ワクチン開発に躍起の中国、先頭に立つ企業の内側を探る
(CNN) 中国の首都・北京南郊にある新しい建物。滅菌処理を施した白い壁の内側で、マスクにゴム手袋を付けた従業員2人がピペットを使い、せわしなく無色透明の液体を小瓶の列に移している。
建物の一部の区画では今も内装工事が続く。外では建設車両が地面を掘っている。
2万平方メートルの工場が建てられたのは、つい数カ月前のことだ。新型コロナウイルスワクチンを開発する目的に特化して、中国の製薬企業「科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)」が建設した。
同社のワクチン候補は「コロナバック」と名付けられた。他国に先駆けて新型コロナに対する免疫を付与し、科学力を誇示しようとする中国の取り組みの一環だ。
シノバックが開発した新型コロナワクチン候補「コロナバック」/NICOLAS ASFOURI/AFP/AFP via Getty Images
世界の科学者は現在、新型コロナウイルスを食い止める方策を見つけようとしのぎを削っている。これまでに6つのワクチン候補で第3相の臨床試験(規制当局への承認申請前に有効性と安全性を証明する最後の段階)が始まった。うち3つは中国製となる。
コロナバックの最終試験は、ブラジルやインドネシアで約1万1000人の有志を対象に行われている。
「全てが順調に進めば、年末ごろには一定の成果を出せると期待している」。シノバックの広報責任者、ヘレン・ヤン氏は北京市大興区のワクチン生産工場でそう語った。
米ナスダックに上場するシノバックは、1月下旬にワクチン開発に着手した。中国での感染拡大の震源地となった武漢が厳格な封鎖措置を取ってから、1週間もたたないタイミングだった。工場建設が始まったのは3月。ヤン氏によると、中国国家薬品監督管理局から承認が得られた場合、1年間で3億回分のワクチンを生産する計画だという。
サルの腎臓の細胞を使った実験的なワクチンの開発に取り組む技術者たち/NICOLAS ASFOURI/AFP/AFP via Getty Images
コロナバックの開発では、不活化全粒子ウイルスにより人体の免疫反応を誘発する旧来の手法を用いる。人体に投与したウイルスが増殖して病気を引き起こさないよう、ウイルスは制御環境下で培養され、化学的に死滅させられる。この手法の有効性は他のウイルスですでに証明済みで、今でもポリオやインフルエンザ、狂犬病のワクチンに使われている。
一方、米国はウイルスの遺伝子物質を利用した、新しいタイプのワクチンの開発を推進する。このタイプならウイルスの全粒子試料を培養する必要がないため、より迅速に生産できる半面、どの遺伝物質を増殖させれば強力な免疫反応を誘発できるかについては、それほど分かっていない。
シノバックは5月、科学誌サイエンスに動物実験の結果を発表。マウスやラットのほか、アカゲザルなどの霊長類の体内で有効な抗体が誘発されたことを明らかにした。その1カ月後には、600人の有志を対象に第2相試験を行ったところ、ワクチン接種から14日後に抗体が生成されたとも発表した。
ただ、第3相試験では数千人を対象にした大規模試験が必要となる。中国は6月までに感染拡大をおおむね抑え込み、現在は散発的な流行のみに対処している状況だ。
ヤン氏によると、中国国内では新規感染者の数が少なく、第3相試験に必要な条件を満たせなかった。そこでシノバックは、世界第2位となる360万人以上の感染者を出しているブラジルと契約を締結した。
病院でシノバックのワクチンの接種を受ける有志=8月8日、ブラジル南部ポルトアレグレ/SILVIO AVILA/AFP/AFP via Getty Images
7月下旬、シノバックはサンパウロにあるブタンタン研究所と共同で、有志9000人を対象に第3相試験を開始。地元当局者によると、被験者はいずれも、新型コロナ患者の治療に当たったものの感染しなかった医療関係者だという。
これと引き換えに、中国はブラジルに対し、治験で有効性が証明されれば1億2000万回分のワクチンを供与すると約束した。
ワクチン開発競争
ワクチン開発競争は世界で過熱しているが、ヤン氏はバイオテクノロジー企業間の競争は重要ではないと指摘。新型コロナワクチンに対する需要は1社では対応できないほど大きいと語る。
そのうえで、真の競争相手はウイルスだと述べ、「他社と競争するのではなく、ウイルスの感染拡大を上回るスピードで開発を進めなくてはならない。全社の成功を祈る。そうすれば人々を守る十分な供給量を確保できるだろう」としている。
中国ではこのほか、国営の中国医薬集団(シノファーム)が開発した2つのワクチンが第3相試験に入った。英国でも、オックスフォード大とアストラゼネカによるワクチンがこの段階に到達。さらに米国では、ファイザーと独ビオンテックが共同開発したワクチンならびにモデルナによるワクチンの2つが最終段階にある。
中国では現在、13社が新型コロナワクチンの開発に取り組む。人間を対象にした臨床試験が行われているワクチン候補は9つと、他のどの国よりも多い。
軍事医学研究院でワクチン開発の進展状況について説明を受ける習主席=3月20日、北京/Xinhua News Agency/Xinhua News Agency/Xinhua News Agency/Getty Images
地政学的な意味合い
米国家安全保障当局の高官は先日、中国政府がここ数カ月にわたり、米国の組織から新型コロナワクチンに関する研究の成果を盗もうとしていると警告。7月には、中国のために研究情報の窃取を図ったとして、米検察が中国国籍の2人を起訴した。
一方、中国の習近平(シーチンピン)国家主席は国内の研究者に対し、ワクチン研究開発の加速を繰り返し促している。市場規制当局の元トップ、肖亜慶氏も7月、「重要な政治課題」としてワクチン開発に取り組むよう製薬企業に指示した。
安全で有効なワクチンの開発に成功した場合、それは人命を救って科学的な威信を高め、経済を回復に導く好機となるのみならず、地政学的にも重要な意味を持つ可能性がある。
中国は新型コロナへの初期対応をめぐり、米国をはじめとする国から批判を浴びてきた。さらに、コロナ対応に苦慮する国に医薬品を供給する「マスク外交」に乗り出したことも、コロナ禍をめぐる言説の変更を図っているとの疑念を呼んだ。
そんな中国にとって、ワクチン開発競争に勝利すれば、コロナ禍との戦いで世界を主導する地位を固める好機になりそうだ。
フィリピンのドゥテルテ大統領は先月、中国製ワクチンの優先的な入手について習氏に支援を要請したことを明らかにした。
優先供給を認められる国は急増している。ブラジルとインドネシアがシノバックから早期の供給を承認されたのに加え、中国の緊密な同盟国であるパキスタンも、第3相試験が成功すればシノファームから早期の供給を受ける見通しだ。
「緊急使用」
中国国内に目を向けると、当局は最終試験の完了を待たずに「緊急使用」を始めている。
国家衛生健康委員会の高官は先ごろ、前線の医療従事者や出入国管理当局者など高リスクの仕事に就く人を対象に、7月から実験段階のワクチンを投与していることを明らかにした。
このワクチンはシノファームが開発したもので、まだアラブ首長国連邦やペルー、モロッコ、アルゼンチンで治験を行っている段階だ。
中国は6月にも、別のワクチン候補について軍に対する使用を承認していた。
ただ、米国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長は、早い段階で緊急使用許可を出せば、他のワクチンの開発に打撃となりかねないと警鐘を鳴らしている。