(CNN) 筆者は幼い子ども時代を中国の農村部で過ごした。最も幸福を感じた瞬間の一つが、上海から来た船を降りてくる父親の姿を見る時だった。父親は春節(旧正月)のために買い込んだ品々をどっさり持って帰ってきた。
当時、父親は上海郊外にある縫製工場で働いており、家へ帰ってくるのは春節が近づく時期だけだった。
結局のところ春節は、約4000年の歴史を持つ中国において、最も重要な祝祭に他ならない。
中国全土にいる数億人の出稼ぎ労働者にとって、2023年の春節に当たる1月22日は、ひときわ特別な意味を持つ祝日になるだろう。
多くの人々は、地方で暮らす子どもや両親から3年にわたって引き離されている。政府による厳格な新型コロナウイルス感染対策が原因だ。
ところがここへ来て中国は「ゼロコロナ」政策を破棄し、国内移動の規制を撤廃した。政府は春節ラッシュ期間(1月7日から2月15日まで)の旅行者の数について、昨年の2倍に当たる21億人弱と試算する。
年単位で世界最大となる規模の人の移動が起これば、新型コロナの感染拡大にも拍車がかかると予想される。
早くも昨年12月半ばには、農村部の多くで感染件数の増大が見られた。中部河南省のある村で医療従事者が確認したところによると、同月17日から24日までの発熱患者の数は、前年の通年分を上回ったという。
中国の科学者らが実施した調査では、農村地域が23年1月中旬から下旬にかけて感染拡大の波に見舞われると予測している。ただこの調査は拡大の速度と規模について過小評価しているように思われる。出稼ぎ労働者の主要な供給地である河南省は、今月7日の時点で人口のほぼ9割に相当する8800万人が感染したと報じられた。
農村人口の高齢化
中国農村部の医療システムは、跳ね上がる新型コロナの感染件数に耐えられるか? 最近まで、政府の答えは明確に「ノー」だった。
実際のところ、政府は自分たちのゼロコロナ政策を正当化するに当たり、人口の大部分を高齢者が占めている点、医療資源が限られている点を引き合いに出した。どちらの問題も、如実に表れるのは広大な農村部においてだ。
そうした地域の人口は、都市部よりも速く高齢化する。20年の国勢調査によると、農村部に住む60歳以上の人口は1億2000万人超と全体の23.8%を占めるのに対し、都市部では15.8%となっている。
新型コロナについて言えば、年齢は重要だ。人口の高齢化は非伝染性の疾患の発症と高度な相関関係を有する。これには糖尿病、がん、心血管系の疾患が含まれる。15年の研究によれば、農村に住む高齢者の最大83.4%が基礎疾患を持っており、新型コロナに対して極めて脆弱(ぜいじゃく)な状態にある。
農村部医療の実態
残念ながら政府が09年に立ち上げた医療改革は、農村部の医療システムの能力を著しく増強するには至らず、現地では主要な疾患の拡大に対応できていない。農村部での人口1000人当たりの病床数は4.95、医療専門家の数は同5.18人だ。都市では病床数8.18、医療専門家11.46人となる。
草の根の医療従事者の大半は、農村の場合医療の訓練をほとんど受けていない。大学の学位を持っているのは全体の1%に過ぎない。さらに悪いことに、改革を行っても医療提供者らの利潤を追い求める振る舞いは変わらなかった。ハイテクを用いた検査機器の過剰使用や正当と認められていない手術の実施といった無駄なサービスは、依然として農村部に共通する問題だ。
医療の質とコストにまつわる懸念は、農村に住む患者がしばしば地域の診療所を避ける理由の説明になるかもしれない。彼らは県の病院や、都市部の医療施設で直接診察してもらおうとする。
医療格差広げた「ゼロコロナ」政策
追い打ちをかけるように、過去3年のゼロコロナ政策の実施が農村部における医療システムの能力格差を広げることになった。政府が解熱剤や咳(せき)止め薬の購入に規制をかけた結果、そうした医薬品の供給は不足した(考えられる理由の一つは、政府による規制のため、メーカーが製造能力を縮小したことだ)。
