香港デモの発端となった容疑者が出所 台湾での殺人で裁けず
(CNN) 香港で続く反政府デモの発端、「逃亡反条例」改正案が香港立法会(議会)で審議されるきっかけとなった殺人事件の容疑者が23日、香港での刑期を終えて出所した。事件が起きた台湾と香港の間には容疑者引き渡しの協定がないため、香港では殺人罪に問われないまま釈放された。
香港人の陳同佳(チャン・トンカイ)元受刑者は昨年3月に香港で逮捕され、旅行先の台湾で交際相手の女性を殺害した罪を認めていた。
だが香港の捜査当局にとって、司法協力関係のない台湾での事件は管轄外となる。そこで陳・元受刑者は、殺害した女性の金を盗んだことによる資金洗浄罪で起訴された。今年4月に量刑を言い渡され、23日、逮捕から1年7カ月を経て釈放された。
有罪判決を受け裁判所から移送される陳同佳元受刑者=2019年4月/Winson Wong/South China Morning Press/FILE
香港当局は元受刑者の釈放前に台湾へ身柄を移そうと、刑事事件の容疑者引き渡し協定がない相手国・地域への引き渡しを可能にする「逃亡反条例」改正を提案した。
改正案の引き渡し先には台湾のほか、中国本土やマカオも含まれていた。このため香港や台湾の市民が政治上、ビジネス上の理由で中国当局へ引き渡される恐れがあると抗議の声が上がり、これが大規模デモの発端となった。
香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は9月になって改正案の撤回を正式に表明したものの、反政府運動に発展したデモは収まる気配がなく、現在も続いている。
法廷文書によれば、陳・元受刑者と被害者の女性は2017年7月から交際していた。昨年2月に2人で台湾へ旅行し、香港へ帰る予定日の未明に台北市内のホテルで口論になったという。
元受刑者は、女性から元交際相手との子どもを妊娠していると聞かされ、性行為の動画を見せられたと供述した。かっとなって両手で女性の首をしめ、床に倒れ込んで10分ほどもみ合ううちに、女性は死亡したという。
殺害された潘曉穎さん/Facebook
元受刑者は女性のスーツケースに遺体を詰めてホテルを出た。地下鉄で台北郊外へ向かい、公園の茂みに遺体を隠してから香港行きの便に乗ったとされる。
香港検察によれば、元受刑者は女性の持ち物から抜き出したキャッシュカードを使い、台湾と香港で現金を引き出していた。
3月になって女性の家族が台湾の警察に捜索願を出し、約1週間後に公園で遺体が発見された。
陳・元受刑者は香港警察の取り調べに対し、女性を殺害して遺体を隠したことを認めた。しかし殺人事件が起きたのは台湾で、遺体や防犯カメラの証拠映像などは全て台湾にあり、香港で事前に計画された殺人だったとの証拠もなかったため、香港側は殺人罪の捜査に踏み込むことができなかったとしている。
陳・元受刑者は23日午前、刑務所の前で「取り返しのつかないことをして大変な迷惑をかけた」と謝罪し、台湾で出頭して刑を受けるつもりだと明言した。
台湾側は香港の域内での台湾当局への身柄引き渡しと事件関係資料の提供を求めているが、香港政府は声明で台湾警察が香港で活動する権限はないと言明。陳・元受刑者の出頭は「任意」であり、香港政府は自由を制限する措置を取れず、台湾到着後に台湾当局が逮捕できると述べた。
ただ台湾側は、元受刑者が出頭してきたとしても、香港側から証拠の提供を含めた全面的な司法協力は得られない点に懸念を示している。
香港当局は容疑者引き渡し協定がないのは法の「抜け穴」だとしている。だが、1997年の香港返還の交渉で英国外相を務めていたマルコム・リフキンド氏は今年6月、香港英字紙への寄稿で、中国の法制度との間にファイアーウォールを作ったのは意図的だったと言及。その目的は「法の支配を強固に維持するため」で、香港と中国本土の法制度が大きく異なり、本土に移送されれば公正な裁判を受けられる保証がなくなると考えていたという。
ワシントンの人権団体「フリーダムハウス」は、中国は司法の独立性や適正手続きの保障を欠いていて、有罪判決率は推計で約98%に達すると指摘している。