(CNN) 今からほぼ半年前、イスラエル人を悪夢が襲った。パレスチナ自治区ガザ地区との境界に近い南部の民間人が、残酷かつ現在も進行中の攻撃に見舞われた。ユダヤ人にとってはナチス・ドイツのホロコースト(ユダヤ人大虐殺)以降最も痛ましい日であり、筆舌に尽くしがたい苦難を境界の両側にもたらす前触れともなった出来事だった。
フリーダ・ギティス氏/CNN
ガザを実効支配するイスラム組織ハマスが破壊的な凶行に踏み切ってから6カ月。当時彼らは、イスラエルによる報復が猛烈なものになることを知っていた。現在、この最悪の戦争には敗者しか存在していない。
ガザ住民の死者数が増え続け、地区内の飢餓状態が悪化する現状、多くの勝者を見つけるのは至難の業だ。加えてイスラエル人の人質は今なお拘束されている。恐らくは、じめじめとしたハマスのトンネルの中で。
ハマスにとって、戦争が継続している事実は勝利のうちに入るかもしれない。しかしここまで殺害されたハマス戦闘員の数は数千人に上る(正確な人数は議論の分かれるところだが)。ハマスの規模は大幅に縮小し、ことによると権力を維持できなくなるかもしれない。しかしそれはイスラエルのネタニヤフ首相にとっての勝利を意味しない。同氏には国際社会から一段の圧力がかかり、国内では抗議のデモ隊が公邸に押し寄せる事態となっている。本人の事績は未来永劫(えいごう)、暗い記憶と共に語り継がれていくだろう。
米国のバイデン大統領でさえ、一定の代償を支払っている。よりにもよって大統領選の年に、イスラエルに肩入れし過ぎると考える人々と手厳し過ぎると考える人々との間で板挟みになっているのだから。
紛争が火を付ける形で、世界では反ユダヤ主義も爆発的に拡大。眠りについた状態だった憎悪感情が復活しつつある。欧州全域に不安を引き起こし、米国系ユダヤ人の一部はかねて安全と感じていた国がもはや安息の地ではないとの結論に達した。彼らが直面する反ユダヤ主義は、左派と右派の両方から発せられる。偏狭な反イスラムの動きもまた拡大している。
この恐ろしい流れは昨年の10月7日に始まった。その日、ハマスのテロリストたちが厳重と考えられていた境界を破り、自宅の寝室やリビングにいたイスラエル人を虐殺した。車の中や野外の音楽フェスティバル、バス停留所、公園にいた人々も殺された。
数え切れない女性たちが身の毛のよだつ残忍さでレイプされた。
イスラエルの治安部隊が現場に駆けつけたのは数時間後だった。イランが後ろ盾となっているハマスは、1200人以上のイスラエル人を殺害。数百人を人質として連れ去った。周辺地域は荒廃し、イスラエル人の安全に対する意識は粉々に打ち砕かれた。
現在はガザが廃虚と化している。イスラエルがハマスの撲滅、壊滅を追求する中、数万人のパレスチナ人が殺害された。ガザに打撃を加えるにつれ、イスラエルの国際的な評価は傷つけられていく。それでもなおイスラエル国防軍(IDF)は、イスラエル人の人質100人前後が依然としてハマスと他の民兵組織に捕らわれていると考える。身震いするような状況下で。
先週、イスラエル軍は食料支援団体「ワールド・セントラル・キッチン(WCK)」の車列を攻撃し、職員7人を殺害。今回の紛争に新たな災難をもたらした。紛争の舞台の中東は、長年にわたり不安定な状況が続く地域だ。激しい憤りと悲しみの中、WCKの創始者でセレブリティーシェフのホセ・アンドレ氏は、イスラエルが自身のスタッフを狙ったと非難。イスラエルは謝罪し、誤って車列を標的にしたことを認めた。攻撃についての調査を受けて将校2人を解任し、複数の上級司令官を譴責(けんせき)処分としている。
イスラエルが10月7日の攻撃に対して報復を行うことに疑問の余地は全くなかった。攻撃を実行したグループはイスラエル人の殺戮(さつりく)を繰り返すと約束しており、イランの支援を受けている。イランの指導者らはイスラエルを破壊すると誓っている。攻撃によりイスラエル人の一部は、自国がいかなる犠牲を払っても絶対的な勝利を手にするべきだとの結論に至った。そこには国際世論における勝利も含まれ、そのために払う代償には価値があるとした。加えて襲撃者は女性や子ども、高齢者を含む数百人の民間人を拉致している。イスラエルは彼らを救出しなくてはならなかった。
10月7日の攻撃でハマスに拉致された人質の写真の間に立ち、抱き合う女性と子ども/Ahmad Gharabli/AFP/Getty Images
