米国風チーズケーキはいかにして古代ローマで生まれたのか
脚のあるケーキ
サビルムがどのように生まれたかについては諸説あるが、正当性があるのはローマを起源とする説だけだ、とフランケッティ氏は主張する。
ローマ帝国の拡大により、サビルムは広く普及し、ついには英国、さらに数世紀後には南北アメリカやオーストラリアなどの新大陸にも上陸した。そして時間の経過ともに進化を遂げ、地域によって異なる特徴も生まれた。
「サビルムには非常に長い脚があり、世界中を旅した」とフランケッティ氏は言う。同氏はこれまで古代ローマ時代のレシピを数多く発見してきた。
「やがてローマ人は(サビルムの)調理法を確立し、それを中東からブリタニアに広がる植民地に持ち込んだ」(フランケッティ氏)
「(サビルムは)ヤギ乳、蜂蜜、卵という日常的に使用するシンプルな食材で作るごく基本的なケーキだった。そしてカトーのおかげで、各食材の正確な分量まで分かっている」(同氏)
チーズと蜂蜜を使った「基本的」かつ一般的なデザートは、紀元前8世紀に、ローマ人より前に古代ギリシャ人によって初めて作られ、オリンピック選手らのエネルギー源として活用されていたとする説もある。
しかしフランケッティ氏によると、このデザートに言及しているギリシャのいくつかの二次情報源には、正確なレシピはもちろん、作り方や見た目に関する具体的な記述は一切ないという。
仮にギリシャを征服したローマ人がこのデザートを取り入れ、改良したのだとしても、サビルムを世界に普及させたのはギリシャ人ではなくローマ人だ、とフランケッティ氏は付け加えた。
「真ん中の下の方をよく焼け」
よく焼いたサビルムはオムレツなどに似ている/Giorgio Franchetti
カトーのレシピには、サビルムの正確な作り方や秘訣(ひけつ)が書かれている。
それによると、まず小麦粉半リーブラ(リーブラは古代ローマの重量単位で、1リーブラは約327グラム)、リコッタと呼ばれるヤギ乳で作ったチーズ2.5リーブラ、卵1個、蜂蜜4分の1リーブラをあらかじめオリーブオイルを塗ったテラコッタ(素焼きの焼き物)の鍋の中で混ぜ合わせ、蓋(ふた)をして火にかける。
カトーは、他の部分よりも分厚い真ん中の下の方をしっかり焼くよう明確にアドバイスしている。またレシピには「焼きあがったら蜂蜜をかけ、ケシの実を振りかけてから火の上に戻し、仕上げに再度焼いてから盛り付ける」と書かれている。
ローマ人は自分の指で食べるのが好きだったので、サビルムはスプーンを付けずに出されることが多かったが、食べやすくするために小さな立方体にカットされていた。また通常は、食後にデザートとして食べるのではなく、食事中に食べられていた。
カトーのサビルムは今日でも味わうことができる。フランケッティ氏と古代ローマのレシピを再現している「古代料理人」クリスティーナ・コンテ氏は、イタリアの複数の遺跡発掘現場で上流階級向けの「ローマの夕食会」を開催しており、そこで他の古代ローマ料理とともにサビルムも提供している。
コンテ氏は「サビルムは非常に簡単かつ素早く作ることができ、調理時間はわずか2時間と、チーズケーキよりはるかに短い」と述べ、「蜂蜜とチーズを使用するため、絶妙な甘酸っぱさが特徴だ」と付け加えた。コンテ氏は自宅でも家族と古代ローマ料理を作っているという。
焼き上がったサビルムは、丸みのあるパンケーキやオムレツに似ており、やや黄色がかっていて表面が焦げている。コンテ氏によると、ローマ人はリンゴやナシ入りの少し変わったサビルムも作っていたという。