世界で最も謎に包まれたサッカーチーム、北朝鮮代表の実情は?

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2010年ワールドカップの1次リーグ・ブラジル戦前の北朝鮮代表/Bob Thomas/Getty Images

2010年ワールドカップの1次リーグ・ブラジル戦前の北朝鮮代表/Bob Thomas/Getty Images

(CNN) 北朝鮮のサッカーのチーム事情は、第2次世界大戦の終結後に結成されて以来、極秘にされてきた。

世界中の何百万人もの人々が、過去に行われた2度のワールドカップ(W杯)で北朝鮮の男子チームを垣間見た。東アジアの神話に登場し、北朝鮮社会において重要な位置を占める伝説の翼を持つ馬、「千里馬(チョンリマ)」の愛称を持つ北朝鮮代表は、1966年に英ミドルスブラでイタリアを1―0で破るという見事なパフォーマンスを見せた。

だが、2010年に南アフリカで開催された大会では、ポルトガルに7―0で大敗するなど、3戦全敗の結果となった。

孤立する国家そのものと同様、北朝鮮のサッカーチームも近年は再び影を潜めている。今回、日本在住で元北朝鮮代表MFの安英学(アンヨンハ)氏(45)が、CNN Sportとの単独インタビューに応じ、北朝鮮代表としてプレーした経験について明らかにした。

北朝鮮代表チームの秘密主義は、スター選手のFW韓光成(ハングァンソン)氏(25)のケースでも明らかだった。

全盛期にはイタリアの強豪ユベントスの23歳以下(U23)チームで活躍した韓氏だが、その後3年以上も公の場から姿を消していた。最後に目撃されたのは20年で、直近の所属チーム、カタールのアル・ドゥハイルの選手らとともにトロフィーを掲げる姿だった。当時、国連安全保障理事会では、加盟国内の北朝鮮労働者を送還するよう求める対北朝鮮制裁決議が採択されていた。

イタリアとカタールのトップリーグでプレーした後、3年近く大使館に閉じ込められるという急激な運命の変化にもかかわらず、韓氏はサッカーをやめようとは思わなかった。

昨年11月、韓氏は突然、W杯予選で北朝鮮代表として再び公の場に姿を現し、6―1で勝利したミャンマー戦でヘディングシュートを決めた。

安氏は、韓氏が外交問題で身動きの取れない状況だったことを嘆いた。平壌を本拠地とする国内有数のクラブチーム「4・25体育団」に、韓氏がもっと成長できたはずの年齢で入団できなかったのは残念だと語った。

韓氏は中国の大使館に閉じ込められ、2~3年間ほど1人でトレーニングしなければならなかったという。安氏はCNN Sportとのインタビューの中で、昨年9月だったと思うが、韓氏は入国が許可されたと、北朝鮮当局者の話を引き合いに出した。また、大使館に滞在していたのは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の影響で、北朝鮮の国境が閉鎖されていたからだとも言い添えた。

北朝鮮のパスポートを持つ日本生まれの安氏は、北朝鮮代表として10年間ピッチに立った。韓氏は、安氏の代表選手としてのキャリアを目の当たりにできて良かったと安氏に語っていたという。

安英学氏(中央)と韓光成氏(右端)ら北朝鮮の選手ら=2019年、平壌/An Yong Hak
安英学氏(中央)と韓光成氏(右端)ら北朝鮮の選手ら=2019年、平壌/An Yong Hak

安氏は19年に平壌で韓氏と初めて会った日のことを振り返った。22年カタールW杯予選で韓氏が、英トッテナム・ホットスパーのスター選手、孫興民(ソンフンミン)がキャプテンを務める韓国と対戦するのを観戦した時のことだ。

その試合後、安氏が日本に帰国するために飛行機を待っていたところ、偶然にも韓氏と、当時オーストリアとイタリアでそれぞれプレーしていた他の北朝鮮選手2人、パク・クァンリョン氏とチェ・ソンヒョク氏に出会ったという。

その時のことについて、安氏によれば、韓氏は、安氏が代表チームでプレーしていた時にスタジアムで見ていたと語ったという。

そこで、韓氏と2人の北朝鮮選手たちに対し、これから頑張らないといけないと伝え、自身も彼らを応援するためにイタリアに行くと告げた。

韓氏からは、ぜひ来てください、迎えに行きますからと返答があった。

それから5年、パンデミックを経て、今年3月に2人は東京で再会した。

(右から)安氏、シン・ヨンナム氏、韓氏=3月、東京/ An Yong Hak
(右から)安氏、シン・ヨンナム氏、韓氏=3月、東京/ An Yong Hak

試合の翌日、安氏はチームが宿泊していたホテルを訪ね、韓氏に久しぶりと伝えた。

2人は前日の26年W杯予選で、北朝鮮が日本に1点差で敗れた試合について話した。

韓氏が放ったシュートはポストに当たり入らなかったので、どれほど(ゴールに)近かったのかについて言葉を交わした。

制裁措置のため、韓氏は現在、北朝鮮でプレーしていると語っていたという。また、深い話をする時間はあまりなかったと安氏は言い添えた。

安氏は、韓氏のことを「10年、20年に一度現れるような逸材」であり、「世界クラスの選手」になる可能性を秘めた人物だと評価した。

韓氏には北朝鮮代表のシンボルになってもらい、孫興民氏のような選手になってほしい、と安氏は願っている。

「デマ」

長い間、世界から孤立している北朝鮮だが、新型コロナのパンデミック中を除いては、国際スポーツ大会には頻繁に参加してきた。

10年のW杯に出場した北朝鮮代表は、同組になった1次リーグでブラジル、ポルトガル、コートジボワールと対戦し全敗。その際、選手やコーチ陣が平壌で処罰を受けたという噂(うわさ)や報道が流れた。