農村部の診療所は、発熱した患者の受け入れを禁じられた。これにより一部の村の医療従事者は診療所を閉鎖して別の職に就くのを余儀なくされた。19~21年、村の診療所の数は61万6000から59万9000に減少。また村の医療従事者の数も145万人から136万人に落ち込んだ。
ゼロコロナ政策の実施に固執する中で、農村部では感染拡大に備える余地がほとんど与えられなかった。23年1月初めまで、酸素ボンベや患者の酸素レベルを測定するオキシメーターを設置した病院はごくわずかだった。国営メディアの報道によると、北東部にある県レベルの病院には、人工呼吸器の動かし方を知らない医師もいたという。
ワクチン接種キャンペーンも失速
ゼロコロナ政策は、ワクチンのブースター(追加接種)を高齢人口の間で促す上でも強い動機付けにはならなかった。22年8月と11月の間の3カ月、高齢者の接種率にはほとんど増加がみられなかった。その結果、不活化ワクチンによって引き起こされる抗体が極めて低い水準に落ち込んだ状態で、中国はゼロコロナ政策を転換することになった。
12月1日、政府は高齢者のワクチン接種を進めるキャンペーンを立ち上げたものの、取り組みはすぐに勢いを失った。新型コロナの感染件数並びに医療従事者、高齢者の感染が爆発的に増えたためだ(これでワクチン接種への関心は低下した)。
当然ながら政府が規制を撤廃し、新型コロナへの歯止めを解くと、村落の診療所では解熱剤の在庫があっという間に底を突き、抗原検査キットや有効な抗ウイルス薬も不足した。こうした理由から、多くの村落の診療所や町の医療施設で優先的に処方されるのは、抗生物質やビタミン剤、ホルモン剤、ブドウ糖になっていると考えられる。
北京や上海のような大都市の住民であれば「ニルマトレルビル」のような抗ウイルス薬を入手できるが、農村では伝統的な漢方薬に頼るほかない。重症化した患者は県の病院へ差し向けてもらえるものの、そこの集中治療室(ICU)には治療に必要な設備が備わっていない。
ピークはこれから?
14日、高位の医療当局者が発表したところによると、発熱外来と新型コロナの入院件数は農村部でさえも既にピークを迎えた。政府のデータでは12日の時点で5000を超える県レベルの病院が1万5800人の重症患者を受け入れているが、これは全国の総数のうちの15.1%に過ぎない。
それらは全て、次のことを示唆しているように見える。つまり12月8日から1月12日にかけて公式に報告された6万人近いコロナ死者のうち、農村部で発生したのはごく低い割合でしかない。
県レベルの病院が治療した重症患者がこの時期1病院当たり4人に満たない計算になるのを考慮すれば、公式統計は農村の重症例と死亡例を極めて低く見積もっている可能性がある。今後数週間、家族や友人が集まって春節を祝う中、農村地域には重症者と死者の新たなピークが訪れるかもしれない。
とは言え、新型コロナの猛威が農村の医療システムの崩壊を引き起こす、または中国農村部の社会の安定に大きな脅威をもたらす公算は小さい。感染に負い目を感じる風潮のせいで、村の住民の間ではコロナについての議論がほとんど交わされていないように見える。
地域によっては、新型コロナは依然として村民たちから「あの病気」と呼ばれている。もしくは単に重い風邪として扱われ、騒ぎになることもない。重症化した人でさえも、進んで都会の病院に出かけて診察してもらおうとはしなかった。治療費の支払いで、子どもたちの貯金を使い果たすのではないかとの恐れからだ。
検査キットが入手できない、あるいはそもそも検査を受ける気がないため、自宅で亡くなるこうした農村の患者が公式データに組み入れられることはない。
悲しくもあり逆説的でもあるが、そのような運命論者的手法によって医療システムは「強靱(きょうじん)さ」を獲得し、中国農村部における新型コロナの大波に耐えている。
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ファン・ヤンチョン氏は外交問題評議会(CFR)のグローバルヘルス担当シニアフェローで、米シートンホール大学外交国際関係大学院の教授を務める。専攻はアジア地域。中国の環境衛生危機に関する著作がある。記事の内容は同氏個人の見解です。