ロンドン(CNN) 各国政府は前例のない91兆ドル(約1京4700兆円)の負債を抱えている。これは世界経済にほぼ匹敵する規模で、最終的には国民に甚大な負担を強いることになる。
債務負担は新型コロナのパンデミック(世界的大流行)のコストもあって膨れ上がり、米国を含む裕福な経済圏でさえ生活水準に対する脅威は増している。
一方で、世界中で選挙が行われている今年、政治家たちはこの問題をおおむね無視し、巨額の借り入れに対処するための増税や歳出削減について有権者に率直に話そうとはしていない。場合によっては、少なくともインフレを再燃させ、新たな金融危機を引き起こす可能性のある浪費を公約してさえいる。
国際通貨基金(IMF)は先週、米国の「慢性的な財政赤字」は「早急に対処」しなければならないと改めて警鐘を鳴らした。投資家は、長期にわたる米政府の財政状況について長らく不安を抱いてきた。
世界最大の資産運用会社の一つであるバンガードで格付け部門のグローバル責任者を務めるロジャー・ハラム氏はCNNに「(一方で)赤字が続き、債務負担が増大しているために(今や)中期的な懸念のほうが高まっている」と語った。
世界中で債務負担が膨らむ中、投資家は不安を募らせている。フランスでは政治的混乱により同国の債務に対する懸念が高まり、債券利回り、つまり投資家が求める収益が急上昇している。
6月30日に行われた総選挙の1回目の投票は、市場が恐れる最悪の事態の一部は回避できる可能性を示唆した。しかし、差し迫った金融危機の不安はなくても、支出が膨らみ、税収が不足する中、投資家は多くの政府の債券を購入するにあたり、より高い利回りを要求している。
債務返済コストの上昇は、重要な公共サービスや金融崩壊、パンデミック、戦争などの危機に対処するための資金が減ることを意味する。
国債の利回りは住宅ローンなどの他の債務の価格設定に使われるため、利回りの上昇は家計や企業の借り入れコストの上昇も意味し、経済成長を損なう。
金利が上昇すると民間投資は減少し、政府は景気後退に対処するための借り入れが難しくなる。
米財務省の元チーフエコノミストで現在は米ハーバード大学公共政策大学院(ケネディスクール)の教授であるカレン・ダイナン氏は、米国の債務問題に取り組むには、増税か、社会保障や健康保険制度などの給付の削減が必要になると話す。「多く(の政治家)はこれから下される難しい選択について話すことを望んでいない。これらは非常に重大な決断であり、人々の生活に大きな影響を及ぼす可能性がある」
ハーバード大学の経済学教授ケネス・ロゴフ氏も、米国や他の国々が痛みを伴う調整をしなければならないことに同意している。
同氏はCNNに、債務は「もはや無料ではない」と語った。
「2010年代には、多くの学者、政策立案者、中央銀行家が金利は永遠にゼロに近いままだろうという見解に至り、その後、借金はただでできると考えるようになった」(ロゴフ氏)
「それは常に間違っていた。なぜなら、政府債務は変動金利の住宅ローンを保有しているようなもので、金利が急激に上昇すれば利払いは大幅に増加するからだ。そして、まさにそれが世界中で起きているのだ」(ロゴフ氏)
「沈黙の共謀」
米連邦政府が今年度支払う金利は8920億ドルに及ぶ。これは国防費を上回る額で、高齢者向け保険「メディケア」の予算に迫る。
議会の財政監視機関である議会予算局(CBO)によると、来年の利払いは1兆ドルを超える。米国の債務残高は30兆ドル余りと同国の経済規模と似たような規模だ。
CBOは、債務残高がわずか10年後にはGDP(国内総生産)の122%、54年には同166%に達し、経済成長が鈍化すると予測する。
では、債務が多すぎるとはどの程度のことを指すのか。ダイナン氏によると、経済学者らは「市場で悪いことが起きるとされる決まった水準」があるとは考えていないが、大半の経済学者は債務がGDPの150~180%に達すると「経済と社会全体にとって非常に深刻なコスト」になるとみている。
連邦政府の積み上がった債務に対する懸念が高まっているにもかかわらず、24年の大統領選の候補者であるバイデン大統領とトランプ前大統領はいずれも選挙にあたり財政規律を公約していない。
CNNが先ごろ主催した大統領選の第1回テレビ討論会で、両候補はトランプ氏の減税とバイデン氏の追加支出が債務状況を悪化させたとしてお互いを非難した。
英国の政治家も4日の総選挙を前に現実から目を背けている。有力シンクタンクである財政研究所(IFS)は、悲惨な財政状況をめぐり、二大政党である保守党と労働党が「沈黙を共謀」しているとして非難した。
IFSのディレクター、ポール・ジョンソン氏は先週、「総選挙で誰が政権を取ろうとも、幸運にでも恵まれない限り、すぐに厳しい選択を迫られることになるだろう。マニフェスト(政権公約)で述べた以上に増税するか、支出の一部を削減するか、借り入れを増やして債務がより長期にわたり膨らむことに甘んじるかだ」と述べた。
債務問題に取り組もうとしている国々は苦戦している。ドイツでは財政赤字を一定割合に抑える「債務ブレーキ」をめぐり紛糾しており、3党連立政権に緊張が走っている。この政治的対立は今月、限界に達する可能性がある。
ケニアでは800億ドルの債務に対処しようとする試みに反発が高まっている。増税案は全国的な抗議運動を引き起こし、39人が死亡。ルト大統領は先週、法案に署名しないと発表した。
恐ろしい債券市場の登場
しかし、債務抑制の取り組みを先送りすることの問題点は、政府が金融市場からはるかに痛みを伴う規律を受けやすくなることにある。英国は主要経済国における最新の事例だ。トラス前首相は22年、借り入れの増額による大規模な減税を強行しようとして通貨ポンドの暴落を引き起こした。
そして、その脅威は消えていない。フランスでは先月、マクロン大統領が総選挙の実施を決断したのち、金融危機のリスクが一夜にして深刻な懸念となった。
投資家は、有権者が支出増と減税を掲げるポピュリストによる議会を選び、すでに積み上がっている債務と財政赤字がさらに膨らむのではないかと懸念した。
この最悪のシナリオは今や起こりそうにないが、7日の決選投票の行方は全く不透明だ。仏国債の利回りはじわじわと上昇を続け、2日には8カ月ぶりの高水準に達した。
ダイナン氏は、投資家に政府の債務履行の意思を疑わせるような「政治の機能不全」によって金融市場はすぐに動揺する可能性があると話す。
「我々は物事が悪い方向に向かう余地について想像力を欠く傾向がある。市場が(米国の)債務についてパニックに陥るような大きな出来事があったとしても、それは我々の視界には映らないだろう」
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本稿はCNNのハンナ・ジアディ記者による分析記事です。