ロシア、北極圏で大幅な軍備増強 衛星画像から見る
(CNN) ロシアが北極圏で前例のない軍備増強を進めており、気候変動の影響で最近氷のなくなった地域で最新鋭兵器の試験を行っている。同国北部沿岸の安全を確保しつつ、アジアから欧州に至る重要航路を開通させる狙いがある。
兵器の専門家や西側当局者が特に懸念するのは、ロシアの「超兵器」とも呼ばれる魚雷「ポセイドン2M39」だ。同魚雷の開発は急ピッチで進んでおり、国営メディアの報道によると、2月にはプーチン大統領が、試験の「重要段階」についてショイグ国防相による報告を要求。年内にさらなる試験が予定されているという。
この無人ステルス魚雷は原子炉で駆動し、海底にある沿岸防衛――米国が設置するようなもの――をかいくぐって進むことをロシア人設計者は意図している。
ロシア当局者によると、この魚雷は数メガトン規模の弾頭を搭載する予定。放射能の波を引き起こし、目標となる海岸線の大部分を数十年にわたって居住不能にする。
トランプ米政権で軍縮や核不拡散を担当していたクリストファー・A・フォード国務次官補(当時)は昨年11月、ポセイドンは「米沿岸部の都市に放射能の津波を押し寄せさせる」狙いで設計されたとの見方を示した。
専門家はポセイドンが「非常に現実味を帯びて」おり、すでに実現に近づいているとの見方で一致する。ノルウェー情報機関のトップ、ニル・アンドレアス・ステンソネス海軍中将はCNNに対し、ポセイドンを「新しいタイプの核抑止兵器の一部」と分析していることを明かし、「現在は試験段階にあるが、これは戦略システムであり、目標に照準を合わせている。その影響は現在試験を行っている地域のはるか遠方にまで及ぶ」と指摘した。試験の進捗(しんちょく)状況についての詳細は明かさなかった。
宇宙技術企業マクサーがCNNに提供した衛星画像には、ロシアの北極沿岸地域で軍基地や兵器の増強が続いている様子がはっきり写っている。ポセイドンや他のハイテク兵器用と思われる地下保管施設も確認できる。極北地域に配備中のロシア軍兵器には、爆撃機やミグ31BM戦闘機、アラスカ沿岸付近に新設されたレーダーシステムも含まれる。
ロシアの軍備増強に対抗して、北大西洋条約機構(NATO)や米軍も兵員および装備品の移動を進めている。たとえば、ノルウェーのオーランド空軍基地を拠点とする米軍のB1爆撃機は最近、バレンツ海東部で任務を遂行。また米当局者は8月、米軍のシーウルフ級ステルス潜水艦がこの地域に展開していることを認めた。
米国務省高官はCNNの取材に「北極地域でロシアから軍事的な挑戦を受けているのは明らかだ」と述べ、冷静時代の基地の改修や、ムルマンスクに近いコラ半島での新施設建設に言及。「これにより北大西洋に戦力を投射する能力が生まれるため、米国や同盟国にも影響が出る」と指摘した。
ロシア最北の軍事施設、ナグルスコエ基地の2015年の写真。基地の西には滑走路がある。1950年代に建てられたが2015年に改修された。上は2015年の写真/Source: Satellite image ©2021 Maxar Technologies, Center for Strategic and International Studies (CSIS). Graphic: Henrik Pettersson, CNN
同基地の2020年の写真。ガレージや燃料貯蔵施設が増えているのがわかる。中央が居住及び管理棟/Source: Satellite image ©2021 Maxar Technologies, Center for Strategic and International Studies (CSIS). Graphic: Henrik Pettersson, CNN
衛星画像からは、ロシア北極沿岸の数カ所でこの5年間、飛行場や「三つ葉」型基地(シャムロックのような形の基地で、ロシア国旗の赤、白、青の色で塗られている)の強化がゆっくりと組織的に進められてきたことがうかがえる。基地はロシア領内にあり、正当な国境・沿岸防衛の一環といえる。ただ、米当局者はこうした戦力について、そこから遠く離れた北極地域まで実効支配を確立するのに利用される可能性があると懸念を示す。そうした地域はもうすぐ氷がなくなる。
米国防総省のトマス・キャンベル報道官はCNNに、「ロシアはソ連時代の飛行場やレーダー施設を改修し、新たな港湾や捜索救助拠点を建設して、原子力および通常動力の砕氷船団を建造している」と指摘。「防空・沿岸防衛ミサイルシステム網を拡張することで、北極海の重要地域に対する接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力を強化している」と付け加えた。
キャンベル氏はまた、北極の飛行場2カ所(ロガチョボとアナディル)で即応警戒部隊が最近創設されたこと、昨年にはナグルスコエ飛行場で同部隊の試験運用が行われたことにも言及。3月16日の衛星画像ではナグルスコエにミグ31BMとみられる機体が写っていて、初の出来事だと捉えられている。これはロシアのステルス空軍力を極北に展開する新たな能力となる。