襲撃直後、世界の首脳はイスラエルへの支持を表明した。しかしガザでの死者数が増加し始めると、ハマスの想定通り、国際社会のイスラエル支持は猛烈な批判に変わった。何にも増して痛苦な皮肉は、イスラエルの方にジェノサイド(集団殺害)の非難が浴びせられたことだった。ホロコーストの生存者の母国に対し、ジェノサイド的なイデオロギーを掲げてイスラエルの破壊を誓う集団が攻撃を仕掛けているにもかかわらず。
いつものことながら、誰よりも重い苦しみを味わう最大の敗者は、境界の両側にいる民間人だ。ガザのパレスチナ人は悪夢のような現実に耐えている。ハマスが運営するガザの保健省によれば、これまで3万人以上が紛争の中で殺害された。この数字に戦闘員と民間人の区別はないが、子どもを含む民間人が恐ろしいほど大勢殺されていることにほぼ疑いの余地はない。領内は荒れ果てている。
ガザの住民はハマスの皮肉と近隣のアラブ諸国の地政学的懸念、どんなことをしても勝利するというイスラエルの決意に挟まれて身動きが取れない。ハマスの指導者たちは亡命先で何の不自由もなく暮らし、紛争初期には「殉教者を犠牲にするのを誇りに思う」と宣言していた。ハマスの戦闘員は病院内部などガザの住民の中に潜り込んでいるので、実質的にイスラエルが彼らまでたどり着こうとすると民間人を殺さなくてはならなくなる。
大半の戦争では、民間人は戦闘から逃れることが許されるが、ガザの住民は望もうと望むまいと領域から出ることができない。ハマスは彼らに残るよう強く迫った。エジプトは、少数のパレスチナ人の民間人を除く全員に対して境界を閉ざした。イスラエルが彼らの帰還を許可するのかどうかについて不安を抱いた他、エジプト国内の不安定化を巡っても懸念があったためだ。
残酷な事実は、パレスチナ人の命が誰にとってもこの戦争における最も優先度の高い項目ではないということだ。
状況を複雑にしているイスラエル国内の政治危機は、10月7日の攻撃以前から起きていた。汚職の容疑を生き延びたネタニヤフ首相は、既にイスラエルの歴史上最も右翼的な政権を率いてきた。戦争の前には数万人のイスラエル人が街へ繰り出し、毎週の抗議行動を10カ月近く継続。イスラエルの民主主義を著しく弱体化させる計画に異議を唱えた。計画は最高裁から権力の大半を奪うという内容だった。
筆者らの見解では、ネタニヤフ氏は既に10月7日以前の時点でイスラエル史上最悪の首相だった。
世論調査の結果は、ほとんどのイスラエル人が同氏の辞任を求めていることを示す。戦時内閣の一員ながら戦争前の主要な野党指導者でもあるガンツ前国防相は、ここへ来て9月の総選挙実施を呼び掛けた。最近の世論調査では、同氏がネタニヤフ氏の最も有力な後継者と目されている。
イスラエル史上最も危険かつ不利な部類に入る時期にネタニヤフ氏が政権を率いているという事実は、この紛争を一段と不穏にする要因でしかない。イスラエルは、安心できる状況には全くない。
別の指導者、異なる政権が戦争を遂行していれば、民間人の死者はより少なく、イスラエルの国際的な立場をここまで毀損(きそん)せず、極めて重要な対米関係にひびが入ることもなかっただろうか? 答えがイエスであるかどうかは疑わしい。
この気落ちする状況にわずかでも希望の光があるとすれば、それは締結されて間もないアブラハム合意が極めて厳しいストレステストを生き延びたということだ。この合意によってイスラエルと近隣の一部アラブ諸国との関係は正常化した。長期的に見て良い兆候であり、最終的な地域の一段の安定化にも期待が持てる。
可能性の扉を開くには、一度この戦争が終わり、どのようなものになるにせよ戦後の局面もひとまず終結させることだ。そこに生まれる新たな構造が、事態を平和へと導いてくれるかもしれない。しかしながらそれを実現するためには、この戦争で敗北しつつある多くの主要人物中の2人、ハマスとネタニヤフ氏がいつまでも権力の座に居座ることがあってはならない。
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フリーダ・ギティス氏はCNNの元プロデューサー、元特派員。現在は世界情勢を扱うコラムニストとしてCNNのほか、米紙ワシントン・ポストやワールド・ポリティクス・レビューにも寄稿している。記事の内容は同氏個人の見解です。