後部座席から相次ぎ生還、最近の墜落事故に見る航空安全上の教訓とは
(CNN) 飛行機に乗る機会の多い人にはよく知られる、昔ながらの格言がある。それは飛行機の後部座席に座る方が、前方に座るより安全だというものだ。最近墜落したアゼルバイジャン航空と済州(チェジュ)航空の旅客機の残骸は、この格言を裏付けているように見える。
前者の墜落事故を生き延びた29人は、全員が機体後部に座っていた。機体は真っ二つに分かれ、後ろの半分はほぼ無傷だった。韓国での墜落の生存者2人は客室乗務員で、機体最後部の乗務員用補助シートに座っていた。
では上記の格言は結局のところ正しかったということになるのだろうか。ちなみにファーストクラスとビジネスクラスについては、機体に問題が起きるまでは良い席だとするブラックジョークがある。
2015年、タイム誌の記者が1985年から2000年の間に米国で起きた全ての墜落事故に関して、死者と生存者の両方を徹底調査した記事を執筆した。メタ分析の結果、機体の後方3分の1に座っていた場合の全体の死亡率は32%と、前方3分の1の38%、中央3分の1の39%より低かった。
後方3分の1の座席の中でもよりよい数字が出たのは真ん中の座席で、死亡率は28%だった。「最悪」は機体の中央3分の1の通路側で、44%の死亡率だった。
しかしこの分析は、昨年の時点でもなお有効なのだろうか?
航空安全の専門家によれば、それはただの迷信だ。
「座席と生存率の相関を示すデータは一切存在しない」。そう言い切るのは飛行安全財団(FSF)のハッサン・シャヒディ会長だ。「事故によって状況は異なる」
豪ニューサウスウェールズ大学で航空学を教えるチェンルン・ウー准教授は、「致命的な墜落について話しているのであれば、座席の位置はほぼ関係がなくなる」と語った。
英グリニッジ大学の火災安全工学教授、エド・ゲイリア氏は飛行機事故からの避難に関して画期的な研究を行った。その同氏が次のように警告する。「魔法がかかったような絶対安全な座席など存在しない」
「(安全な座席は)実際の事故の性質に左右される。前方の方がいい時もあれば、後方の方がいい時もある」(ゲイリア氏)
しかしゲイリア氏らは、最初の衝撃を乗り切る確率が最も高い座席と、速やかに機体から降りられる座席の間には違いがあると指摘する。我々が目を向けるべきは後者だというのが彼らの意見だ。
大半の墜落は「生存可能」
カザフスタンに墜落したアゼルバイジャン航空の旅客機の残骸/Issa Tazhenbayev/AFP/Getty Images via CNN Newsource
まずは良い知らせから。「大多数の航空機事故は生存が可能だ。多くの人は事故に遭っても生き延びる」とゲイリア氏は明言する。1988年以降、航空機と内部の座席は、重力の16倍に相当する16Gまでの衝撃に耐えられるよう設計しなくてはならなくなった。ゲイリア氏によれば、これはほとんどの事故において「墜落の衝撃で外傷を負っても、命は助かる」ことを意味するという。
たとえば同氏は、前出の済州航空の事故を生存可能なケースに分類する。鳥に衝突するバードストライクが発生したとみられる機体は、エンジンの出力を喪失。降着装置も作動せず、滑走路に胴体着陸した。「コンクリートで補強された障害物に滑走路の端で激突しなければ、全員ではないにせよ機内にいた人間の大多数が生き延びていた可能性は相当高い」。
これに対し、アゼルバイジャン航空の事故は生存不可能なケースとゲイリア氏は分類。生還した人がいたのは「奇跡だ」とした。
しかし事故に関係する航空機のほとんどは、飛行中に撃墜されるわけではない。アゼルバイジャン航空の墜落を巡ってはその疑いが強まっている。
その上で、現代の航空機が衝撃に耐え、延焼を遅らせる設計になっていることを踏まえつつ、ゲイリア氏は「生存可能な」事故で生き延びる確率を90%以上に設定する。
同氏によれば、現代の大半の事故で生死を分けるのは、どれだけ迅速に乗客が避難できるかだ。
今日の航空機は、90秒以内に機内から脱出できることを示さなければ承認を得られない。しかし仮想上の避難はボランティアを使って航空機メーカーの敷地内で実施するため、現実とはかけ離れたものになる。実際の事故ではパニックに陥った人々が、たった今不時着したばかりの機体から避難するのだから。
「1秒たりとも無駄にせず」
調査の結果、非常口から5列以内の座席に座った場合は無事に避難できる確率が高まることが分かっている/Aviation-images.com/Universal Images Group/Getty Images via CNN Newsource