北極圏ではハイテク兵器の実験も定期的に行われている。国営メディアがロシア当局者や西側当局者の話として伝えた。
キャンベル氏によると、ロシアは昨年11月、対艦極超音速巡航ミサイル「ツィルコン」の実験に成功したと主張した。
ツィルコンとポセイドンは新世代の兵器の一部となる。プーチン氏は2018年、刻々と変化する世界で、そうした兵器が戦略上の大変革を起こす存在になると約束していた。
当時、米当局者はこうした兵器について技術的に現実的ではないと一蹴していたが、今や実現に近づいている様子だ。ノルウェー情報機関トップのステンソネス氏はCNNに対し、ツィルコンは「極超音速の新技術であり、防御が難しい」との見方を示した。
4日には、ロシア国営タス通信が軍産複合体の情報筋の話として、軍艦「アドミラル・ゴルシコフ」からツィルコンを発射する実験が成功し、実験用ロケット4発はすべて目標に命中したと報道。5月か6月にはさらにレベルの高い別の実験も始まると伝えた。
気候変動により、ロシアが北方に対して有していた氷床などの天然の防衛機構が予想外のペースで消えつつある。前出の国務省高官は「融解のペースは科学者の数年前の想定よりも早い」と述べ、「今後数十年で物理的なアクセス面で大きな変化が起きるだろう」と指摘した。
コテリヌイ島の監視所とレーダー施設は旧ソ連崩壊後に大部分が放棄されていたが、2013年に再開発がスタート。テンプ飛行場が建設され、滑走路の横には基地の建物がある。上は2014年の画像/Source: Satellite image ©2021 Maxar Technologies, Center for Strategic and International Studies (CSIS). Graphic: Henrik Pettersson, CNN
同じ場所の2020年の画像/Source: Satellite image ©2021 Maxar Technologies, Center for Strategic and International Studies (CSIS). Graphic: Henrik Pettersson, CNN
米当局者はロシアが「北極海航路」に影響力を行使しようとする姿勢に警戒感を示す。この航路はノルウェーからアラスカまでロシアの北方沿岸に沿うルートで、北大西洋へとつながる。アジアから欧州へとコンテナを運ぶのに、現在スエズ運河経由のルートでかかる時間が半分に縮まる可能性がある。
ロシアの国営原子力企業ロスアトムは2月、タンカー「クリストフ・ドマルジュリ」が北極海東側航路を冬季に初めて走破する様子を撮影した無人機の映像を公開した。同船とともに原子力砕氷船「50リュート・ポベードゥイ」が航行し、北極海の6つの海のうち3つを航行した。
キャンベル氏はロシアが北極海航路を「主要な国際航路」として開拓しようとしていると述べた上で、同ルートを通る船舶にロシアが適用しようとしているルールに懸念を示した。「北極海航路の通航を定めるロシア法は国際法上のロシアの権限を超越している」という。
「彼らは公海上の北極海航路を通過する船に、ロシア人の水先案内人を船の誘導のために乗せるように要求する。ロシアはまた、外国船舶に北極海航路に入る前に許可を得るようにも要求しようとしている」(キャンベル氏)
前述の国務省高官も「ロシアの北極海航路に関する主張は、道路に関するいくつかのルールを決め、国際社会に事実上黙認させ、これがここで通用するやり方だと言い出すのが狙いだろう」と語る。
氷の減少でロシア北部沿岸は重要な航路となる大きな潜在性を秘めている。北極海航路は欧州とアジアの航海距離を約3分の1縮める。オレンジ色の線が北極海航路。青い領域は2020年9月に氷の広がる範囲。白い線は1981~2010年の氷の広がる範囲の中央値/Source: The Arctic Institute, CPB Netherlands Bureau for Economic Policy Analysis, US National Snow and Ice Data Center Graphic: Henrik Pettersson, Renee Rigdorr and Krystina Shveda, CNN
オーストラリア・ディーキン大学で戦略研究を教えるエリザベス・ブキャナン氏は「基本的な地理的条件からロシアは北極海航路が利用可能になる。年間で氷の薄い時期が長くなっていて、輸送の動脈として商業利用が可能になってきている。これにより世界の海運業の形が変わり、世界のすべてのモノの90%以上に影響が出る可能性がある」と指摘する。
国務省高官は、ロシアの関心が一番高いのは同国経済に欠かせない石油や天然ガスなどの炭化水素の輸出だと見る。また急速に進む氷の融解で見つかる資源にも関心があるだろうと語る。北極地域での軍事力の誇示は、核防衛戦略の要となり、また沿岸領域にかかるこの広範な地域の支配を強める姿勢の表れだろうと話す。
