インフルワクチン製造に使うニワトリ、米秘密農場で飼育 コロナには望み薄
(CNN) 米国各地の秘密農場で、人間の命を救う貴重なニワトリが卵を産んでいる。
ニワトリがどこで飼われているのか、知る人はほとんどいない。飼育場所は国家安全保障事項として非公表になっている。
毎日、数十万個の卵がトラックで施設に運ばれ、警備員や多額の政府資金を投じたシステムによって厳重に保管される。
ただし、これらの卵は朝食用ではない。インフルエンザの予防接種に使用するためのものだ。
過去80年間、世界の大半の地域はインフルエンザワクチンの製造を鶏卵に依存してきた。
米疾病対策センター(CDC)によると、米国では今回の流行期、2月末までに約1億7450万回分のインフルエンザワクチンが供給されたが、このうち推計82%は卵を基に製造されたものだという。
卵1個から作られるワクチンは1本。つまり、今流行期だけで1億4000万個の卵を使用した計算になる。
米政府は毎年のインフルエンザ流行期やパンデミック(世界的な大流行)の可能性に備える目的から、過去15年で数千万ドル、あるいは数億ドルを投じてワクチン用の卵の確保に努めてきた。
だが今、世界は新型コロナウイルスという新たな危機に直面している。米ジョンズ・ホプキンズ大学によると、昨年12月のウイルス発生以来、全世界で約225万人が感染、約15万人が死亡した。
製薬会社の施設で保管される大量の卵/Stephen Hilger/Bloomberg/Getty Images
今のところ新型コロナウイルスのワクチンは存在しない。インフルエンザウイルスとは性質が異なるため、卵を利用するといった従来の手法ではうまくいかないだろう。研究者がこぞって治療法の解明に乗り出している状況だが、米国が備蓄する大量の卵は役に立たなそうだ。
卵を基にしたワクチンの誕生
研究者がワクチン生産への卵の利用を模索しはじめたのは1930年代のことだ。
英イングランドでは37年、軍を対象に初めて臨床試験を実施。翌年には米国でも、インフルエンザの予防接種により軍要員の身を守れることが判明した。
1940年代までには、一般の米国民向けに卵ベースの有効なワクチンが開発されていた。
現行の生産体制ではまず、米CDCなどが世界保健機関(WHO)と共同で、民間のワクチン製造業者に送付するウイルス株を選定する。インフルエンザの場合、ウイルスの変異や流行株の変化が毎年起きる可能性があることから、流行期ごとに新たなワクチンが必要になる。
選ばれたウイルスは雌鶏の受精卵に注入された後、人間を宿主とする場合と同じく数日間かけて増殖する。
研究者は続けて、ウイルスを含む液体を卵から採取。病気を引き起こさないようウイルスを不活化したうえで濃縮し、抗原を取り出す。
この抗原は極めて重要な要素であり、ウイルスによって放出されると免疫系の反応を誘発する。こうして免疫系では実際に感染した場合の準備ができる。
CDCによると、卵の到着からワクチンの一般利用にこぎ着けるまでには、少なくとも6カ月を要するという。
米政府にワクチンを供給する一握りの企業は、秘密拠点にある多数の農場から卵を調達する。こうした企業の所在地について、インフルエンザワクチン製造の米最大手、サノフィパスツールの広報は「安全保障上の機密性」を理由に「専有情報」としている。
受精卵にインフルエンザウイルスを注入する研究所の技術者/Oliver Bunic/Bloomberg/Getty Images
卵の値段は決して安くない。米政府監査院(GAO)の2017年の報告書によると、米保健福祉省(HHS)は年間を通じて高品質の卵を確保するため、4200万ドルを投じてある会社と3年契約を結んだ。
これは1時期に1社と契約した金額であり、実際にはHHSは2005年から複数のメーカーや卵農場と契約を結んでいる。つまり、他にも数千万ドル規模の契約が存在する可能性が高い。
これらの卵は貴重そのもので、仮にサプライチェーン(供給網)が損なわれた場合、全米でインフルエンザワクチンが不足する可能性がある。
卵による製造法がコロナワクチンに使えない理由
新型コロナウイルスが世界的に流行するなか、各地の研究者や政府はワクチンの開発を急いでいる。ただ、香港大学のジョン・ニコルズ臨床教授(病理学)によると、卵は解決策にならなそうだ。
新型コロナウイルスは受容体などの特徴が異なるため、インフルエンザウイルスのように卵の内部で増殖することはできないという。
目下の課題である新型コロナウイルス対策に限らず、米当局はここ数年、卵以外の代替品の活用を推進してきた。
トランプ米大統領は昨年9月、大統領令に署名して、代替的な製造手法の活用を広げるよう保健当局に要請した。
当局が代替品を模索する理由のひとつは、生産に6カ月を要する卵ベースのワクチンでは時間がかかりすぎる可能性があるためだ。その間に病気が世界中に広まる可能性のみならず、卵に注入したウイルスが変異して、ワクチンの有効性が低下することもあり得る。
サノフィパスツールが製造したH1N1型インフルエンザワクチン/THOMAS COEX/AFP/AFP via Getty Images
もうひとつの問題は、致死性の高い鳥インフルエンザに対して供給網が脆弱(ぜいじゃく)な点だ。「H5N1型鳥インフルエンザのパンデミックが発生した場合、ニワトリが大量死して、卵の供給が大幅に落ち込む可能性もある。そうなればワクチン製造に必要な卵の確保に支障が生じる」(香港大学のレオ・プーン氏)
GAOの報告書によると、インフルエンザの季節性流行やパンデミックに対応できるだけの卵の供給数を確保するには12~18カ月を要する。しかし今回のように流行が急速に拡大した場合、当局にそれを待つ余裕はない。即座に確保できるニワトリや卵もそれほど多くないのが実情だ。
WHOによると、卵以外の技術を使ったコロナウイルスワクチンとしては現在、20以上の候補の開発が進められている。
その一例がmRNAワクチンだ。体細胞の適切な働きに欠かせない分子であるメッセンジャーリボ核酸を用い、病気に抵抗するたんぱく質を生成するよう体内の細胞に指示を伝える仕組み。これ以外にも遺伝子組み換え技術では、ウイルスのたんぱく質と遺伝的に同一の物質をつくり、短期間で大量の抗原を作りだすことができる。
開発競争には、もともと卵ベースのインフルエンザワクチンを製造していた企業も参加している。サノフィパスツールは2月、卵以外を基にした新型コロナウイルスワクチンの開発に取り組んでいることを明らかにした。
ただ、保健当局者からは、新型コロナウイルスワクチンの有効性が証明され、広範な配布に必要な承認が得られるまでには少なくとも1年かかると警鐘を鳴らす声も出ている。
プーン氏によると、新型コロナウイルスについてはまだ未解明の部分が大きい。このため、ワクチン開発に幅広い技術を利用することで、有効な技術の発見にこぎ着けるチャンスが高まりそうだ。
「私が多様性を重視するのはそのためだ」「どの方法が有効かは誰にも分からない。ひとつのバスケットに全ての卵を入れるのは危険だ」(プーン氏)