常設仲裁裁判所の2016年の判決では、ミスチーフ礁もスカボロー礁もフィリピンの排他的経済水域内にあると指摘したものの、中国はこの判決を認めず、それどころかミスチーフ礁に南シナ海で最大規模の要塞(ようさい)を建設している。
フィリピンのロレンザーナ国防相は先日の声明で、中国が今やっているのは1995年と2012年の繰り返しだと指摘。「在マニラ中国大使館による国際法の完全な無視、とりわけ中国が当事国となっている国連海洋法条約(UNCLOS)の無視は言語道断だ」と述べた。
戦略国際問題研究所(CSIS)の「アジア海洋透明性イニシアチブ(AMTI)」によると、中国は米海軍に直接対抗する目的で漁船を利用したこともある。
2009年3月9日には、中国の海軍艦や漁業船とともに行動していた漁船2隻が南シナ海で、米文民の乗る調査船「USNSインペッカブル」の曳航(えいこう)ソナーアレイを狙おうとしたとされる。
同じころ、黄海では別の米調査船「USNSビクトリアス」が嫌がらせを受けていたという。
中国はこれらの米国船について、排他的経済水域内で違法に活動していたと主張。これに対し米政府は、米国船は正当な権利の範囲内で公海上に展開していたと述べた。
不安定な未来
2009年の出来事は、中国政府が漁船を軍事目的に利用することで、米中がいかに現実の衝突に近づきうるかを示した。しかしグロスマン氏によると、インペッカブルの件も島嶼(とうしょ)の占領も南シナ海における中国の野心を鈍らせなかったことを踏まえると、今後さらに多くの海上民兵が動員される公算が大きい。
「もし歴史が今後の見通しを正しく示しているなら、中国政府は想像しうるほぼ全てのシナリオで人民軍海上民兵を強化していく可能性が高い。つまり、海上民兵は今後何年にもわたって無視できない存在になるだろう」(グロスマン氏)
IISSのプリ氏とオースティン氏によると、中国政府はすでにウィットサン礁の件への反応を見定めている。
「ウィットサン礁での出来事は、領有権争いの激しい海域に多くの船舶を集結させてリスクを冒す意思が中国にあることを強力に示した」(両氏)
「こうした分析上の前提が正しければ、中国軍指導部は今後、今回の海上民兵の行動の成果と、それに対する他国の反応を見極めていくだろう」
米イエール大法科大学院のポール・ツァイ記念中国センターで幹部を務めるロバート・ウィリアムズ氏は、中国は海上民兵の意図や、民兵の順守する規則を曖昧(あいまい)なままにしていく可能性が高いと語る。
本質的には、中国の狙いは米政府や南シナ海の隣国に真意をつかませないことにある。
ウィリアムズ氏は「中国軍指導部が危機を楽しんでいると主張するのは言い過ぎだろう。人民解放軍の作戦立案者の多くは、軍事危機が情勢不安定化をもたらすリスクに非常に敏感だ」と説明。
その一方で、中国は「曖昧なシグナルの発信を抑止力の源泉とみなしている」とも指摘した。
要するに、もし敵が絶えず中国の意図を見極めようとしている状態なら、その間は行動を起こしてこないということだ。