米政府系ラジオ局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」は匿名の情報源を引用し、当時の金正勲(キムジョンフン)監督が強制労働に送られたほか、安氏ともう1人の在日コリアンのFW鄭大世(チョンテセ)氏を除く選手たちは「厳しいイデオロギー的批判」を受けたと報じた。CNNは独自にこの報道を検証できなかった。

こうした報道を、安氏は「デマ」と呼んだ。

サッカーW杯のアジア予選で対戦した日本代表と北朝鮮代表=3月/Philip Fong/AFP/Getty Images
サッカーW杯のアジア予選で対戦した日本代表と北朝鮮代表=3月/Philip Fong/AFP/Getty Images

北朝鮮に関する情報を得るのは非常に難しいため、試合に負けたら炭鉱に送られたり、6時間説教されたりしたという話が出ているが、自身が知る限り、そのような話はまったくないと安氏は強調。代表チームでプレーした10年間のキャリアを引き合いに出し、北朝鮮に関する噂を否定した。

こうした偽情報に終止符を打つ時が来たと思うと安氏は指摘している。

北朝鮮が10年W杯の出場権を獲得したのは、66年の大会で準々決勝に進出し、ポルトガルに5―3で敗れて以来、2度目だった。

北朝鮮代表が南アフリカ行きの切符を手に入れた時、選手たちは政府から表彰状と平壌のアパートを与えられたと、国営メディアの朝鮮中央通信(KCNA)が伝え、安氏も認めた。これは金政権による忠誠心への報奨として、珍しいがよく知られた慣行だという。

全員が表彰状と平壌のアパートを受け取ったと安氏は述べたが、自分は在日コリアンだから与えられなかったと言い添えた。

朝鮮半島が分断される前、日本の植民地支配の間に日本に移り住んだ、もしくは移住を強いられた朝鮮半島出身者は、その子孫を含め「在日コリアン」と呼ばれている。

彼らは日本国籍を与えられていないが、北朝鮮のパスポートを申請したり、韓国の国籍を取得したりすることができる。ただし、日本に合法的に居住し、帰化することで日本国籍を取得できる。

在日コリアン3世である安氏は、北朝鮮籍であることを誇りに思っている。

安氏は、祖父母は困難でない人生を選ぶこともできたのに、北朝鮮籍を保持したとし、そのため自身のアイデンティティーを簡単には変えたくなかったと述べた。そのうえで、韓国を自身の地理的な故郷だとも思っていると付け加えた。

10年W杯の北朝鮮代表チームにいたもうひとりの在日コリアンの鄭氏は、2―1で敗れたブラジル戦を前に、北朝鮮の国歌斉唱中に涙を流し、世界の注目を集めた鄭大世氏だ。

鄭氏の涙はファンに感動を与え、安氏によれば、多くの在日コリアンが非常に感動したという。

日本で生まれ育った在日コリアンの鄭氏は大きな夢を持ち、それを実現させ、自身は母国の選手たちと並び国歌を斉唱することができたと安氏は語っている。

北朝鮮の国歌斉唱中に涙を流す鄭大世氏=2010年/Carl Recine/Action Images/Reuters
北朝鮮の国歌斉唱中に涙を流す鄭大世氏=2010年/Carl Recine/Action Images/Reuters

尊敬を集める

02年に招集を受け北朝鮮代表チームに加わった安氏は、チームメートからすぐには受け入れられなかった。

選手もコーチも監督も、我々のことをよく知らなかったので、受け入れてもらう必要があった。最初から歓迎されたわけではなかったと振り返る。

北朝鮮の選手たちは強い絆で結ばれており、海外でプレーしていた韓氏や在日コリアンの選手らを除けば、彼らの大半は北朝鮮に居住しているため、いつでも代表チームに招集されることが可能だと安氏は説明した。

代表チームに受け入れてもらうために、新参の安氏は他の選手たちに自分の実力を証明しなければならなかった。

信頼を勝ち取り、認めてもらうためには、日々の練習で選手たちと競い合わなければならなかった。だが、練習だけでは十分ではなかったという。

W杯予選で2ゴールを決め、結果を出したことで代表チームの一員として受け入れられたと、安氏は06年のW杯予選でタイに4―1で勝利した際のゴールについて言及した。

それ以来、チームは安氏を心から歓迎し、チームのメンバーたちは「家族のような存在」になったという。

普段は離れ離れだと安氏。自身は日本にいて、彼らは北朝鮮におり、連絡を取り合うのは難しいと安氏は述べ、平壌にいる友人たちにメッセージを送ることすらできないという残念な現実を振り返った。

だが、運命の巡り合わせで、安氏は昨年3月に元チームメートで、現在は北朝鮮代表の監督を務めるシン・ヨンナム氏に再会した。シン氏からは、安氏に対して、才能ある将来有望な若者たちとサッカー経験を分かち合ってもらいたいとして、平壌を訪れるよう頼まれたという。

久しぶりの再会を懐かしく思ったと、安氏はおよそ5年ぶりに同胞や元チームメートに会った時のことを回想した。

また機会があれば、平壌に戻り、できることなら代表チームに何らかの支援をしたいと考えているという。

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