ウクライナ東部の最前線(CNN) 黒く濁ったぬかるみに足首までつかりながら、ウクライナのゼレンスキー大統領は自国の軍隊とともに移動する。1列になり進んでいくのは、入り組んだ塹壕(ざんごう)やトンネルだ。これらの施設からなる緊迫感に満ちたこの最前線は、同大統領の国の東部に位置している。
感覚としては現代というよりも20世紀初頭の第1次世界大戦に近い。疲弊し、緊張状態にある兵士たちがライフルを握りしめて大統領の周りを囲む。身を隠すところのない一帯へと出ようとして、緩衝地帯に動きがないかをつぶさに観察する。
狙撃手が発砲の機会をうかがっているのはわかっていると、ウクライナの当局者は語る。これらの狙撃手を訓練しているのは、おそらくロシア人だという。今年に入り射殺されたウクライナ軍の同僚の数は、すでに20人を超える。
不気味な静けさの中、時折遠くの方で聞こえる銃声が静寂を打ち破る。誰もが神経をとがらせている。
自国の兵士とともに最前線を歩くウクライナのゼレンスキー大統領/Ukrainian Presidential Press Office/AP
ウクライナ東部の都市マリウポリに近いこの地域は、一国の大統領が訪れるには危険な場所だ。しかしゼレンスキー氏は躊躇(ちゅうちょ)することなく最前線の視察を実施。CNNに前例のない同行の許可を与えたうえで、軍が展開する最も前方の位置まで出向くと強調している。
「軍の基地を訪れても、それを聞いた最前線の兵士たちは自分たちが忘れられたとの思いを抱くだろう」と、ゼレンスキー氏はCNNによる2日間の独占取材の中で述べた。「彼らには、政治が味方に付いていることを知ってほしい」
迷彩色の防弾チョッキとヘルメットを装着したゼレンスキー氏は、上記の身を隠す場所のない一帯を護衛とともに走り抜け、塹壕までたどり着かなくてはならない。
ロシア軍がウクライナとの国境に大挙して集結しているのを受け、米国と北大西洋条約機構(NATO)の同盟国はウクライナを政治的、軍事的に支えると宣言。ゼレンスキー氏はこれらの国々に対し、支援の強化を強く求めている。
長引くにらみ合いに新たな沸点
数年にわたりウクライナ東部では激しい紛争が発生しており、ウクライナ政府軍と、ロシアが後ろ盾となる分離独立派とが緊迫したにらみ合いを継続。大規模な戦闘による死者は2014年以降数千人に達し、解決の糸口が見えない膠着(こうちゃく)状態にある。ロシアが同年、ウクライナ南部クリミア半島を併合したのに続き、近隣のドンバス地方では戦闘が勃発した。同地方は主要言語がロシア語で、ウクライナからの独立を求める反体制派を抱える。
しかし米国と西側の同盟国との関係が一段とぎくしゃくする中、ロシア軍が国境を越えて活動する様子が再び確認されるようになり、戦争が再開するのではないかとの懸念が浮上した。
携帯電話で撮影されて拡散した動画には、ロシア軍の機甲部隊がウクライナとの国境に向かって走行する様子が映っている。戦車や大砲が鉄道で輸送されているのも確認されたほか、クリミア半島に兵力が集結しているとの報告もある。
ロシア政府はこうした軍の動きについて、ロシア国内で実施していると説明。計画された軍事演習の一環であり脅威はないと主張する。
しかし、冒頭の最前線でゼレンスキー大統領はCNNの取材に答え、ロシアの侵攻は極めて現実味があり、ウクライナはこれに備えていると明言した。
「当然我々はそれを認識している。2014年から、毎日そうした事態が起こりうることを認識している」「彼らにはその用意があるだろうが、我々も準備はできている。こうして自分たちの国土、領土にいるのだから」(ゼレンスキー氏)
ウクライナ軍の最高司令官を務めるルスラン・コムチャック中将がCNNに明らかにしたところによると、推定5万人のロシア軍部隊が現在国境地域とクリミア半島に集結している。加えて、ロシアの支援する分離独立派少なくとも3万5000人がウクライナ国内の反体制派支配地域にいるという。
現状のように多数の軍隊がロシア政府の命令でウクライナ国境近くに集結し、懸念が高まる以前から、ゼレンスキー氏は米国に対し、対戦車ミサイルなどの武器の売却を求めていた。これらの武器は現在引き渡されているが、売却の件は広く知られるところとなったゼレンスキー氏と当時のトランプ米大統領との電話での会話で言及された。
ブリンケン米国務長官は11日、ロシアの行動には「真の懸念」があると発言。NBCの番組内で、「問題は『ロシアはこれからも攻撃的かつ無謀な行動を続けるのか?』という点にある。もしそうなら、(米)大統領の立場は明確だ。そうした行動には必ず代償が伴う。しかるべき結果がもたらされる」との見解を示した。
CNNは9日、米国が数週間内に黒海へ軍艦を派遣することを検討していると報じた。ウクライナへの支持を示す意図があるとみられる。
不確かな足取りで未来へ
ぬかるんだ塹壕の上空から見た、延々と続くかに思える平坦なウクライナ東部の土地には、荒れ果てた町やさび付いたソビエト時代の工場跡が点在する。これらの工場によって、戦争で破壊されたこの地域はかつてウクライナ経済を支える役割を担っていた。
最前線近くの破壊された自宅へ所持品を探しに戻った住民/AP
数機の軍用ヘリで一帯を移動する。けたたましい音を立てる旧式の「МI8」。最初に開発されたのはソビエト時代にさかのぼる。不自然に鮮やかな迷彩塗装を施されたこれらのヘリは、農村地帯を高速かつ低空で飛行する。対空砲火を避けるためだ。2~3分ごとに高度を上げ、木や電線を飛び越えるが、そのあとは急降下し、また地面のすぐ上を飛び続ける。
年季の入った大統領用のヘリの中は、使い古しの機体ならではの快適さをある程度とどめている。ゼレンスキー氏は機内でエンジン音に負けまいと大声を張り上げ、米国がウクライナにとってどれほど「よい友人」であるかを語った。ただバイデン大統領には「もっとやらなくてはならないことがある」とし、ロシアの抑止と紛争終結を後押しするための一段の協力を求めた。
具体的にはより多くの武器と軍資金に言及。さらに重要なものとしてNATO加盟への支持強化を呼び掛けた。NATOの規約では、加盟する1カ国が攻撃を受けた場合、他の全加盟国がこれに対応する責任を負うとゼレンスキー氏は説明した。
「もし彼ら(米国)がウクライナをNATOに加盟させるつもりなら、直接そう発言し、行動に移さなくてはならない。言葉だけではなく」(ゼレンスキー氏)
長引く戦争で兵士らは疲弊していると、ゼレンスキー氏は語る/Ukrainian Presidential Press Office/AP
しかし、そうなる可能性は低い。ウクライナをNATO加盟に近づければロシアがそれに反発し、より広範な紛争へ発展しかねないとの懸念があるからだ。
「あなたの言う通りかもしれない」と、ゼレンスキー氏は述べた。
「しかし今何が起きているのか? 我々はここで何をしているのか? 我が国民はここで何をしているのか? 彼らは戦っているのだ」
最前線で、ゼレンスキー氏は戦闘で倒れた兵士を悼んで1分間の黙祷(もくとう)をささげた。
NATOに加盟しようとしまいと、これがゼレンスキー氏の国の現実だ。ウクライナは紛れもなく戦争状態にある。