避難の専門家であるゲイリア氏は、英民間航空局(CAA)のための調査を実施し、機内で最も「生存可能な」座席を検証した。同氏の画期的な調査は2000年代初頭に数年がかりで行われたが、墜落そのものよりも乗客と乗員が墜落後の避難時にどのような行動を取ったかを分析した。対象は1977年から99年の間に起きた105件の事故に遭遇した乗客1917人と乗員155人。同氏のチームは調査結果を基に、飛行機の墜落時における人間の行動のデータベースを作成した。
乗客が実際にどの出口を使用しているのかを分析したところ、「航空避難における多くの神話が崩壊した」と、同氏は振り返る。「調査前、乗客らは通常の搭乗口を使用する傾向が強いと考えられていた。そこが最も使い慣れているから。また乗客らは前方に向かいがちだとも思われていた。自らのデータを分析してみると、そうした通説のうち、証拠に裏付けられたものは一つもなかった」
逆にゲイリア氏の調査で分かったのは、機内のどの部分であれ、非常口から5列以内の座席に座っていた乗客が生きて機外へ出られる可能性が最も高いということだった。
さらに通路側の席の乗客は真ん中、そして窓側の席の乗客よりも安全に避難できる確率が高かった。脱出時にすり抜ける人の数が少なくて済むからだ。
「航空機事故においては1秒も無駄にしてはならないと肝に銘じることが重要だ。その1秒が生死を分けかねない」。同氏はそう強調し、非常口のある列からどれだけ近いかの方が機内のどのエリアに座っているかよりも大事になると付け加えた。
当然事故の際には、全ての非常口が使用可能な状態だとは限らない。昨年1月、羽田空港で海上保安庁の航空機に衝突した日航機について言えば、八つある緊急脱出スライドのうち使用可能だったのは三つのみだった。それでも模範的な行動を取った乗員と乗客が速やかに脱出した結果、搭乗していた379人は全員が生き延びた。
ゲイリア氏によれば、非常口のある列を一つ選んでその近くに座る方が、非常口のある列二つの間に座って機会を広げようとするよりも得策だという。
仮に目を付けたフライトで非常口のある列、もしくはその列から5列以内の座席が埋まっていたらどうするか? 「私なら別の便を探す」とゲイリア氏。「可能な限り非常口の近くに座りたい。9~10席も離れていたら、いい気はしない」
「幸運は準備した者に訪れる」
いざという時を想定し、飛行前の安全説明を完全に理解することは極めて重要だ/Maika Elan/Bloomberg/Getty Images via CNN Newsource
フライトを予約し、非常口から5列以内の座席も選んだ。後はゆったりとその席でくつろぎ、パイロットと乗員に全てを委ねればいいのだろうか?
ゲイリア氏によればそうではない。事故で生き延びる確率を最大限に引き上げるため、機内でできることがまだある。
「幸運は準備した者に訪れる」 が同氏のモットーだ。それによると、たとえ飛行機に乗る機会が多い人であっても、離陸前の客室乗務員の説明にしっかり耳を傾けることが重要だという。シートベルトの着脱の仕方も、確実に把握する必要がある。
「信じようと信じまいと、(墜落時に)人々が悪戦苦闘するのはシートベルトを外すことだ。生死を左右しかねない状況になると、人間の脳は融通が利かなくなる」「大半の人がシートベルトを経験するのは車の中だ。車のシートベルトはボタンを押して外す形式で、ラッチを持ち上げるタイプではない。我々がインタビューした多くの人々(墜落事故の生存者)は事故の当初、シートベルトを外すのに苦労していた。だからこそ離陸前の説明に注意を払うのが重要になる。そこでの助言は非常に価値があるものばかりだ」
USエアウェイズ1549便による2009年の不時着水は「ハドソン川の奇跡」と呼ばれている/Eric Thayer/Reuters via CNN Newsource
ゲイリア氏はまた、座席のポケットにある避難カードを熟読することも推奨する。非常口横の座席に座っているなら、非常口の開け方を入念に確かめておくことだ。
「あの(翼の上の)非常口はかなりの重量があり、座席側に倒れてくる可能性が高い」「『ハドソン川の奇跡』(2009年に起きたUSエアウェイズ1549便の不時着水事故)で当該機に搭乗していた一人に話を聞いた。彼の座席は翼上非常口のすぐそばだったが、それまで注意を払ったことはなかった。機体が下降する中で避難カードを取り出し、非常口について確認した。彼はエンジニアだったので内容を理解できたが、普通の人々なら事前に一読しない限りそのようにはいかないだろう」(ゲイリア氏)
巡航高度に達するまでは靴を履いておき、その後脱ぐのであれば機体が最終の降下を開始したところで再び靴を履くようにする。家族など同行者がいる場合は、料金がかかっても並んで座ること。緊急事態で離れた座席にいると動きが遅くなる。人はどうしてもお互いの姿を探そうとするからだ。
