良犬がうろついていた。前回1月に記者がこの場所に来た時、野良犬たちはサンドイッチ店やケバブ店の周辺にたむろしていた。これらの店は今、すべてシャッターを下ろしている。
タマラさんの横の地面には、財布とわずかな食料品が入った買い物袋が置かれている。月々の年金支給額は50ドル(約6000円)ほどで、とても暮らしていけないと話す。足りない分は町を通過する兵士から分けてもらう食料で補い、他にどうしようもない時は物乞いをしているという。
コンスタンチノフカでは今週前半、集合住宅にミサイルが着弾し、6人が亡くなった。
バスを待つ間、タマラさんはさっと十字を切った。
戦闘地域に近い町や村にはほとんど人けが無い。バフムートで続く戦闘は7カ月を超え、前線から遠く離れた地域にもロシアの砲弾やミサイルが着弾する。
「普通の生活」はここでは過去のものになった。住宅やアパートの窓の多くは吹き飛ばされ、残る住民は窓枠に釘(くぎ)でプラスチックのシートを打ち付けて寒さをしのいでいる状況だ。
水道や電気はせいぜい断続的にしか使えない。
崩れかけたソ連時代のアパートの中庭では、ニーナ(72)さんが周囲のがれきを調べていた。飛来したミサイルが小屋に直撃して樹木を引き裂き、あたり一面にひしゃげた金属板を飛散させ、周囲の壁に破片が飛び散った。
「ぎりぎりのところで生き延びている状況」とニーナさんはため息をついた。「精神科医が必要な瀬戸際にある」
正気を保っていられるのは、同じアパートで暮らす犬5匹とネコ2匹のおかげだという。
「市場ではネコや犬の餌にするのではなく、自分で食べなさいと言われる」。ニーナさんはそう言って、シワだらけの顔に笑みを浮かべた。
我々が話をしている傍らを、汚れた冬物のコートに身を包んだ別の高齢女性が通り過ぎる。足取りは重く、自宅の暖房に使う小枝の束を引きずっていた。