「ロシアが兵器を試験し、GPSを妨害し、演習のために空域や海域を閉鎖し、北極圏上空で同盟国の空域に沿って爆撃機を飛ばすときはすべて、ロシアが何らかのメッセージを送ろうとしている」(同高官)
ロシアは平和と経済が目的だと主張
ロシア政府は長年、北極圏での目標は経済的で平和的なものだと主張している。
2020年3月にロシアの政策立案者が出した文書には、輸出の20%、国内総生産(GDP)の10%を支える地域の主要な目標が記され、ロシアの領土保全と地域の平和の確保が戦略の焦点とされた。また、同地域の生活水準や経済成長を確保する必要性も表明した。さらに資源基地の開発や「世界的に競争力のある国家輸送路」としての北極海航路の必要性も訴えた。
プーチン氏は北極圏でロシアが技術的優位性を持つことの重要性をたびたび賛美する。昨年11月にサンクトペテルブルクで新たな砕氷船を公開したとき、プーチン氏は「我々が北極領域の開発と研究で主導的な地位を保つ、唯一無二の砕氷船団を持っていることはよく知られている。この優位性を我々は絶えず、毎日でも再確認する必要がある」と語った。
プーチン氏は先ごろ行われた3隻の潜水艦が同時に北極海の氷の中から出現した演習に触れ、「北極遠征はソビエト時代や近代のロシアの歴史で並ぶものはない」と持ち上げた。
新兵器の一つ、魚雷「ポセイドン2M39」の計画が初めて明らかになったのは15年、ロシア将官がその能力を議論する文書を意図して見せるような形を通じてだった。
その後専門家からは、これは「張り子の虎」の兵器で、条約の要件をすり抜けるような形の破壊力で恐怖を与えるのが目的であり、配備に成功することはないとして部分的に切り捨てられていた。
ロシアのデルタ4型潜水艦が演習中にアレクサンドラ島付近の氷の中から現れた様子。中心には水中から爆破されたように見える穴のようなものが見える/Satellite image ©2021 Maxar Technologies
だが、北極海で進む一連の進展――ロシアメディアが伝える、全長20メートルとも言われるステルス兵器が搭載できるように設計された最大3隻の潜水艦の試験を含む――を見て、専門家はこのプロジェクトが本物で進行中だと考えるようになっている。
ロシア国営RIAノーボスチ通信は情報筋の話として、ポセイドン魚雷搭載用に特別に開発されたベルゴロド潜水艦が9月に完成すると報じた。
ジェーン海軍年鑑の潜水艦専門家、マナシュ・プラティム・ボルア氏は「この兵器の現実性は明白だ。魚雷関連の開発は今進んでいるのを目の当たりにできる。ポセイドンの試験が行われる可能性は高く、大量の汚染を引き起こす危険性がある。弾頭がなくても内部に原子炉があるのは間違いない」と語る。
ボルア氏は、ロシアがリークした魚雷の仕様の一部には甘い部分があり、100メガワットの原子炉を搭載して100ノットの速度に達するとの内容には疑問があると語る。そんな速度を出せば大きな特徴的な音が生じて、容易に探知されてしまうだろうと話す。
「ただ、仕様を割り引いて見ても、依然として極めて危険なものだ」(ボルア氏)
コラ半島のオレニヤ・グバにある数多くの貯蔵庫はこの数年で急速に開発された。コラ半島はロシア北方艦隊の本部があり、同国の重要な潜水艦が多数停泊している。上は2016年の画像/Source: Satellite image ©2021 Maxar Technologies, Center for Strategic and International Studies (CSIS). Graphic: Henrik Pettersson, CNN
2020年の画像/Source: Satellite image ©2021 Maxar Technologies, Center for Strategic and International Studies (CSIS). Graphic: Henrik Pettersson, CNN
ボルア氏はポセイドンの貯蔵庫の建設が恐らくコラ半島のオレニヤ・グバの周辺で進み、来年には完成が予定されていると見ている。ロシアが2度の試験を実施したと語るツィルコン極超音速ミサイルについても懸念を示し、マッハ6~7の速度があれば「特に大きな弾頭を搭載していなくても多大なダメージを与えるだろう」と語る。
ノルウェー防衛研究所で国際関係を専門とするカタルジナ・ジスク教授はポセイドンについて、インフラ整備のレベルや同魚雷を搭載する潜水艦の試験を踏まえると「かなり現実味を帯びている」と語る。
「これは将来行われる交渉のカードとして、相手を怖がらせる目的のプロジェクトなのは間違いない。恐らく兵器制限交渉で使われるだろう。だが、そのためには、信頼できるものでなければならない。これは現実的なように見える」(ジスク教授)
前述のステンソネス氏も、こうした核兵器の実験が環境に深刻な結果をもたらす可能性があると懸念を抱く。2019年に死者を出したと報じられたブレベスニクミサイルの試験に言及し、「環境保護の面で心配している。これは理論上だけの話ではない。実際にこの数年間で深刻な事故が起きたのを見ている。核汚染の可能性が間違いなくそこにある」と述べた。