どこに座るにせよ、座席から前後の非常口まで何列あるかを数えておく。そうすれば事故で客室に煙が充満しても、一番近い非常口への行き方を察知できる。そこがふさがっていればもう一方の非常口へと向かう。現代の墜落事故で、煙は「主要な死亡原因の一つ」だと、ゲイリア氏は指摘する。
離陸前の説明を凝視し、避難カードと非常口のドアを注意深く確かめる乗客は「変わり者と思われる」と同氏。「それでも幸運は準備した者に訪れる。準備を怠れば、事態が悪化する公算はかなり大きい」
何もかも置いていく、本当に何もかも
離着陸中はいつでも避難できるように準備を整えておくべきだと専門家らは指摘する/Matthew Williams-Ellis/Universal Images Group/Getty Images via CNN Newsource
ジェフリー・トーマス氏も航空安全についてはいくらか知識がある。現在航空ニュースウェブサイトの42000フィートでエディターを務める同氏はそれ以前、12年間をエアラインレーティングスの創設者として過ごした。これは航空会社を安全性で格付けする初めてのウェブサイトだった。
トーマス氏によれば、飛行機の中で最も安全な構造部分は翼と胴体が交わる主翼ボックスだ。
「墜落事故は一つ一つ違う。だが通常、構造上の不具合が起きた機体は前方と翼の後ろが壊れる」。トーマス氏は主翼ボックスを「極めて頑丈な構造部品」と形容する。これが当てはまるのがアゼルバイジャン航空の墜落で、当該の機体は主翼のすぐ後ろで断裂した。
長年翼の上に位置する座席に座る提言をしてきたトーマス氏だが、近年の乗客の行動からこの考えを再調整した。現在は「なるべく非常口に近い座席が最良の座席」だと信じている。翼の上に位置する座席が理想だが、必ずしもそうでなくていい。
それはゲイリア氏も言うように、現代の大半の墜落事故が生存可能なものだからだ。
「今日起きる事故や緊急事態のほとんどは、エンジンからの出火や降着装置の不具合、無害なオーバーランであって、機体が完全に失われる状況にはならない」と、トーマス氏は指摘する。最初の衝撃後の主な危険は、火災の発生と客室への煙の流入だ。そして現代の航空機の胴体を構成する複合素材は、アルミよりも火の広がりを遅らせることができる。ただいつまでも遅らせるのは不可能なので、生存のためには避難が重要ということになる。
ところが乗客は見たところ、この点を理解していない、もしくは理解したくないようだ。
「荷物を置いていこうとしない乗客を目にする機会が一段と増えている。それによって機体からの脱出が遅れる。脱出に時間がかかり、乗客が機外に出られなくなる事態も相当頻繁に起きている」(トーマス氏)
トーマス氏はこの他、機内で乗客がソーシャルメディアのための動画を撮影するケースにも言及。機外の炎や、人々が叫び声を上げる客室の様子を映した動画が多く投稿されていると述べた。撮影者は機体から降りず、動画を撮っているということになる。
避難の様子を撮影したり、荷物を持って避難しようとするなどの行為は法律で罰せられるべきだとトーマス氏は考えている。それによって「他人の命を危うくしている」からだ。
その上で同氏は、昨年発生した日航機の羽田での事故に触れ、乗客・乗員に何ができるかを示す「完璧な事例だ」と指摘した。この時、乗員は冷静さを保ち、効率的に乗客を避難させ、乗客もその指示に従った。荷物を持っている乗客はおらず、全員が生き延びた。
避難する際、乗客はシートベルトの外し方を忘れることもよくあるという/urbazon/E+/Getty Images via CNN Newsource
現在トーマス氏は飛行機に乗る際、非常口の列の座席に座り、離着陸時にはスポーツジャケットを着用する。ジャケットの中にパスポートやクレジットカード類を入れておけば、いざという時、必要な物を全て携帯した状態で避難できる。
この他、より安全に飛行機に乗るための対策として、FSFのシャヒディ会長は乱気流に備え、トイレに行くとき以外はシートベルトを締めておくことを推奨。統計上、機内での負傷の8割以上がシートベルトをしていない乗客に起こると述べた。
ウー准教授は、飛行機に乗る際には必ず旅行保険に入るという。そうすれば仮に事故が起きて脱出時に所持品を失っても、自腹を切らずに済む。
安全を重視する質の高い航空会社を選ぶことも鍵になるとトーマス、ゲイリア両氏は口をそろえる。
しかし、決定的なのはやはり乗客の行動だ。事故が起きた時、どれだけ多くの人々が生き残れるかは乗客がどのような行動を取るかにかかっている。
「人は運命を受け入れるものだ。飛行機が墜落するとなったら、もうおしまいだと考える。どうせ皆死ぬのだから、あえて何かする必要もないだろうと」と、ゲイリア氏は語る。「ところが実際の状況は、全くもって正反対だ」
「とにかく肝に銘じて欲しい。いざという時には、1秒たりとも無駄にしてはならないと」