火星の植民地化、莫大な費用かかる可能性 マスク氏はそれでも強気
テキサス州オースティン(CNN) 実業家のイーロン・マスク氏はこの20年近く、火星を植民地化する目標を米宇宙企業スペースXのファンに熱く訴えてきた。ただ、莫大(ばくだい)な費用がかかることもあり、現時点では世界各国の政府はこのミッションに取り組んでいない。
マスク氏は同社のCEO(最高経営責任者)兼技術責任者を務める。惑星間移住の野望について語る姿は、革新的な事業計画を掲げる起業家というよりも、道徳的使命を背負ったSFの主人公のそれに近い。
「地球上で人間や自然に起因する大惨事が起きた場合に備え、いわば全生命のための保険を確保しておきたい」。マスク氏は8月31日に行われた火星に関する会合でそう語り、「それに、一種の興奮や冒険の趣もある」と言い添えた。
スペースXによる火星植民計画は技術、政治、倫理上のさまざまな疑問を投げかける。中でも難関となるのは、資金上のハードルかもしれない。マスク氏自身ですら、費用総額の試算は示していない。
宇宙開発がマスク氏の掲げる惑星間旅行の目標に近づいたのは、米航空宇宙局(NASA)によるアポロ計画が最後だ。20世紀半ばに進められたこの計画では、宇宙船6機と宇宙飛行士12人が月面着陸に成功した。ただ、アポロ計画のコストは現在のドル換算で2800億ドル(約29兆5000億円)を優に超え、NASA関連費が国家予算に占める割合は一時、4%以上に上っていた。近年の予算規模は連邦予算の0.5%以下にとどまるものの、NASAは人類を再び月に送り込む計画で、将来的には有人の火星探査も見据える。
とはいえ、有人火星探査の費用についてはNASAも試算を示していない。
マスク氏の個人資産は米電気自動車メーカー、テスラの保有株や株式報酬が主な要因となり、少なくとも帳簿上は1000億ドル程度に膨らんでいる。マスク氏はまた、試験中の衛星インターネットベンチャーを含むスペースXの他事業から得られた利益に関しても、火星ロケット開発の追い風になるとの期待を再三示してきた。調査会社ピッチブックによると、スペースXも銀行やベンチャーキャピタルから60億ドル近い資金を調達しており、非公開企業としては世界最高クラスの評価額を誇る。おそらく、少なくとも一部の投資家は将来的に現金化を検討するだろう。
そこで浮上するのが、火星で利益を出せるかという疑問だ。
昨年9月、テキサス州の打ち上げ施設で撮影されたスペースX「スターシップ」のプロトタイプ/Loren Elliott/Getty Images
惑星間移住の利益
スペースXが火星移住に必要な技術をすべて開発するのは、遠い将来になる可能性が高い。同社では現在、巨大ロケットと宇宙船を兼ねる「スターシップ」の開発が初期段階にあり、マスク氏は貨物や移住者を地球から火星まで運ぶ役割に期待を寄せる。同氏の試算では、スターシップの開発費は最大100億ドルに上る。
スターシップが火星にたどり着けたとしても、有毒な大気や地表に降り注ぐ放射線から移住者の身を守るためには、気密性の高い住居が必要となる。
人類の火星進出後、少なくとも最初の100年は厳しい経済状況を強いられるだろう――。そう指摘するのは、NASA火星探査プログラムの主任研究者マイケル・メイヤー氏だ。同プログラムでは先日、ロボットによる火星探査を推進する目的で探査車「パーシビアランス」を打ち上げた。
火星への長期移住を実現するには、生命に適した環境を整えるための様々な対策が必要になる/NASA
マスク氏は火星を長期居住に適した魅力的な場所にするため、「テラフォーミング」と呼ばれる計画を温めている。大気中に気体を放出することで、火星を地球により近い場所にするという仮想的なシナリオだ。地球上で気候危機を引き起こしている温暖化ガスを活用して、火星の大気の濃度と温度を引き上げ、生命の存在により適した環境にする。マスク氏は手始めとして火星に核爆弾を投下する可能性にも言及している。
メイヤー氏によると、テラフォーミングの案は研究者がアイデアを出し合う中で生まれたものだが、人類にとって実現性や必要性があるとみて提案した人はいない。
テラフォーミングに莫大な資源が必要になることはマスク氏も認める。だが、この構想はスペースXの歴史に深く根差しており、同社は「火星に核爆弾を落とせ」「火星を占拠せよ」と書かれたTシャツまで販売してきた。
「火星を占拠せよ」と書かれたTシャツを着るイーロン・マスク氏/From Instagram
マスク氏自身、こうしたTシャツを着た姿を頻繁に目撃されている。
価値と価値評価
メイヤー氏は火星上の資源について、採掘して地球の企業に売るほど価値のあるものは確認されていないと説明する。
マスク氏も以前に同様の考えを示し、火星の資源に価値を見いだすのは現地で産業をおこしたい移住者だけだろうと指摘した。8年前には、火星と地球住民の間での「経済的な交換」は知的財産のみになるとの見通しを示していた。
収益化の野心は別にして、火星に大都市や観光地ができる可能性はメイヤー氏のような主流派研究者も認めるところだ。
メイヤー氏は20年前、火星上の事業や観光についての会合に参加したことがある。「最初は懐疑的だったが、会場を出る頃には『かなり合理的な面もある』と思うようになっていた」といい、現在は民間の取り組みで宇宙旅行が手ごろな価格になる可能性があるとの見方を受け入れている。
メイヤー氏の考えでは、問題は火星旅行が将来的に利益を生むかどうかではなく、いつ黒字化するかだ。