欧州のスキーリゾートで富裕層に仕える「シャレーガール」、どんな仕事なのか
(CNN) フランス・アルプスのスキーリゾート、レ・ジェで迎える1月の寒い朝。時刻は7時、日の出までには1時間ある。だが目覚ましに気付かず寝過ごしたソフィー・クラウザーさんは、凍った山道を駆け上っていた。25人の豪勢な宿泊客に朝食をつくるためだ。
山での仕事はこれが初日。つい2~3日前、高級シャレー(貸別荘)の料理人として派遣されると連絡を受けたばかりだ。前夜に開いてもらった歓迎会の大騒ぎがまだ耳に残るなか、何も知らない客たちの待つ貸別荘までたどり着いた。
クラウザーさんはCNNに、「お客のベーコンエッグをつくりながら、ほんとに吐いていた。不適切だけど」と話した。
華やかな「シャレーガール」の、あまり華やかでない日々の現実だ。シャレーガールとは、欧州の超高級なスキー・シャレーで、セレブたちのあらゆる気まぐれに応えるスタッフのことを指す。
フランス・アルプスやドロミテ、ピレネーなどのスキーリゾートには毎シーズン、ぜいたくへの出費を惜しまない旅行客の料理人や清掃係、運転手、子どもの世話係として働くために、何百人もの若者たちが集まってくる。
米国から欧州のスキー場へ向かう旅行者も、ゲレンデで見かけたり、アフタースキーのバーで深夜に出くわしたりすることがあるだろう。
大学に入る前の優雅な1年間の休暇に、1日中スキーをして徹夜パーティーに興じるお嬢様たち、と揶揄(やゆ)されることも多い「シャレーガール」。だがほとんどの場合、現実はそれほどきらびやかなわけではない。
「シャレーガール」とは?

フランスの高級シャレーで働いた当時を「狂った別世界」と振り返るインディア・ホッグさん/Rob Anderson
「シャレーガール」は欧州の超高級スキーリゾートでよく知られた存在。欧州のウィンタースポーツ業界で働く数百万人のほんの一部にすぎないが、フランスのシャモニーやクールシュベル、オーストリアのサンクト・アントンをはじめとするリゾートでは、高級シャレーと言えばシャレーガールだ。
英国では1960~70年代、外国旅行が手頃になってきたことや、貴族が衰退して欧州各地に大きな別荘を維持できなくなったことを背景に、寄宿学校の束縛から解放されたばかりの娘たちが冒険を求め、スキーシーズンにシャレーのホストとして働くようになった。
低い賃金と長時間労働、地元のバーの安い酒。英国大衆の間では「シャレーガール」という言葉とともに、フランス・アルプスのバーやナイトクラブで幅を利かせているという享楽的な評判が広がった。
今でもこの仕事に就けば、世界的なリゾートで何カ月もスキーをして過ごし、楽しみながら賃金をもらうチャンスが得られる。
仏スキーリゾート「クールシュベル1850」の高級シャレーで働いた経験を持つインディア・ホッグさんはCNNとのインタビューで、「狂った別世界だった」と語った。有名シェフのゴードン・ラムゼイ氏が、サッカーのデービッド・ベッカム選手と向かい合ったシャレーに滞在していたこともあるという。
だが果たして、昔の評判は現在の「シャレーガール」にも当てはまるのだろうか。
古くさい呼び名?

2011年の映画「ルーキー・ハウス・ガール」でシャレーガールを演じたタムシン・エガートン/UK Film Council/Aegis Film Fund/Shutterstock
2011年の映画「Chalet Girl(邦題:ルーキー・ハウス・ガール)」は、この仕事がどう見られているかを示す代表例だ。タムシン・エガートンが演じるジョージーは、典型的なシャレーガール。頭が空っぽのお嬢様で、客を思わせぶりに誘惑し、明け方まで酒を飲むことばかり考えている。
だが、フランスなどで多数のシャレーを運営する英旅行会社「VIP SKI」のアンディ・スタート氏はCNNとのインタビューで、「この映画は業界の現状と全く無関係だ」と言い切った。
第一に、シャレーガールはかつて英イングランド南部の私立学校を出た娘たちのための仕事だったが、今は違う。
CNNがこの記事のためにインタビューした現役や経験者によれば、シャレーのホスト役は今も女性が多いものの、男性の数が増えているという。
現在フランスのリゾートで高級シャレーに勤める女性は、雇用主の許可を取っていないとの理由から匿名でインタビューに応じ、仲間の男女比について「女性のほうが多いけれど、大差ではない」と語った。
高級シャレーを運営する業者の中には、スタッフの男女比が半々と報告している例も数件ある。V IP SKIのスタート氏はCNNに、昔ながらのシャレーガールの固定観念は「ここ20年あまりで徐々に消えていった」と話した。
内部で働く人々によると、この業界では近年、固定観念が生まれた当時に比べて専門性が高まり、職を得るための競争が激しくなっている。
英国の高級スキー・シャレー運営会社「コンセンシオ・シャレー」の共同創業者、セリ・ティンレイ社長によると、同社では毎回、求人1件に15人前後の応募がある。これは英国の名門オックスフォード大学に入学するより高い倍率だ。
スタート氏もCNNに、「今度の冬は約240件の求人がある。昨年の応募者は2000人だった」「アルプスのシャレーで職を得るのは、今や至難のわざだ」と語った。
近年は英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)などで渡航、就労制限が導入されたため、二重国籍のパスポート保有者を求める業者が多い。中には完全に手を引いてしまった業者もある。
「ブレグジットで状況が一変した」と、スタート氏は指摘する。
「今も英国人を採用することは可能だが、就労許可証やビザが必要になる。わが社は今、EUのパスポートやフランスの滞在許可証がある人を中心に募集している」という。
シャレースタッフは英国人というイメージが強かったが、フランスで働くスタッフによると、ブレグジット以降、英国人スタッフが働きに来るのは難しくなり、激減している。そのうえ、現地でかつて英国人を中心に採用していた複数のツアー会社は、すでに撤退してしまったという。
「業界の規模は10年前の4分の1ほどに縮小した」と、スタート氏は指摘する。
仕事の専門性が高まり、競争が激化した結果、パーティーざんまいのシャレースタッフという評判はもはや当てはまらなくなってきた。
フランスのスタッフはCNNにこう語った。「1週間ずっと3時間睡眠ということもあった」「それでも、こういうすごいゲストたちの前でみっともない姿だったり、酒臭かったりするわけにはいかない。ちゃんとしていなければならないから、行動は制限される」
ただしインタビュー対象のシャレースタッフたちは、享楽的な側面が小さくはなったものの、全くなくなったわけではないと強調した。
前出のクラウザーさんはCNNに、「確かに多少の憂さ晴らしはするかな」「来る日も来る日も人の世話をするばかりだから、息抜きは必要」と語った。